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婚約者と乙女  作者: 千鶴
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とある令嬢の話 2

 王立学園の庭園は色鮮やかな花々が咲き誇っている。種類ごとに整然と並べられた花は、庭園の中心から放射状に広がっていた。

 庭園の中心にはテーブルとソファが置かれており、傍には時計が設置されている。一休みするにはうってつけの場所だった。


 テーブルとソファが置かれている場所にたどり着くためには、迷路のようになっている通路を歩いてこなければならない。元々は簡単な一本道だったのだが、改修と増築のせいで現在の入り組んだ道筋になったのだ。


 ミラベルはソファに座りながらじっと入り口を見つめていた。待ち人がいつ来るのかと指折りながら待ち続けていたのだ。

 待ち人とはもちろんアルフレッドのこと。


 彼女は昨日、彼宛に使用人を遣わした。日付と時間、場所を指定した言付けはきちんと伝えられたと、使用人自ら報告を受けている。


 ミラベルは隣国トバイアスの王女であり、この国の王太子の婚約者である。王国騎士団の副団長を務め、侯爵子息であるアルフレッドが彼女の命令に逆らうことはあり得ない。


 渇いた喉を潤すために、メイドの用意したハーブティーを飲む。カップとソーサーが触れ合って、かちゃかちゃと音がした。緊張しているのだろう。指先が震えている。


 カップを机に戻して、胸に手を当てる。目を閉じて深呼吸を繰り返す。意識してゆっくりと息を吸い、出来るだけ長く吐き出す。体までかすかに震えていた。


 告白というのはこれほどに緊張するのだと、初めて知った。こんなに胸がどきどきして、息が乱れるなんて知らなかった。

 大丈夫、大丈夫だと言い聞かせても、中々高鳴りが治まらない。皆こんな緊張に耐えながら、告白をしていたのだろうか。


 唇をきゅっと引き結び、ゆっくりと呼吸の数を数えていく。

 大丈夫、大丈夫。私なら、大丈夫。


 わずかながらも緊張が解れてきたところで、入り口からアルフレッドが姿を見せた。

 時計を見ればちょうど待ち合わせ時間になっていた。


「アルフレッド! 来てくれたのね」


 ミラベルは喜色満面で、声を弾ませて立ち上がる。そのまま駆け寄って抱き着こうとしたが、伸ばした手が届く前にアルフレッドによって拒絶された。


「お止めください、トバイアスの姫。王太子の婚約者様がこのような場所で、人を呼ぶのはやめていただきたい」


 アルフレッドの眉間には皺が刻まれている。涼しげな切れ長の瞳は凍てつく氷のように鋭い。声色は固く、普段王太子の婚約者として会話する時よりも冷たかった。


 ミラベルはひゅっと息を飲み込んだ。落ち着けた呼吸が乱れる。短く吐き出される息が白くなる。


 アルフレッドが来てから気温がぐっと下がった気がしたが、気のせいではなかった。指先が震えていたのは緊張だけでなく、寒さのせいもあったのだろう。

 彼の周りからパキパキとひび割れるような音が聞こえてくる。空気中の水分が凍っていた。


 アルフレッドの後ろには使用人と、確か彼の同僚である騎士がいた。二人きりで会いたいと書いたのに、約束を守ってくれなかったのか。


「……どうして、他の人を連れてきているの? 私、貴方と二人で話がしたいと書いたはずだけど」


「高貴なる御方が護衛も連れず、二人きりで男と会うものではありません。トバイアスでは使用人は人の数に入れないようですので、失礼を承知で我が同僚を連れて参りました。お早く城へお戻りくださいますよう申し上げます」


 さっさと踵を返そうとするアルフレッドをミラベルは慌てて引き留めた。


 どうしてすぐに帰ろうとするのだろう。大切な話があると書いたのに、どうして聞かずに済ませようとするのだろう。わからない。

 私たちは同じ、自由を奪われた者同士のはずなのに。


「待って、話を聞いて。私、私ね、貴方のこと」


「トバイアスの姫。王太子殿下の元へ、お早くお戻りください」


「ローレンスとは話し合ったわ! 私、貴方が好きなの! だって、私たち同じでしょう。勝手に婚約者を決められて、将来を縛り付けられた者同士! 私なら貴方の気持ち、わかってあげられるわ」


「……トバイアスの第二王女様、どうかお言葉の撤回を。わたくしも、そこにいるオーモンドも、まだ何も聞いておりませんので」


「どうして? 貴方とアルミア家の婚約は政略結婚でしょう。領地と爵位の都合で、あまりにも幼い時分に婚約を強制されて。仲睦まじく見える姿は表面的なものでしかないって、私ちゃんと知ってるわ」


 まだ物事を弁えぬ幼い時分に、無理やり婚約者を決められた。とても可哀想なアルフレッド。とても可哀想なミラベル。とても可哀想な私たち。

 遊びすら知らないまま、唯々諾々と強制された道を歩むしかないなんて。


「……時代遅れよね。私もそうだわ。顔も知らない相手と結婚するんだって、産まれた時から決められて」


 彼なら私の気持ちをわかってくれるはず。だって私は、彼の気持ちがわかるから。

 みんなが自由に恋して愛する中で、自分だけが除けられた寂しさを。本当なら好きな人と結婚したいのに、もう自由に恋することすら許されない悲しさを。


 彼ならわかってくれる。私ならわかってあげられる。

 だから、彼の傍にいるのは私がふさわしい。

 そう思って――


「お言葉ですが、わたくしは望まぬ婚約などしておりません」


「え?」


 彼は何を言っているのだろう。親に決められた婚約で、無理やり添わされた令嬢で。表面だけでも取り繕えと自分を殺しているに違いないのに、いったい何を。


「わたくしは真実、アルミア家の令嬢を愛しております。政略だけではない、お互いの心がある結婚です。そして、我が国の王太子殿下はお優しい御方です。付き合っていけば、いずれその優しさがお分かりになるでしょう」


 何よ、それ。


 アルミア家の令嬢。リーデシア=アルミア。ウェーブがかった栗色の髪に琥珀の瞳を持つ。穏やかに微笑む姿は花の精霊のようだと言われている、侯爵家の娘。


 ミラベルは自分の髪を掴んだ。ゆるく巻かれた栗色の髪だ。生まれついた琥珀色の瞳は、宝石のようだと誉めそやされてきた。

 王族の娘として高い魔力を持ち、治療魔術だって少しだけだが使える。整った顔立ちは可愛くて綺麗だと、使用人や大勢の貴族、この国に来てからは名前も知らない男子生徒に言われてきた。身分だって申し分ない。


 リーデシア=アルミア。アルフレッドの傍にまとわりつき、無理やり彼の将来を縛り付けた女。

 彼女の姿を思い浮かべる。いつも笑っていた。甘えたで、世間知らずで、人の悪意なんて知らない顔をした少女。


「なんで、だって。私だって、同じでしょう」


 髪の色も。瞳の色も。魔力も。魔術も。美醜も。身分の確かさも。周りからの扱いも。


 これだけ同じなら、彼女でなくてもいいじゃない。

 これだけ同じなら、気持ちがわかってあげられる私の方がいいじゃない。


「あの子が貴方の、幼馴染みだから?」


 時間の長さなら、時間のせいならば。これから一緒に過ごしていけばいいだけなのに。


 アルフレッドはミラベルの言葉に取り合わず、入り口を振り向いた。


「長居をしました。城まで護衛致します。オーモンド、行くぞ」


「ああ。なぁ、大丈夫か?」


「知らん。ローレンスに任せればいいだろう」


「お前、殿下に対して不敬だぞ」


 アルフレッド達が遠ざかっていく。

 しばらく呆然としたまま突っ立っていたミラベルは、メイドに促されてようやく歩き出した。


 初めて好きな人が出来たのに。どうして私の恋は叶わなくて、彼女の恋は叶うのだろう。

 同じなのに。同じくせに。どうしてあの子なの。どうして私を見てくれないの。


 彼女は甘やかされてきたのでしょう。だって私も同じだから。

 彼女は褒めそやされてきたのでしょう。だって私も同じだから。

 彼女の願いは叶えられてきたのでしょう。だって私も同じだから。

 彼女の欲しいものは用意されてきたのでしょう。だって私も同じだから。


 違うのは、王女の位だけ。


 それなら、王太子の婚約者の座をあげる。

 初めて自分で欲しいと思ったの。この恋が叶うなら、他のことは我慢するわ。


 だから。

 その場所を代わってよ、リーデシア=アルミア。


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