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婚約者と乙女  作者: 千鶴
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婚約者と見学

 王国騎士団の訓練は常に開放されている。もちろん立ち入りできる場所に制限はあるが、関係者でなくとも自由に見学できるようになっていた。

 しかしリーデシアは騎士団の訓練を見学したことはない。何故なら見に行く理由がなかったからである。


 アルフレッドが侯爵家の次期当主でありながら騎士になったのは、幼いリーデシアの「騎士って格好いい」発言のせいだ。しかしリーデシアはそこのところを正直よく覚えていない。

 ついでに言えばあんなに素敵な婚約者がなぜ自分を好きになってくれたのかもよく分かっていなかったため、極力アルフレッドの邪魔にならないようにしていた。


 だからこそアルフレッドが万が一自分に気を取られて訓練を疎かにしないように、また自分が彼の邪魔をしないようにと見学を控えていたのだ。

 訓練終わりなら問題ないだろうと迎えに行くことは度々あったが、訓練中に顔を出したことは一度もなかった。


 まあそんな配慮はあったもののアルフレッドの最優先事項はリーデシアのため、顔を出そうが出さなかろうが気は取られまくっていたのだが。

 そこらへんは団長であるジャスパーが文字通り身を削りまくって止めていたが割愛する。


 しかしそんな配慮ももはや必要ない。自分が彼に前々前世より遥かに昔から愛されていたことを思い出した恋する乙女に怖いものなど何もない。

 そしてそれが親友の願いに絡まっているのであれば、見学を躊躇う理由はどこにもなかった。



「じゃあ、今日の放課後でいいかしら?」

「ん。ありがとう、リーデシア」


 ほっと安堵した顔を浮かべるのは親友のハンナである。

 ブラウンのミディアムヘアは前髪が短く眉が見えている。大きな猫目は普段面倒そうに細められているが、今は優しく緩んでいた。


 商人の娘であるハンナはドレスを嫌い、動きやすい服装を好んでいる。

 そのため機能性を重視した服は一見地味に見えるが、ブラウスやスカートの裾には繊細な刺繍が散りばめられていた。

 膝丈スカートの下にはレギンスを履いており、靴下は黒革のガーターリングで固定されている。ブーツのヒールは低い。全力疾走しても乱れない服装だ。

 

 騎士団の訓練を見学しないかと持ち掛けてきたハンナ。どうやら騎士団員の誰かしらに用があるらしい。

 詳しいことは口を濁して話さないため、リーデシアにはわからない。

 しかし目線をずらしてぽつぽつと言葉を紡ぎ、頬が僅かに朱に染まっている姿は珍しい。落ち着かなげに手がぱたぱたと動いていた。

 いつもとは違う様子にリーデシアはぴんときた。


 つまり、ハンナは恋をしている。


 騎士団員の誰かに恋をして、会いたいがために訓練を見学したいと思った。しかし一人で行くと恋をしていることがバレてしまう。それは露骨だと思い、友人の付き添いで来た体を取りたいのだろう。


 今日の私は冴えている、とリーデシアは思う。


 婚約は遠い話だと言っていたハンナ。政略結婚ではないかとリーデシアとアルフレッドの仲を心配してくれたハンナ。婚約者の誕生日プレゼントを選ぶための買い物に付き合ってくれたハンナ。優しくて心配性で、数少ない親友のハンナ。

 何かと世話になっているハンナのために、今回は自分が彼女の役に立つ番だ。


「ええ、大丈夫よハンナ。私に任せて!」

「え、何が?」


 リーデシアは色々と思い違いをしているが、口に出さなければ訂正のしようがない。

 急に張り切り出したリーデシアにハンナは着いていけない。ぱっちりとした猫のような目がまばたきを繰り返していた。


 かくしてリーデシアは親友の恋愛を応援するために、訓練見学へと望んだのだった。




***




 訓練場は優に数百名の人員が集まってもまだ余裕があった。いくつかのまばらな塊となり、かなりの距離を開けてそれぞれが別れている。

 走り込みを行う集団や剣を打ち合わせる集団、鎧を脱いで休憩している集団などが訓練場に散らばっていた。


 案内をしてくれた青年は詰所へと走っていく。団長へ見学者が来たと報告に行ったのだろう。


 広場にはアルフレッドはおらず、リーデシアは思わずしゅんとした。友人の付き合いで来たのだが、会えるものなら会いたかった。

 愛しい婚約者がいなかったせいで露骨に落ち込むリーデシアに、ハンナが慰めの声をかけながら辺りを見回す。

 すると一人の団員を見つけ、彼女の目がきらんと光った。


「ごめん、リーデシア。ちょっと行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい」


 一目散に駆けていくハンナ。彼女の視線にいる人物を見極めるため、リーデシアは友人の後ろ姿を眺める。そして会話し出した相手をまじまじと見詰めた。


 オリーブの瞳を持つ青年は、ハンナに気付くとにっと歯を見せて笑った。ツンツン頭が元気そうな性格を表しており、右目の下にほくろがある。どことなくチャラチャラしている雰囲気だった。

 ハンナも笑顔で話しかけている。会話の内容までは分からないが、身ぶり手振りで話していた。


 世話焼きなハンナと軽薄そうな青年。付き合うと苦労しそうだが、彼女はああいったものが好みなのだろうか。

 友人の意外な一面に驚いていたリーデシアはさらに驚かされる。

 なんとハンナは軽そうな青年と会話を終えると、別の集団へと近付き他の男と話し出したのだ。


 次の男は生真面目そうな青年だった。

 鈍い赤紫の髪は七三で分かれており、横髪が目尻にかかっている。雰囲気から眼鏡でも掛けたら文官に見えそうだが、体つきはがっしりとしており、騎士団員なのだとわかった。

 ハンナはどこから取り出したのか、紙束を片手に話し込んでいる。青年も頷きながら興味深そうに資料を覗き込んでいた。


 二人の距離は随分と近い。肩と腕が触れ合うほどの親密さに、もしやとこちらが本命かと思うリーデシア。

 ということは、先ほどの彼は噂に聞くキープ。または二股というものか。

 ハンナが見学に誘う時に気まずそうにしていたのは、リーデシアがこういったことに慣れていないと分かっていたからだろうか。


 友人の進んだ恋愛観に衝撃を受ける。

 リーデシアはアルフレッド以外に心を傾けたことがないので、一切理解できない感情だった。

 愛する人はただ一人で、一度好きになれば生涯愛し続ける一途な関係しか知らない。先立たれても心が移ろうことはないし、アルフレッド以外に体を触れさせたこともない。

 神に召された時も、前世で強制的に王子と結婚させられた時も、触れ合うことはしなかった。


 ハンナは次々と別の男に声をかけている。その顔はとても楽しそうで目がきらきらしている。相手が嬉しそうに頷く度に、ハンナもやり遂げたような満面の笑みを浮かべていた。


 あまりのショックにただ眺めるしかできない少女。太陽が降り注ぐ訓練場に呆然と突っ立っていれば、珍しさに遠巻きにしていた団員も心配する。


「あの、大丈夫ですか?」

「へっ? あっ、ええ、大丈夫です」


 声をかけてきたのは鈍い赤紫髪の真面目そうな青年。ハンナの恐らく本命かと思われるその人だ。

 ぼんやりしていたリーデシアはふるふると首を降ると、決意を固めた瞳を青年に向ける。急に意識をはっきりさせた少女に青年がこっそり安堵したが、構わずに会話を続けた。


「ええと、私、友人の付き添いで来たのですけど、先程会話されてましたよね?」

「ん? ああ、エドワーズ嬢のご友人ですか」

「はい! あの、ハンナとはどういったご関係ですか? 仲が良さそうに見えましたけど」

「どういった……? 以前彼女の店で買い物をしたことがあって、その縁で」


 つまり店員と客の関係から進展したということか。

 聞けば他の会話相手もそうらしく、出会いの多さにびっくりする。

 というかこの青年、恋人(仮)であるハンナが他の男性へ楽しそうに話し掛けているのに、全然気にしていないようだ。

 理解しておらず心配していないのか、それとも理解した上で受け入れているのか。詳しく聞きたいが、聞いて関係が破綻してしまったら事だろう。

 

 深くは突っ込まず、しかしそれとなく青年の人となりが知りたい。友人の恋人に相応しいかどうか、親友である自分が確かめなくてはならない。


 そんな使命感に従い熱心に質問してくるリーデシアに、青年はどぎまぎしつつ答えていく。

 青年の視線はリーデシアに釘付けだった。


 どこかで見たような容姿だが、こんなに可愛ければ覚えているのできっと気のせいだろう。

 初対面だろう少女からの質問攻めにもしかしてと淡く期待する。友人との関係を真っ先に問い質したのも、まさかまさかと胸が高鳴る。


 リーデシアは熱意から、青年は照れから頬を赤くしていた。

 そんな二人の姿を、偶然、いや必然的に見つけてしまった男がいた。


「……リディ?」


 騎士団詰所から出て真っ先にリーデシアを見つけた婚約者、アルフレッドだった。


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