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婚約者と乙女  作者: 千鶴
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婚約者と寒さ

「リディ、おいで」

 腕を広げて笑顔を浮かべるアルフレッドに、リーデシアは困ったような顔をして言った。

「ごめんなさい、今はいや」

 ぴしりと固まった恋人に見向きもせず、少女は部屋を出ていった。


 リーデシアとアルフレッドは恋人同士である。幼い頃から仲が良く基本的に触れ合う程の距離が定位置の二人だが、もちろん例外もある。


 アルフレッドは氷の魔法の使い手だ。一定空間の温度を急激に低下させ、絶対零度の状態を作り出すことにより氷を精製する。

 温度が下がれば下がるほど氷の強度は増す。完全な液状の水だけでなく、空気中の水分すらも凍らせる。将来は英雄かと謳われるアルフレッドにとって、世界中の水が彼の武器だった。


 その弊害とも呼べるのだが、氷の魔力の影響で彼の体温は人よりも少々低い。夏場ならひんやりしてむしろ快適であるのだが、今は冬真っ只中。雪がしんしんと降り積もる厳冬だ。いくら暖炉の前だろうが、寒いものは寒い。

 そして残念なことに、リーデシアは冷え性だった。


 ぱちぱちと薪が爆ぜている。揺らめく炎を見つめる少年の顔は、火の明かりとは対照的に物凄く暗かった。どんよりと沈んだ心を表すかのように、部屋の温度も下がっている。窓には霜が張り、ちらちらと白い影が映り込む。暖炉の燃える炎だけが、部屋を明るくしようと必死だった。


 どれくらいそうしていたのか。暖炉の炎がアルフレッドの魔力に負けるかのように小さく揺らめいた頃、ノックの音が響いた。


「失礼致します。アルフレッド様、ご婚約者様が自室でお待ちです」

「すぐ行く」


 答えると同時に扉を蹴破って駆けていったアルフレッド。使用人は目を白黒させた。しかし突如として寒風が吹きすさび大きなくしゃみが出る。熱をあげるために体ががたがたと震えるが、何とか暖炉の始末をしようと部屋に踏み入った。


 椅子に置かれたふかふかのクッションが凍りつき、傍らの丸机に掛けられたテーブルクロスがひび割れている。窓はびっしりと氷に覆われていた。

 アルフレッドが座っていたのだろうソファは、もはや氷で作られたと言われても疑わない有り様だった。

 暖炉の火がちろちろと燃えている。つけたときはもっと大きかったはずなのに、今では小指の先ぐらいの大きさしかない。


「……氷の城かよ」


 うっかりメルヘンな言葉を漏らした使用人は、もう一度大きなくしゃみをした。鼻水が出た。




 自室にたどり着いたアルフレッドはドアノブに手をかけ、一旦深呼吸した。気持ちが荒ぶって魔力が漏れ出たりしたら困る。彼女に風邪を引かせるわけにはいかない。それ以上に愛する彼女の口から「触らないで」なんて言われたら一生立ち直れない。

 冬なんてなくなればいいのにと思いつつ、アルフレッドは扉を開けた。


「リディ、さっきは……」


 扉を開けて固まる。ベッドに座った彼女を見つめる。


 ――もこもこだった。


 額すら隠すニットの帽子に分厚い耳当て、目の下まで巻かれたマフラー。フリースジャケットに似た毛皮の上にダウンコートを纏い、手首の回りにふわふわの綿が縫い付けられた手袋をはめていた。何枚も重ねられた膝掛けから覗く靴下は手袋と同じ素材で出来ており、肩には毛布が被せられている。

 完全な防寒体制だった。


 リーデシアはにっこり笑うが、表情は隠れて見えやしない。そんなことは気にせず両手を広げると、どこか勇ましい言葉を言い放つ。


「さあ、どこからでもかかってきなさい!」



***



 昔のことを思い出したアルフレッドは、膝に乗せたリーデシアをぎゅうぎゅう抱き締めた。旋毛に鼻先を寄せ深く息を吸い込む。胸一杯に甘く愛しい香りが広がり、でれっと相好を崩した。むにむにと重ね合わせた手を揉んでやれば、リーデシアは閉じかけていた瞼を薄く開いた。


「……?」

「……何でもないよ」


 もはや口すら動かない彼女の肩に額を擦り付ける。擽ったそうに身を捻るが、嫌そうではなかった。調子に乗って耳を食めば「んうぐ」と嫌そうに唸られる。機嫌を取るようにさらに抱き締めれば、満足そうに空気を吐き出した。


 長年の鍛練にて、アルフレッドは氷の魔力を使いこなせるようになっていた。実際には彼の魔力は氷を発生させる訳ではなく、温度操作を本質としていたのだ。気温を降下させて氷を作り出すだけでなく、上昇させて炎を生じさせることも可能だった。


 得意なのは異名の通り氷を発生させる方ではあるが、婚約者のためならば多少不得手でも熟達してみせる。努力する理由があるならば、それがリーデシアのためならば、アルフレッドは不平不満一つなく没頭し習得する男であった。


 そのおかげで厳冬の今、アルフレッドは着膨れていないリーデシアを膝に乗せのびのびと過ごしている。


 リーデシアは完全に婚約者へと体重を預け、靴下で覆われていない足先をぴったりと触れ合わせている。冬の間体温を高くしているアルフレッドに、リーデシアはべったりとくっついていた。


 夏は保冷剤、冬は湯たんぽの代わりを努めるアルフレッド。それでいいのかと思うが、婚約者に触れて貰えるので至極満足そうだった。

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