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婚約者と乙女  作者: 千鶴
13/36

婚約者と恋敵 3/4

 誕生日当日。リーデシアは自室のベッドに蹲っていた。握り締めた両手は力を込めすぎて白くなっている。ぼんやりとした瞳は焦点が定まっていなかった。


 今日は学園が休みなので、友人のハンナは昨日の帰り際、手渡しでプレゼントを贈ってくれた。嬉しさのあまり涙ぐんだリーデシアに、ハンナは慰めつつも周囲を見回した。だが、いつもはストーカーばりに張り付いている婚約者が現れず首を傾げる。


 婚約者はどうしたのかと疑問を呈する友人に、仕事が忙しいのだと理由を伝える。するとハンナはしきりに珍しいと繰り返し、友人に「当日を無事乗り越えるのよ」とよくわからないエールを送っていた。


 アルフレッドは昨日から帰ってきていない。顔を合わせたのは一昨日が最後であり、その時の彼は酷く挙動不審だった。ちらちらとリーデシアに視線を送っては、彼女と目が合うと慌てて顔ごと逸らす。声をかければ肩を跳ねさせ、何でもないの一点張り。明らかに怪しい。


 リーデシアはアルフレッドに愛されている自信がある。理由については正直よくわからなかったが、力説する彼は見ていて微笑ましかった。そんな彼があからさまに自分を避けている。何か理由があるにせよ、見ていて気持ちの良いものではない。正直に言えば、物凄く寂しいのだ。


 常に傍で過ごしてきた彼が、自分の隣にいない。騎士団の訓練や救援要請で家を離れることも多いが、その時はこまめに連絡をしてくれた。ここまで避けられることはなかった。いずれ話すとは言ってくれたが、いったいいつになれば話してくれるのだろうか。


 もしかして、自分は何か彼の気に障ることをしてしまったのか。それとも、心は離れていなくとも他の誰かを好きになってしまったのかもしれない。世の中には複数の相手を同時に愛する人もいる。アルフレッドがそうでないとは言い切れない。


 そこまで考えたリーデシアは気付いた。自分は彼の何を知っているつもりだったのかと。彼が何を思い、何を愛し、そのために何を切り捨ててきたのか。


 彼の好物を知っている。彼の行動を知っている。彼の選んだ道を知っている。けれども、その選択の理由を自分は知らないのだ。

 それならばいっそ、心を預ける相手がもう一人くらいいても仕方ないのではないか。自分では彼の隣に立つには力不足なのではないか。


 一人鬱々と沈むリーデシアは扉の開いた音に気付かなかった。


「リディ、入るぞ」

「えっ、アル。いつの間にそこにいらしたの!?」

「今、だが。すまない、ノックはしたが返事がなくてな。勝手に入って悪かった」


 リーデシアはベッドに座り直し、罰の悪そうな婚約者をまじまじと見詰める。扉を閉めたアルフレッドは視線をさまよわせ、咳払いした。胸に手を当て深呼吸を繰り返している。

 そしておもむろにベッドに座る彼女の傍に近付くと、その足元に跪いた。


「君に、これを」


 ポケットから小箱が取り出された。蓋を開け恭しく差し出される。そこにあったのは、アルフレッドの瞳と同じ色の宝石で飾られた指輪だった。

 少女の目が見開かれる。驚きで声が出せない。呆然としている彼女の手をとり、左手の薬指に指輪を通した。深い藍色の光がリーデシアの瞳に映り込む。


「誕生日おめでとう。隠してすまなかった。三歳で婚約したのに、指輪すら渡せていなかっただろう。それに、どうしても、婚約の指輪だけは俺の色を身に付けて欲しくて」


 普段の愛を語る口調とは異なり、言い募る様が酷くたどたどしい。少女の左手に添えている少年の手が、微かに震えている。目線は指輪に固定されたまま、リーデシアの瞳を見てはいなかった。


「気に入らないならもう一度買ってくる。今度は二人で、君の好きな色を選ぼう。そのために仕事を詰めて、長期休暇を許可させてきたからな。……出来れば、この指輪を、受け取ってくれたら嬉しい」


 最後は消え入りそうなほどの小声で呟かれた。唇を引き結ぶ姿は、まるで彼女の言葉を聞きたくないような、痛みに耐えているような雰囲気を感じられる。


 リーデシアは黙ったまま左手を引いた。アルフレッドの肩が震える、瞳が揺らぐ。俯いたまま顔をあげない少年に、婚約者の彼女は抱き付いた。


「ごめんなさい、アルフレッド!」


 突然の謝罪に今度はアルフレッドが固まり、呆然とする。言葉の意味を理解したのか、滝のように冷や汗が流れ落ちる。蒼白になった男に気付かず、リーデシアは抱き付く腕に力を込めた。


「あなたがこんなに私を想ってくれていたのに、私ったら不満ばかりで……ごめんなさい。婚約者失格だわ」

「それは違う! 俺が、下手に隠そうとしたから、……結局隠せていなかったし…………」


 少し落ち込んでしまったアルフレッドから手を離す。凭れるように額を合わせれば、自然と視線も交じり合う。


「いいえ、私が悪いの。愛してくれていたのに、その愛を信じられなかったのだもの。それにね、私気付いたわ。あなたのこと何も知らないって。だから教えて。あなたが何を見て、何を思ったか。これまでのこと、これからのこと。私はあなたと一緒に、この先を知っていきたい。今よりもっと、あなたのことが知りたいわ」


 笑って言葉を紡ぐ彼女に、少年は瞬きを繰り返す。徐々に頬が赤く染まり、耳先まで熱を持つ。眉を下げて弱った顔をしながら、笑い混じりの声で彼は呟いた。


「……先に言われてしまったな。俺も、もっと君のことが知りたい。君と共に歩みたい。これ先もずっと、君の傍にいたい」


 額を離す。片手で少女の左手を持ち上げる。敬うように手の甲に口付けて、アルフレッドは柔らかな笑みを浮かべた。


「どうか俺に、最後まで君を守らせてくれ」

 叶うならどうか、俺の最後を君に見守っていてほしい。


 婚約者の言葉に、リーデシアは満面の笑顔で頷いた。

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