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婚約者と乙女  作者: 千鶴
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とある令嬢の話 3

 アルフレッドに拒絶されてから、ミラベルはリーデシア=アルミアを観察した。

 何故アルフレッドは私を選ばないのか。どうしてアルフレッドはリーデシアを選んだのか。

 理由がわからなければ対処の仕様がない。王族の娘が侯爵家の娘に劣っているなどあってはならない。


 リーデシアはいつも笑っていた。ただ穏やかに、優しげに。

 彼女はいつでも守られていた。彼女の周りには常に誰かがいた。


 きっと彼女は悲しい思いなんてしたことがないのだろう。国王たる父に子どもではなく、道具の一つとしてしか見られなかったことなどないのだろう。

 きっと彼女は苦しい思いなんてしたことがないのだろう。何かを成し遂げても王族の一員として、当然のように扱われたことなどないのだろう。

 きっと彼女は虚しい思いなんてしたことがないのだろう。何を手に入れても王女の力として、自分の力だと認められなかったことなどないのだろう。


 同じだなんて間違いだ。彼女と私はまったく違った。

 彼女に悲しさなんてわからない。彼女に苦しさなんてわからない。彼女に虚しさなんてわからない。

 わかっているならあんな風に、無邪気に笑えるはずかない。


 違いを見つける度にイライラする。胸がむかつく。不愉快だと叫びたい衝動を拳を握り締めて何とか耐える。無意識に食い縛った奥歯からみしりと音が鳴った。幸せだと言う顔で笑う彼女の姿から目を逸らすことなどできない。睨み付ける視線すら気付かない無垢さが、どうしようもなく腹立たしい。


 リーデシアの長い髪が、教室のドアに挟まりそうになった。友人らしき女が慌てて、閉まりかけるドアを片手で止める。リーデシアが振り返る。女が呆れた顔で注意する。リーデシアが笑って礼を述べて、友人らしき女が苦笑した。


 リーデシアがドレスの裾に足を取られて、転びそうになる。派手な女が魔法でリーデシアを支える。転ばずに済んだリーデシアが魔法に気付いて、女に笑って礼を述べた。派手な女は素知らぬ顔をしたが、背に隠した手が喜びを表すように握られていた。


 リーデシアが棚の上段にある本を取ろうとして背伸びをする。手が届かずかすりもしない姿を見かねたのか、どこかで見かけた騎士が本を軽々と取り出してリーデシアに渡した。リーデシアが笑って礼を述べる。騎士が手を振って去っていった。


 くだらない。


 体の一部である髪を挟むなんて、周りが見えていない証拠でしょう。私ならそんな状況にすらならない。あんな間抜けな行動をするなんて、馬鹿馬鹿しい。


 ドレスの裾に足を取られるなんて、もってのほか。正しい姿勢で美しく歩くことは、貴族なら当たり前の行動でしょう。それすら出来ないなんて、これまでどうやって生活してきたのかしら。


 届かないとわかっていながら自分で本を取ろうとするなんて、正気かしら。助けてもらうためにわざとしたに違いないわ。そこまでして他人に構ってもらいたいなんて、厭らしい女だこと。


 ちやほやされていい気になっている、世間知らずのお嬢様。それがミラベルがリーデシアに抱いた印象だった。


 あんな女が婚約者なのに、真実愛しているとでも?


 きっとアルフレッドは国家間の同盟を考慮して、あんな言い方を選んだのだろう。本当はつらくて悲しくて仕方ないはずなのに。本当は気持ちをわかってくれる私を選びたいはずなのに。


 そうだ、きっとそう。でなければおかしい。そうでなければあり得ない。

 そうでなければ、努力と忍耐を強いられてきた自分があまりに憐れではないか。


 王族の使命が何だというのだ。好きで王族に産まれたわけではないのに。

 婚約を破棄して何が悪いというのか。王族の娘であるなら私でなくてもいいというのに。

 国家の同盟が何だというのだ。一つの方法でしか協力を結べない訳があるまいに。


 それなのにどうして私ばかりが責められる。


 敷かれた道以外の選択肢がない自分が悪いのか。王族に産まれた自分が悪いのか。国家の礎になれない自分が悪いのか。感情を持っている自分が悪いのか。自由を知った自分が悪いのか。望む未来を願った自分が悪いのか。望まぬ事実を受け入れたくない自分が悪いのか。欲しいものができた自分が悪いのか。恋し愛した自分が悪いのか。一時の夢を見た自分が悪いのか。


 どうして彼女は許されて、何故私は許されない。

 変われるものなら変わりたい。代わりたいなら代わってあげる。


 甘やかされてきたのは同じ。ただし私は無関心ゆえの、叱責も怒りもされないせいだったけれど。

 褒めそやされてきたのは同じ。ただし私は王族の娘として、媚へつらう機嫌取りのためだったけれど。

 願いが叶えられてきたのは同じ。ただし私は高位な立場としての、命令として仕方なく叶えられたに過ぎないけれど。

 欲しいものが用意されてきたのは同じ。ただし私は閉鎖された環境しか知らず、欲すら満足に思い浮かべられなかっただけだけれど。


 羨ましい。妬ましい。恨めしい。怨やましい。

 彼女になりたい。彼女の立場に成り代わりたい。


「――だから、私の願いを叶えなさい」


 魔術師も錬金術師も治療術師も暗殺者も、王族に従う者はいくらでもいる。


 砂が踏みにじられる音が聞こえる。風が動く気配がする。小さく空気に溶けるような笑い声と、無言で立ち去っていく気配。それらをわずかな疑問も抱かず、当然のように聞き流す。


 ゆっくりと上がる唇はきっと歪んでいるのだろうが、ただ愉しくて仕方がない。優越感を感じながら、音もなく現れた侍女に先導されて歩き始める。


「この場所を代わってあげるわ、リーデシア=アルミア」


 王族の権利を使えることだけが、唯一彼女に叶えられない願いでしょう。


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