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婚約者と乙女  作者: 千鶴
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収穫祭その後

 アルフレッド=リグタードは侯爵子息である。王国騎士団の副団長を務めており、その佇まいから「氷の騎士」と評されていた。

 才能に驕らず日々研鑽に勤しむ彼には溺愛する婚約者がいる。リーデシア=アルミアという侯爵令嬢だ。

 アルフレッドが彼女を愛しているのは周知の事実だが、アルフレッドが彼女のためならばぶっ飛んで残念な男になるのはあまり知られていなかった。


 雪解けの収穫祭が終わり早一月。彼らの住む王国では特に行事らしい行事はない。

 しかし一部の遠き国では、ホワイトデーと呼ばれるイベントがあると噂されている。バレンタインデーに贈り物を貰った男性が、そのお返しとして女性にプレゼントを贈るというのが全容らしい。

 特に理由もなくリーデシアにプレゼントを贈るアルフレッドではあるのだが、そこに理由があるならプレゼントを贈らない訳がない。恋人のためならば知能がぐんぐん下がるタイプの残念な騎士は、恋人へのプレゼント選びのために街中へと繰り出した。

 行きつけの店から始め、今流行りの観劇や絵画、女性に大人気のスイーツ店。衣服に至っては普段着から夜会用のドレス、さらには各種アクセサリーそれぞれの専門店を物色する。


 ところで、アルフレッドはいわゆるイケメンである。

 肩につかないさらさらの短髪は夜空を思わせて、光を反射する藍色の瞳は深海のよう。整った顔立ちに引き締まった肉体、それを際立たせる騎士団服が彼の魅力を引き立てていた。

 甘い顔立ちというよりは、冷たくクールな印象を受ける端整な容姿が周囲の視線を集めている。しかし婚約者にしか興味のない男がそれらに気付く筈もない。

 ひそひそと交わされる会話や頬を染めた女性達からの熱のこもった目線が無遠慮に向けられる。一切を無視するアルフレッドに、外見に自信のある女性二人が声をかけた。


「ねぇねぇお兄さん! 今時間ありますぅ?」

「よかったら私たちと遊びま」

「忙しい邪魔だ」


 一顧だにせず歩き去っていったアルフレッドを、声をかけた女性二人が呆然と見送っていた。だが歯牙にもかけない様子に、他の女性からの評判が高まっていたことを騎士本人は知らない。


 それから暫く。中々思うようなものが見つからずだんだん眉間に皺を刻み始めた矢先に、アルフレッドは道の端にひっそりと立っている宝石店を見つけた。ふらふらと導かれるように入ったその店は、外観からは想像がつかないほど豪華で豊富な品々が揃っていた。

 何カラットかわからないダイヤモンドに、光によって色を変えるアレキサンドライト。アメジストやパールが、ネックレスや指輪に飾られては自己を主張するかのように輝いている。

 暫くショーケースや展示品を吟味していたが、やはりこれといったものが見つからない。諦めかけたその時、飾り気のない指輪が目に留まった。

 指輪自体は派手な宝石がついておらず、いたってシンプルな代物だった。しかしリングの内側に凹凸があり、メッセージリングになっている。その隣には指輪の説明文が置かれていた。

 

【箱の中にメッセージカードを入れたり、指輪自体にメッセージを刻印し、自分の気持ちを伝えるという方法は有名ですよね。そこで当店では、指輪の内側にメッセージを掘り、指輪をつけることによって指にメッセージを残す指輪を作りました。

 普段何気なく指輪をつけていて、はずした時に「愛している」なんてメッセージが指に残っていたら素敵ですよね。

 ロマンチックな愛を愛しい人へ。~あなたの恋を応援するメッセージリング~】


 瞬間、アルフレッドの脳内に妄想が駆け抜けた。



 栗色のウェーブがかった長髪をなびかせて、宝石のような琥珀の瞳を細めて笑う婚約者。

 華奢で白い薬指にシルバーのリングを通してやれば、少女が手を顔の前に持ち上げる。じっと指輪を見詰めながら、リーデシアが穏やかに笑った。

 アルフレッドは彼女の掌に指を絡めて、顔よりも下げるように移動させた。大きな瞳が不思議そうにアルフレッドを映し込む。

 緩やかに近付けた顔が受け入れられて、唇を何度も重ねていく。微かに鳴る水音に彼女の目元が赤らんだ。

 もう一度と顔を近付けて、唇が触れ合う寸前でぴたりと止める。ふっと目を落とせば、揺らぐ琥珀が熱に浮かされていた。

 アルフレッドの指がリーデシアの薬指を擽る。ぴくりと縮こまるように引かれた手を柔く握って、視線を落とした彼女に見えるようそっと指輪をずらした。すると琥珀の瞳が大きく見開かれる。

 薬指に残されたメッセージを見詰めていた少女がゆっくりと顔を上げる。妖精よりも、女神よりも美しく優しい笑顔が浮かんでいく。

 花が綻ぶような微笑みに、アルフレッドは思わずもう一度顔を近付けた――。



 アルフレッドがはっと正気付いた時には、既に買い物を終え店の外に出ていた。

 しっかりと握られた小さな袋は店名のロゴしか書かれていない。一見しただけではアクセサリーの贈り物を入れた袋だとは分からなかった。

 しかし中に包まれた小箱には、精密に散りばめられた花が描かれている。それだけでも花の妖精のようだと呼ばれる婚約者、リーデシアに相応しい一品だった。

 購入した指輪は琥珀が飾られた金のメッセージリングだ。琥珀をセントポーリアという花の形に加工しており、控えめで可愛らしい指輪だった。

 セントポーリアの花言葉は「小さな愛」なので、アルフレッドの気持ちを表すにはいささか不足している。

 では何故その花を選んだのか。それはリーデシアの誕生花がセントポーリアだったからだ。

 彼女自身が誕生花を把握しているのかは定かではないが、アルフレッドはそこら辺の知識は豊富だった。婚約者が絡んだ彼はあらゆる意味で強い。


 花の形に加工された琥珀だけでも贈り物として充分だと思われるが、今回の目的はメッセージリングである。

 普段使いはもちろん、パーティーでもさりげなく華やかさをプラスできるセントポーリアの指輪。用事が一段落した頃に外せば、指に現れる愛を語るメッセージ。


 ――完璧だ。

 つけても良し、外しても良し。どちらでも愛する婚約者の心を捉えて離さない完璧な贈り物だろう。

 問題点をあげるとすれば恐らく伝えない限りリーデシアがメッセージに気付かない可能性が高いことだが、そこはそれ。何とかするのがアルフレッドの腕の見せ所である。


 愛しい彼女の喜ぶ顔が見たい。愛する少女の驚く姿が見たい。

 高鳴る心臓に息が弾む。体が温かくなって、今にも駆け出してしまいそうなくらい手足が軽い。無意識に口角が上がっていく。

 意気揚々と家路を急ぐ男の顔は、名高き「氷の騎士」とは思えない緩み具合だった。

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