婚約者と島国
開口一番、リーデシアは満面の笑みで言った。
「はっぴーにゅー、いやー!」
面食らったハンナはにっこりと笑い返すなり、アルフレッドを拉致してその場を離れた。
***
植木の陰に隠れたハンナはアルフレッドの首に手を回すと、無理矢理その場にしゃがみこんだ。アルフレッドの首からおかしな音が聞こえた気がする。
だが今はそれどころではないとばかりに、声を潜めて詰め寄った。
「あんた何してんの、拾い食いさせてんじゃないわよ。あれほどリーデシアから離れるなって言ったじゃない」
「お前に言われたことはないし、目も離してないし、拾い食いもしていない。リディを何だと思っているんだ」
首を擦りつつ不機嫌そうなアルフレッドが吐き捨てる。愛しい婚約者から離れると、彼はだいたい不機嫌そうな表情か無表情になる。
彼の上司にあたる騎士団長のジャスパー曰く、リーデシアはアルフレッドの清涼剤らしい。魔術師団のキースからしてみればもっぱら麻薬扱いだが、切らすと禁断症状が出る辺り否定できない。
ハンナが植木から顔を出せば、リーデシアとばっちり目があった。きょとりとした表情すら愛らしい友人に、ハンナの追及する声が刺々しくなる。
「急に変わってもない年を祝い出すとか、おかしいじゃない。あの子は天然だけど頭が悪い訳じゃないのよ。あんたと居すぎて心が摩耗したんじゃないの。逃げ出したくて時間の概念を歪め始めた可能性が」
「妄想甚だしいぞ。リディが俺から逃げるなんて考えるわけないだろう」
「自信満々なその鼻っ柱、いつかへし折ってやりたいけど、それどころじゃないのよ。何か原因知らないの?」
「原因なら、まあ」
「何! 勿体ぶらずに教えなさい!」
首に回したハンナの手に力がこもる。アルフレッドが若干顔色を悪くしながら引き剥がせば、大人しくはなかったが手は離された。
アルフレッドが視線を巡らせつつ、心当たりを声にする。
「和の島国の年号とやらが変わったらしい。リディはあの国の文化が好きだからな。自分のことのように嬉しいんだろ」
頷きながら流石リディ、可愛いと連呼するアルフレッド。
「ねん、ごう……? それは、年が新しくなるの……?」
「詳しいことは知らん。興味もない。リディは可愛い。それで充分だろ」
「リディは可愛いって言いたかっただけでしょ」
「お前風情がリディと呼ぶな」
「は? あんたに言われる筋合いないんですけど? 何様のつもり?」
「婚約者様だが?」
「そのどや顔をやめろ」
ハンナとアルフレッドの仲は悪くない。全然良くはないが、二人とも分別がある。
アルフレッドは愛しい婚約者が大事にしている友人ということで、これでも言いたいことをぐっと飲み込んで我慢している。
ハンナも同様だ。彼女は貴族の令嬢ではない。成り上がり商人の娘である彼女は、口で負けると商売に負けると教えられている。一を言われれば十どころか千くらい返すところを、無駄に争わないためにぐぐっと耐えているのだ。
そんなことは知らないリーデシアが、婚約者と友人がバチバチに口喧嘩している姿を見ればどう思うか。
きっと悲しんで、捨てられた仔犬のごとくしゅんとした目で見つめてくるに違いない。二人ともリーデシアにとことん弱いのだ。そんな姿見てられない。
これが侯爵令嬢で魔術師のフュエルであれば、アルフレッドと魔法でバッチバチに殺り合うわけだが。
かの令嬢は煽り耐性がないので過激であった。
「とりあえず、新年を祝わせるのやめましょう。私はあの子を可哀想な目で見たくない」
「どこが可哀想なんだ。今日も今日とて可愛いところしかないだろう」
「うるさいわよ。屋烏の愛でも貫くつもり?」
「烏は可愛くないだろ」
「言葉の綾すら分からないわけ」
言い合いながら戻ってきた二人だが、リーデシアが笑顔で出迎えると、ころっと笑顔に戻ったことは言うまでもない。




