婚約者と魔力
部屋に水音が響く。どこか粘りつくような音だった。
空気が混ざり、舌が絡み付く。
角度を変えながら深く深く押し込めれば、喉奥まで味わうように差し込まれ、唾液が注がれる。
鼻に息がかかる。息継ぎの合間に大きく口を開け空気を吸い込むが、すぐに塞がれた。
触れあう度に押し付けられる熱が思考を焼いて、奪われていく空気が思考をぼやけさせる。
離された唇が唇をなぞり、舌先で頬を擽られる。思わず笑えば責めるように耳を食まれた。
「耳、やだ」
懇願して身を捻ればあっさりと離される。ほっと息を吐いてちらりと顔を見上げれば、また唇を塞がれた。
歯列をたどり舌を撫でて、上顎の凹凸すら確かめるように丁寧に舌でなぶられる。
繰り返される執拗な行為に成されるがままだったリーデシアは、ふっと大きく息を吸った。
「……リディ」
譫言のように紡がれる声が消える前に何度も口付けが落とされる。近付いては離れていく顔をぼうっと眺めていた少女は、彼の瞳を見詰めて嬉しそうに笑った。
「アル、琥珀になってる」
指先で婚約者の瞼に触れるリーデシア。
アルフレッドの深海のような、夜空のような藍色の瞳が、今はリーデシアと同じ琥珀に染まっている。
きゅうっと細められた目で柔らかく微笑む少年が、愛しい彼女に頬を擦り付けた。
魔力は万物に宿る。当然人体も魔力が循環しており、特に魔力は体液に混ざりやすい。
負傷し出血した場合、血液に溶け込んだ魔力も流れてしまう。その場合失血死だけでなく魔力枯渇による死亡の危険性もあるのだ。
魔法は余剰魔力を使って発動しているため、使いすぎると魔力枯渇によって生命維持が難しくなり、最悪死亡するケースも多い。
それらを防ぐ際に魔力回復のポーションだけでなく、魔力の波長が合う者が体液を注ぐこともある。だいたいは輸血によって枯渇を防ぐのだが、一刻を争う時は血液を飲ませる場合や、キスによる魔力供給を行う。
しかし魔力の波長が合う者は輸血可能者よりも少ないので、普段はポーション頼みになっている。
リーデシアとアルフレッドは珍しくも波長が合う二人だった。アルフレッドがリーデシアに一目惚れしたのもこれが理由の一つである。
供給過多になるとまれに相手の色が移ることがあり、多くは瞳の色が変化する。
現在のアルフレッドの状態こそまさしく供給過多による色彩変化だった。
少年の熱に浮かされた瞳が琥珀に輝いている。
音を立てて吸われる唇が、頬が、額が、じんじんと熱く疼いている。滑る指先で微かに首筋を擽られ、息を吐くような笑い声が漏れた。
「ふふ、くすぐったいわ」
「リディ、好きだ、愛してる」
愛を繰り返す低い声が心地良い。
耳に触られたり耳元で囁かれるとどうにもくすぐったくて耐えられないのだが、頬や手に触れ合うのは好きだった。
彼の膝に収まって背後から抱き締められるのも、正面に向き合って首に手を回し抱き着くのも好きだ。
傍にいるだけで満たされる。触れるともっと幸せを感じる。
抱き着いて、キスをして、語り合って、触れ合って。
穏やかに過ぎる時間が、ただ幸せだった。
じっと瞳を見詰めていれば、アルフレッドが照れたように言葉を紡ぐ。
「そんなに瞳が気になるか?」
「ええ。だって私の色だもの」
自慢げに胸を張るリーデシアは少年の頬を両手で押さえる。鼻があたり唇が掠めるほど顔を寄せ、嬉しそうに微笑んだ。
「私色に染まるあなたが大好きよ」
あなたの全部、私のものね。
ころころと笑う彼女にまばたきを繰り返す。すとんと胸に落ちた言葉を理解して、アルフレッドは笑って婚約者に再びキスをした。
「……そうだな。俺のすべては、君のものだ」
――そしていつか、君が俺の色に染まってくれたなら。
額をくっつけて見詰めあう。
どこか遠くで鐘のなる音が聞こえた。
もうすぐ新しい年を迎える。
今日は去年となって、明日が今年になって。
今日も明日も明後日も。去年も今年も来年も。
ずっとこの人の傍に居られたらどんなに幸せだろう。
ずっと傍に居たいと思えることがどうしようもなく幸せだった。
今生こそは、きっと。何の憂いも悲哀もなく。
心が摩耗するような擦れ違いも、心が抉られるような耐える時間を味わうこともなく。
いずれの日にか、琥珀の瞳が夜空の色を纏うだろう。




