婚約者と恋敵 1/4
リーデシア=アルミアは侯爵令嬢である。幼馴染みで婚約者のアルフレッド=リグタードと仲睦まじく過ごす彼女は、令嬢達にとって羨望の的だった。理由は彼女の婚約者にある。アルフレッドは若くして王立騎士団の副団長を務めており、将来は『英雄』かと噂されているためだ。
他国では貴族というものは権力拡大のため、派閥争いや人脈作りに注力しているのだが、二人の住む王国では異なる。
元々王国は王族によって建国され、王族は国の礎であり国の象徴だ。貴族は建国の際尽力した者達であり、国のために尽くすことが義務である。
国のために砕身してきた彼らは己の立場に誇りを持っており、自己権力のための争いは最も恥ずべき悪だと考えていた。
最近では身分問わず学園に通う法律が制定され、才能さえあれば貴族でなくとも出世できる環境が整えられている。役職にも平民出身者が増えており、貴族達は己の立場を見つめ直しその誇りを汚さぬよう邁進していた。
そのための交流会として、現在王城庭園にて貴族の子息令嬢達を集めた茶会が開かれていた。
侯爵令嬢として参加したリーデシアの傍にアルフレッドの姿はない。彼は騎士団副団長としての務めがあり、参加を免除されているからだ。国のために尽力することこそ誉れと考える貴族の間では、騎士団や魔術師団の評価は高かった。
特に手柄を立て功績をあげた者は『英雄』という名誉が与えられ、王族と同等の地位として扱われる。国の礎を築いた王族と、国を守護する英雄。両者揃ってこそ国の行く末は磐石であるとされているのだ。
最後に『英雄』が授けられたのは数百年前の話だが、救援要請を受け派遣される騎士団の中で多くの武勲を立てるアルフレッドは、いずれ『英雄』となるのではないかと噂されていた。
もしも彼に婚約者がいなければ、多くの令嬢が彼に群がっていたことだろう。アルフレッドが婚約者を溺愛しているのは周知の事実であり、次期『英雄』になるであろう彼の不評を買いたい者などそういない。
リーデシアはアルフレッドに愛されている自信がある。自信があったのだ。
「ごきげんよう」
涼やかな声をかけられたリーデシアは振り返る。
そこにいたのは侯爵令嬢であるフュエル=ジオーネだった。デコルテが露出されたエンパイアドレスはふんだんにレースの刺繍が施され、クリスタルのビブネックレスが燦然と輝いている。
フュエルはリーデシアを上から下まで眺めると、手を合わせにっこりと笑った。
「聞きましたわ。アルフレッド様、また武功を立てられたそうですね。素敵な婚約者をお持ちで羨ましいわ」
「ごきげんよう、ジオーネ様。よくご存知でいらっしゃいますね。ええ、私には勿体無いほど素晴らしい御方です」
「あら、よく解っていらっしゃるのね。勿体無いってこと」
フュエルは口許を隠してくすくすと笑った。リーデシアは笑われている理由がわからず困惑する。ただ事実を伝えただけなのにと不思議そうに首を傾げる少女に、フュエルは笑い声混じりの言葉を紡ぎ出す。
「ねえ、知っていて? 他国では『英雄色を好む』って言葉があるのよ」
「まあ、ジオーネ様は物知りですのね。勉強になります」
「うふふ、ありがとう。ええ、英雄と言ったらアルフレッド様も次期英雄でしょう。そんな男性の相手が婚約者一人だけなんて、耐えられないと思わない?」
何を聞かれているのか理解できず、リーデシアはますます混乱する。
相手が婚約者一人、とはどういうことだろう。婚約者は通常一人だけのはずだが、彼女は何を言っているのだろうか。
そもそもこの国で重婚は推奨されていない。結婚は神聖なものである。子孫を残す必要のある国王でさえ、妻にする女性は多くとも二人だけだ。
禁止されていないのはあくまでも例外に備えているだけで、通常の貴族が重婚をすることは有り得ない。
リーデシアを見て一層笑みを深めたフュエルは、少女の傍近くに寄る。まるで内緒話でもするかのように耳元に口を近付ければ、極小さな声で呟いた。
「知っているかしら。アルフレッド様ってね、右腿に黒子があるのよ」
「……え?」
「あら、わたくし呼ばれているみたい。それではね、アルミア様。ごきげんよう」
艶然とした表情を浮かべ去っていくフュエルを、リーデシアは呆然と見詰めていた。




