とある令嬢の話 1
――どうして私ばかり
生温い風が吹き荒れている。弄ばれた髪がバタバタとはためき、顔を打ち付けた。風に混じって錆びた鉄の匂いが漂っている。足元にくすぶっている靄が蛇のように、足を登って絡み付く。
――どうしてあの子ばかり
口を開けば呪詛のごとき言葉がこぼれ落ちていく。握り締めた掌にさらに力を込めれば、爪が食い込み血が滲む。食い縛った奥歯からみしりと音が鳴った。一心に見つめる瞳が渇いて痛むけれど、目を逸らすことなどできない。
羨ましい。妬ましい。恨めしい。怨やましい。
どうしてあの子なの。なんであの子なの。あの子のどこがいいの。あの子の何に惚れたの。なんであの子を選んだの。どうしてあの子でないといけないの。どうして、どうして?
どうして、私ではいけないの?
魔力が高い令嬢がいいなら私だって同じなのに。
栗色の髪の令嬢がいいなら私だって同じなのに。
琥珀の瞳の令嬢がいいなら私だって同じなのに。
可愛くて綺麗な令嬢がいいなら私だって同じなのに。
身分が確かな令嬢がいいなら私だって同じなのに。
甘やかされている令嬢がいいなら私だって同じなのに。
なのに、なんで、なんで?
あの子が彼の、幼馴染みだから?
時間の長さなら、時間のせいならば。これから一緒に過ごしていけばいいだけなのに。
羨ましい。妬ましい。恨めしい。怨やましい。
同じなのに。同じくせに。どうして、あの子なの。
その場所を代わってよ、リーデシア=アルミア――!
***
ミラベル=トバイアスはトバイアス王国の第二王女である。
鉱山に囲まれたトバイアスは鉱石や宝石の産出国であり、輸出による収入で発展してきた。
隣国は緑豊かで土地に恵まれた国だ。トバイアス王国では鉱石や鉱山は豊かだが、その代わりに小麦などの作物が不足している。隣国からの輸入で国民の食生活が成り立っているような危うさがあった。
隣国とトバイアス王国は、お互いがお互いの得意分野で発展し、同盟を結ぶことで物資の安定化を図っていた。
ミラベルは同盟のために、国家間の協力のためだけに、女として産まれた瞬間に隣国に嫁ぐことが決まっていた。
顔も知らない相手と結婚することは、トバイアスでは珍しくない。当主の同意があり、身分さえ釣り合っていれば、相手が誰であろうと嫁ぐ。それが貴族の令嬢というものだ。
トバイアス王国では王族と貴族、それ以外ではっきりと身分が分かれていた。
けれど隣国では、貴族平民問わず十三才から十八才までの五年間、学校に通うことが義務付けられているらしい。
その例に習いミラベルも、十三になった年に隣国の文化を知るために留学した。
学校は楽しかった。身分問わず遊び、話し合い、学び、時に喧嘩する。貴族であっても誤れば謝罪し、平民であっても意見が正しければ譲らない。
身分を越えた恋だって見受けられた。その後どうなるかは分からないが、それでも好きな人に恋する姿は美しかった。
自国とは大きく違うそれらに最初こそ戸惑ったが、見識を広めるいい機会になったと思う。
しかし、だからこそ。ミラベルは願ってしまったのだ。
自由に恋して、好きな人と結婚したいと。
そうして出会った。とても格好よくて、冷たさの中にも優しさがある人に。
アルフレッド=リグタード。王国騎士団の副団長を務めており、将来英雄と呼ばれるであろう存在に。
ミラベルの知るアルフレッドは、老若男女問わず人気がある。実力と才能を兼ね備えながらも、努力を怠らない姿はまさしく清廉であった。
多少の嫉妬ややっかみはあるが、順調に騎士としての務めを果たしている姿に、自由を知った少女は恋をした。
そんな中、噂で知ったのだ。
アルフレッド=リグタードはリーデシア=アルミアの婚約者ではあるが、それは親に決められた政略結婚である。領地と爵位の都合で、あまりにも幼い時分に婚約を強制された。仲睦まじく見える姿は表面的なものでしかない、と。
英雄色を好む。まだ物事を弁えぬ幼い時分に、無理やり婚約者を決められるなど、なんて可哀想なんだろう。遊びすら知らないまま、唯々諾々と強制された道を歩むしかないなんて。
――まるで、私みたい
そう思ってしまったミラベルは、共感と同情も相まって、よりアルフレッドに心を傾けるようになった。
女として産まれた瞬間に、顔も知らない相手と結婚が決められたミラベル。
都合よく男女で産まれ、都合よく互いの当主に婚約することを決められたアルフレッド。
彼なら私の気持ちをわかってくれるはず。だって私は彼の気持ちがわかるから。
みんなが自由に恋して愛する中で、自分だけが除けられた寂しさを。本当なら好きな人と結婚したいのに、もう自由に恋することすら許されない悲しさを。
彼ならわかってくれる。私ならわかってあげられる。
だから、彼の傍にいるのは私がふさわしい。
「だから、私と婚約を解消してほしいの。お願いローレンス」
必死に頼み込んだ婚約者は、しかし曖昧に微笑むだけだった。
「僕たちの結婚は自分たちの意思でどうにかなるものじゃないって、賢い君ならわかっているだろう?」
「でも、この国は身分問わず恋して、好きな人と結婚するのでしょう? それなら王子である貴方も、好きな人と結婚するべきだわ」
「この国でも身分は関係あるし、平民と貴族が結婚するのはごく少数だよ。それに国同士の結婚を好きでないからって理由で反故には出来ないよ」
「だから、英雄をトバイアスにくれたらいいだけじゃない! あのリーデシアって子、治療魔術が使えるんでしょ。それなら貴方の国の経緯に則って、聖女にしてしまえばいいわ。好きなんでしょ、彼女のこと」
「好き、っていうか……そういうのじゃないんだよねぇ。――そもそも国が興った原因がそれだし。前世からお互いに一途だったのに、引き剥がしたらまた国が滅亡するだろうし……」
「何を小声で言ってるの?」
「何でもないよ。とにかく、英雄を他国に渡すわけにはいかないし、二人を引き剥がすこともしない。これはこの国の王子としての見解だよ」
「……もういい。貴方では話にならないわ。彼が私を選んだら、そんなこと言えなくなるわよね」
「あのね……はぁ。警告はしたからね」
「何よ。わかってないわね。ちゃんと話し合えば私を選んでくれるわよ」
だって、同じだから。
私と彼は同じだから。だから気持ちをわかってあげられる。
私と彼女は同じだから。だから見た目も魔力も、身分も大して違わない。
それならば。結婚する相手が彼女でいいならば、気持ちをわかってあげられる私の方がずっといい。




