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婚約者と乙女  作者: 千鶴
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騎士と収穫祭

 リーデシアとアルフレッドが暮らす王国では年に二回、霜降りの季節と雪解けの季節に収穫祭が催されている。


 雪解けの収穫祭は元々、極寒の季節を乗り越えられたことを祝う祭であった。生き延びたことを祝福して、神に感謝し、互いに喜びを伝えあう日なのだ。

 喜びを表す際に大切な人へ贈り物をする風習があるのだが、それが転じて、恋人や愛しい相手へ贈り物と共に気持ちを伝える現在の形へ落ち着いたと言われている。


 愛し合う恋人同士であるリーデシアやアルフレッドもまた、雪解けの収穫祭当日を楽しんでいた。



 甘くてとろけるカカオの香りが部屋に満ちている。茶や白の色合いに飾り付けられた赤いハート。きらきら煌めくザラメとアラザンが、例え小さくとも見た目を豪華に魅せている。

 大皿に並べられたカップケーキにチョコレート。飽きないよう共に乗せられたメレンゲ菓子は色とりどりの花の形をしている。小さなフィナンシェにはたっぷりとハチミツがかけられていた。


 華奢な指先に摘ままれたデサートフォークが、ふらふらと左右に振れている。一思いに刺したカップケーキからとろりと温かなチョコレートが溢れ出す。

 とろとろ絡まるチョコレートとスポンジをそっと口に含めば、ほのかにオレンジの香りが広がった。オレンジピールが混ぜ込まれていたようだ。


 驚くように開かれた瞳が天井の灯りを反射する。思わず持ち上がった口角が感情を全面に伝えてくる。ゆっくりと味わいながら咀嚼する姿は見た者に食欲を抱かせた。


 砂糖菓子よりも美味しそうな恋人の姿に、アルフレッドの表情がだらしなく崩れていた。


 雪解けの収穫祭。遠き国ではバレンタインデーと呼ばれる、恋人たちの愛を誓う日。


 リーデシアは婚約者であるアルフレッドのためにチョコレート菓子を作成していた。カップケーキやトリュフ、クッキーを作っては味見し、顔を綻ばせる。粗熱をとって次々と大皿へ乗せていく。


 彼女はたいていのものは美味しく食べられるタイプなので、何を食べても美味しく感じられるのだ。お得な味覚をしている。

 そして彼女の恋人であるアルフレッドは、リーデシアから貰えるものであれば何だって喜ぶ扱いやすい男であった。


 いくつも並べられた大皿に、無数に並べられたスイーツ。半分くらいはリーデシアの手作りだが、もう半分はアルフレッドが彼女のために買ってきたものだ。

 老舗の高級店から今流行りの人気スイーツ店。通いなれたカフェから持ち帰ったものもある。


 恋人のために手作りしたチョコレート菓子の隣に、手間も値段も違う買ってきたチョコレート菓子を並べる。何を考えているのかと思うだろうが、残念ながらこの男、恋人のことしか考えていない。


 この日、この時、この場所で、婚約者であるリーデシアが自分のためにスイーツ作りに勤しんでいる。

 その事実がたまらなく嬉しくて前日からにやにやが止まらないアルフレッドは、当然のように前日から使い物にならなかった。


 余談だが、毎年毎年役に立たない氷の騎士を知っている騎士団長のジャスパーは、無言でバレンタイン前日と当日と翌日はアルフレッドを休み扱いしている。


 リーデシアが一生懸命に作ったスイーツのお礼に、アルフレッドは彼女が好きそうなスイーツを買ってくる。

 リーデシアが一生懸命に作ったスイーツを食べながら、アルフレッドは彼女が好きなスイーツを食べている姿を目に焼き付ける。

 リーデシアは甘いものが好きで、アルフレッドは好きなものを食べて幸せそうなリーデシアが好きだ。


 どのチョコレートが美味しいかなんて決まっている。

 プロの職人が丹精込めて作り上げた逸品よりも、誰もが絶賛する有名店の高級品よりも。


 リーデシアが自分のために作ってくれたチョコレートに敵うものなどありはしない。 


 双方にメリットしかない幸せな空間で、満足そうなリーデシアを見つめる満足したアルフレッドが、輝かんばかりの笑みを浮かべていた。

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