恋敵その後
「ねえ、アル」
「どうした?」
「服を脱いでくれる?」
「ごほっ」
噎せて咳き込むアルフレッドを見て、リーデシアは不思議そうな顔をしていた。
リーデシア=アルミアが先日の交流会で、フュエル=ジオーネ侯爵令嬢に絡まれたのは記憶に新しい。その際に伝えられたアルフレッドの「右腿に黒子」と「背中に痣」の情報に、リーデシアは随分苦悩させられた。自分は知らなかった愛しい婚約者の身体的特徴を、他の女性から教えられる。これほど屈辱的なことかあるだろうか。
いや、リーデシアはあまり屈辱的だと思っていないのだが、それはそれ。他人が知っているのに自分が知らないのは少々寂しいではないか。
ジオーネ嬢との関係もまだ説明されていない。ここで追求しなくて何が婚約者だ。
隠されていたことに対して不満を持っていたのも事実。お互いにお互いを知りたいのだと語り合った今、もはや我慢する必要はない。
どこかで読んだ推理物の探偵よろしく、リーデシアは婚約者にずずいっと詰め寄った。
「ジオーネ様から聞いたのです、アルの右腿と背中に何があるのかを! だから、婚約者たる私が、知らないというのは、おかしいのでは、ないのでしょうか!」
びしぃっ! と突き付けられた指先を見詰めるアルフレッド。小声で「あいつめ」や「余計なことを」などと呟いていたが、ふと口ごもる。暫く逡巡した後、何かを思い付いたのかにやりと笑った。
「それもそうだな。わかった。しっかり見ていてくれ」
そう言うとおもむろに上着を脱ぎ捨てた。シンプルで実用的なシャツをはだけさせ、鍛え上げられた肉体を曝す。どこか自慢げに視線を向けてくる婚約者に、リーデシアは首を傾げた。
「アル、私が見たいのは背中だから、正面を向いて見詰められても困るのだけど」
「…………………………すまない」
一気に意気消沈したアルフレッドを疑問に思いつつ、少女は大人しく座って待っていた。やがて半裸になったアルフレッドが後ろを向く。
剥き出しの背中を見たリーデシアは驚愕した。背の左側、肩甲骨の辺りが変色していたのだ。まるで火に焼かれ爛れたかのような痣に目を見開く。
唖然とするリーデシアの態度にアルフレッドは冷や汗を流し始めた。これはもしやまずいのではないか。下手に隠し立てなどせず、最初から話しておくべきだったか。黙ってしまった婚約者に焦っていると、普段よりも随分低い声が発せられた。
「……アルフレッド、下も脱ぎなさい」
「え、いや、下は……」
「脱ぎなさい」
有無を言わせぬ命令口調に抗えず、少女の目の前で脚衣を下ろす。どんな羞恥プレイだろうか。恥ずかしさと戸惑いに目眩がする。
膝までを覆うサポーターを引き上げ、右腿を露出させる。現れた肌の中ほどに穿たれたような痕があった。抉られたように陥没した箇所が黒ずんでいる。
アルフレッドの額から滝のように汗が落ちる。患部を見ているリーデシアの瞳が冷たくなっていた。沈黙した空気が痛い。責められているような雰囲気を感じるが、実際に責めているのだろう。
おもむろに持ち上げられた少女の手に、少年の肩が跳ねる。華奢な掌が患部に乗せられ、じわりと熱が広がっていった。溢れ出した光がアルフレッドの傷痕に吸収され、ゆっくりと痕が薄れていく。
掌が離される頃には、傷は跡形もなく消えていた。
「アルフレッド」
「……はい」
「どうして黙っていたのですか」
「……心配させたくなかったからです」
「どうして治さなかったのですか」
「……治療よりも婚約指輪に時間を使いたかったからです」
敬語が痛い。無表情が痛い。
「この傷はいつ出来たものですか」
「……先日の、帰って来なかった時に。魔術師団と合同訓練をした時に出来ました」
「ジオーネ様との関係は」
「…合同訓練で訓練相手でした」
リーデシアの声が冷えている。アルフレッドの血の気が引く。
「彼女は怪我をしたのですか。治療はしたのですか」
「……同等の傷を負って、治療していました」
「あなただけが治療しなかったと」
「……誠に申し訳ありません」
アルフレッドが謝罪すると、リーデシアは溜め息を吐いた。普段の優しい雰囲気はなく、悲しげで重苦しい空気が漂っている。
少女の態度に少年は怯える。呆れられてしまった。きっと幻滅しただろう。体を震わせ涙目にすらなっている婚約者の頭を撫で、リーデシアは諭すように言葉を紡いだ。
「いい? 怪我をしたらきちんと手当てをすること。痛いことや苦しいことはちゃんと周りに相談すること。治療は絶対に必要なことだから、怪我をしたなら隠さないで。お願い、アルフレッド。……私では頼りにならないから、黙っていたのでしょうけれど……ごめんなさい」
眉を下げて苦笑する婚約者に、アルフレッドは慌てて目を合わせて言い募る。
「いや、そんなことはない。頼りにしている。信頼している。黙っていてすまない。これからは全部包み隠さず話すから、そんな顔をしないでくれ」
「じゃあ今後怪我をしたら私に言うこと。私が責任を持って治します。いいですね?」
「え、いや、それは」
「いいですね?」
「……はい」
少女の言葉に、少年は素直に頷く他なかった。
その後「ジオーネ様に伝えてくれたお礼をしなければ」と会いに行こうとしたリーデシアを、アルフレッドが「大丈夫だから会いに行かないでくれ、盗られてしまう」と必死に止めていた。リーデシアには何の話かわからなかった。




