騎士の妄念
「リディに嫉妬されたい」
それはアルフレッドの一言から始まった。
アルフレッド=リグタードは侯爵子息である。
王国騎士団副団長を務める彼は「氷の騎士」として、老若男女国内外問わず有名だった。
その剣術は基本のものから型破りなものまで多種多様。剣筋を読ませない巧みな腕前は並ぶものがおらず、剣だけでなく魔法も使いこなす。
特に氷雪系の魔法を得意としている彼は、王国のみならず隣国にも名を馳せるつわものであった。
だがそんな些末な情報はどうでも良い。大事なのはここからだ。
アルフレッドは婚約者であるリーデシア=アルミアを心の底から愛している。溺愛している。彼女以外いらないほど、彼女の頭の天辺から足の先まで愛している。
栗色の髪も。琥珀の瞳も。細い首から続く鎖骨も。華奢な肩から程好く主張する膨らみも。括れた腹から小さくも張りのある臀部も。そこからしなやかに伸びる両脚も。
ほんのり色付いた頬も瑞々しい唇も。
そして、花の精霊のようだと例えられた穏やかな微笑みも。すべてを愛している。
ぶっちゃけ騎士団の訓練なんて放り出して一日ごろごろいちゃいちゃべたべたしていたいくらいには彼女にくっついていたい。
ここまで聞くと完全に変態にしか思えないが、残念ながらアルフレッドはイケメンだ。顔の良さと能力の高さでマイナスがプラスに変換されるタイプのイケメンなのだ。
つまり彼は、一途で熱烈でちょっとかなり結構過激に大胆に愛が重すぎるだけの残念なイケメンなのであった。
そんなアルフレッドにも、最近思うところがある。
恋愛は惚れたもん負け、という。
いや別に愛しい彼女との付き合いに勝ち負けなんてないし、むしろ彼女と相思相愛なのだから完全勝利だと思っているのだが。
それはそれとして、自分ばかり好き好き愛してると追いかける恋ばかりしているのだから、たまには彼女から追いかけられる恋をしてみたい。
簡潔に言えば彼女からの強い愛を感じたい。
それで何故「リディに嫉妬されたい」になるのかは不明だが、恐らく騎士団と魔術師団の合同訓練と打ち合わせによる三日間の徹夜、さらに帰れないことによる深刻な婚約者不足、主に後者の原因により、アルフレッドの判断力はかつてないほど低下していた。
そしてそれが取り返しのつかないことになるなど、今の彼には思いもしないのだった。
と、いうナレーションをアルフレッドは自分でつけて自制を促してみたが、残念なことに欠片も効果がなかった。
***
嫉妬されたいと思いはしたものの、どうすれば嫉妬してもらえるのか。一番早いのは別の女と恋人のように仲良くし、その姿を見せることだろう。
しかしアルフレッドの愛はすべてリーデシアに捧げられている。
例え演技だとしても、彼に婚約者以外の相手と仲睦まじく過ごすなどあり得ないことだった。単純に彼女以外の誰かに触れたくないし、何より本気で彼女を傷付けたいわけではない。
ほどよく嫉妬して、ほどよく拗ねて、ほどよく愛の強さを実感したいだけなのだ。
他の女に触れず、近寄らず、けれど嫉妬される方法。
とりあえず思いついたものから実践してみるしかないだろう。
アルフレッドは四日ぶりに会えた婚約者から、不足していた癒やし成分を存分に補給した後に、実行に移った。
①他の女性の話題を出してみる
「なあ、リディ。この間ジ……フュエルとさ、一緒に出かけたんだけど」
「まあ、フュエル様と? 奇遇ね、私も先週一緒にお買い物に行ったのよ」
「待って俺聞いてない」
わざわざ名前を言い直して誤解されるような言い方をしたのに、全部吹き飛んでしまった。
いつの間に名前で呼ぶ仲になったのか。それどころか一緒に遊ぶほど仲良くなっているなんて。まったく知らなかったアルフレッドは衝撃を受けた。嫉妬させるどころか自分がジオーネに殺意を向けそうだ。
そのあといつどこでどうやって仲良くなったのか、散々根掘り葉掘り聞いてみたが、リーデシアはむしろ喜んで新しい友人の話を終始楽しそうにしていた。
結局フュエル呼びにすら突っ込まれず、ただ自分の知らない恋人の友好関係にショックを受けて終わった。
②彼女と過ごす時間を減らす
「無理だ」
無理だった。
③元カノの話をする
「元カノ……前世……」
鋭い刺で刺されたように心臓が傷んだ。自分から話題に出来そうにない。
④他の女性に誘われたと言ってみる
「そういえば、えーと、ハンナに店に来ないかって誘われててな」
「ハンナに? ずるいわ、アル」
リーデシアがむっと唇を引き結んだ。
不服そうな顔に胸が締め付けられる。まさか本当に嫉妬してくれるとは。高揚感に口が乾き、思わず舌で唇を舐めた。片方の眉を上げて続きを促せば、しかし期待は大きく裏切られる。
「私が先に遊ぶ約束をしたのよ。先に誘われたのも私なんだから。私の友人を取っちゃイヤよ?」
机に額をぶつけた。ごんっという大きな音にリーデシアの肩が跳ねたが、見ていなかったアルフレッドは気付かない。
滲む涙は痛みのせいか、悲しみのせいか。
ぎこちなく乾いた笑いを浮かべる彼を、リーデシアは不思議そうに眺めていた。
⑤他の女性を褒める
「他の女性を出すことしか知らないのかお前は」
「じゃあ自分で考えろよ! 何が楽しくて他人の恋愛を盛り上げる方法ばっか考えなきゃいけないんだよ! こちとらお相手すらいねえんだぞ!」
ぎゃあぎゃあ叫ぶシアンを「なんだこいつ」と眺める。
アルフレッドは早くも嫉妬させる方法を思い付かなくなったので、同僚であるシアンに訊ねてみた。
しかしシアンからの案も似たり寄ったりで、あまり参考にならない。
役に立たねえなこいつ、と思っていたらキレられた。そして泣かれた。
他にも方法はあるのだろうが、アルフレッドは諦めた。嫉妬させたいがために始めたのに、自分が嫉妬するはめになっているからだ。
そもそも嫉妬というのはあまり良い感情ではない。抱かれる分には嬉しいかもしれないが、抱く方は酷く疲れる。感情が麻痺する。
自業自得だが、疲れきったアルフレッドは最後に、リーデシアに何故嫉妬しないのか聞いてみた。
「え? だって、嫉妬する必要ないでしょう?」
目を丸くして心底驚いたと言いたげなリーデシア。長い睫毛がぱちぱちと蝶のように瞬いている。まだ開いていない本の表紙を撫でながら、瞳はアルフレッドを向いていた。
「それは、俺の魅力が足りないからか……?」
「うふふ、そんなわけないわ」
リーデシアが両手で口許を隠し、くすくすと笑う。柔らかな髪が揺れる肩と共に弾んでいる。
アルフレッドが唇を真一文字に結んで眉を下げるが、リーデシアの表情は変わらない。
「だって」
大きな瞳がきゅうっと弧を描く。桜色の唇が開かれて、甘えるような声が紡がれる。
「アルは私のこと、大好きでしょう?」
甘やかな言葉にアルフレッドは瞠目する。
自信に満ちた声音は誇らしげで、自慢気だった。
「あなたに何よりも愛されてる自信があるもの。他の誰かにとられるかもって、そんな不安感じたことないわ。だから、嫉妬なんてしないの」
リーデシアが満面の笑みを浮かべる。サイドテーブルに本を避けて、アルフレッドに近付いた。
縫い付けられたように動けない婚約者へ、構わずに抱き着く。絹糸の髪からふわりと、花の香りが舞う。
首に腕を回して、耳に唇を寄せる。吐息混じりの声は、しとやかに鼓膜を揺さぶった。
「あなたが選んだ私が。その私が愛するあなたが。魅力的でないわけないでしょう?」
一瞬触れて、離れていく熱に。少年は茹だるように崩れ落ちた。




