12がつ13にち 晴れ (憑き物落としとかそんな日) その2
12がつ13にち 晴れ (憑き物落としとかそんな日) その2
「格好、変なところない?」
「ん。大丈夫」
隣に立つチセは目線だけをこちらに向けると、頷いた。
本当にちゃんと見ているのかと疑問を持つような対応だったが、既に3度も同じ質問をしたアタシにも問題があるかも。
着慣れないスーツ。
見慣れない格好が鏡に写った時には、思わず苦笑してしまった。
馬子にも衣装。
今回必要な格好だけれど、まるでコスプレをしているような気分になる。
すこしはマトモな社会人に見えれば良いのだけど。
それに引き換え、チセは流石モデルだ。
178cmと海外モデルに囲まれても見劣りしない身長と、凛とした佇まいは人目を引く。
日本ではあまり活動していないので声を掛けられるのはまれだが、知らない人でも一般人ではないと感じる立ち振る舞い。
チセは見られる事が昔から当たり前なので、全く気にしてないが。
一緒に歩いていると、ついでという感じでアタシにまで視線がくるのははちょっとね。
ほんと。同じDNAを引き継いでいるとはとても思えん。
現実は残酷である。
チセの恰好は、アタシと違って普段着。
大きなスポーツバッグを、重そうに携えている。
「お姉ちゃん、そろそろ行こうよ。寒いよ」
もう7時すぎで、辺りはすっかり真っ暗。
外に居るとあっという間に体温を奪われる。
「そうだね。よし、うだうだしていても仕方ない。狐退治、やりますか」
あんまり自信はないが、引き受けたからにはなんとかしないと。
今後チセの贈り物は、値段を聞いてから受け取らないとな。
真嶋邸は、静かな住宅街の一角にあった。
大きくはないが、新しい2階建ての一軒家。
アポを取っていたこともあり、チャイムを鳴らすとすぐに反応があった。
玄関を開けたのは、1組の夫婦。
年は、旦那さんが40才位かな。
奥さんは少し下、30代前半位に見える。
「こんばんわ」
まず、チセが声をかけた。
「こんばんは、チセさん。そちらの方が昨日言っていた―――」
「初めまして。チセの姉で『ポセッション心理学研究所』主任研究員の東風沙奈と申します」
挨拶し、名刺を差し出す。
勿論名刺にも、同じ肩書きが書かれている。
本物だ。
組織もある。
今日出来て、今日中に消滅する研究所で研究員はアタシ一人だが。
会社とかなら別だが、組織を作るのにどこかに登録する必要も人数も実績も必要ない。
肩書きなんて言わずもがな。
それなのに、人の価値を肩書きで判断しようとする。
変な世の中だねぇ。
まぁ、今回はその価値観を利用するのだけれど。
狐に取り憑かれたのは娘の宏美ちゃんだが、その前に両親を味方に引き込んでおく必要がある。
少なくとも、信頼はされておかないと。
その為のスーツや名刺だ。
無論、フリーターのアタシがそんな物を持っていなかっのだがチセが幅広い人脈を駆使し簡単に揃えてしまった。
名刺入れなどの小物から、名刺に書かれているポセッション心理学研究所のホームページまで。
何だったら研究所の施設から偽の研究員まで手配するよと言われたが、そこまでは必要あるまい。
それよりは霊媒師でも手配して、アタシをお役御免にしてくれればいいのに。
リビングに通され、奥さんがお茶を入れてきたところで改めて挨拶を交わした。
「いらっしゃって下さって、有難う御座います」
テーブルを挟んで対面に真嶋家夫婦が、アタシの横にチセが座る。
「お嬢さんは、今どちらに?」
「2階の自室に鍵をかけて閉じこもっています。あの…連れてきたほうが良いですか」
「いえ、大丈夫ですよ」
そう返答すると、二人は明らかにほっとした感じだった。
連れてくるのは、困難なのだろう。
「まずは、お話を聞かせていただけますか。こっくりさんをして、事件を起こしたという事しか私は聞いておりませんので」
「分かりました。ただ私達も学校側から説明された内容しか分かりませんが」
そう断りを入れてから、真嶋父は話し始めた。
「こっくりさんという遊びが学校で流行り始めたのは3ヶ月ほど前位からだそうです」
「こっくりさんをやっているのは、お嬢さんや友人達だけではないのですね」
「ええ。高学年の子達が中心のようですが、全学年に浸透しているそうです」
「ふむ」
「ただ、学校側は半月ほど前にこっくりさんを禁止していたらしいです」
「禁止ですか?」
「初めのうちは、遊びとして容認していたようですが。怯えてしまったり、気分が悪くなる生徒が出るようになったので危険だから禁止としたということです」
「危険だから禁止と生徒達に伝えたのですか?」
「全校集会と各クラス会で、こっくりさんは危ないからやらないようにと通知したそうです」
「そうですか」
猫を被っている状態なので、そうですかなんて頷いたけど。
普段だったら、あちゃーって言ってたとこだ。
「ところで、お嬢さんが問題を起こしてしまったのは禁止された後ですよね」
「ええ。ただ娘を庇いだてするというわけでもないのですが。禁止令が出た後も数こそ減ったものの相変わらず、皆大人から隠れてこっくりさんをやっていたそうです」
「まぁ教師からいわれたからといって、流行っていた遊びをすぐ辞めてしまう生徒ばかりだったらそれは怖いですしね」
支配とかそういう意味で。
「娘が事件を起こしたのは、放課後だったそうです」
授業とホームルームが終わり、生徒の大半が帰宅した教室。
残っていたのは、こっくりさんをやっていた宏美のグループと他数名だけ。
教師は職員室に戻っている。
…はずだった。
偶々教室に戻ってきた教師が、こっくりさんをやっている宏美達を目撃。
すぐに辞めるように、声をかけた。
皆、すぐに中止したが宏美だけは頑なに続けようとしていた。
そのため、教師は少し声を荒らげ宏美の腕をつかんで辞めさせようとしたところ。
突然、奇声を上げて暴れだし机の中からハサミを取り出すと教師に向かって突き出してきたそうだ。
教師が上手く抑え込むことが出来、けが人は出なかったのが幸いだ。
その後、学校から自宅に連絡。
慌てて駆け付けた母親が見た宏美は、すでに落ち着いてた。
いや、放心状態だったというべきか。
母親も教師もどうしたらいいのか戸惑っていたが、自宅へと連れ帰るとふらふらと自室に閉じこもってしまった。
会社を早退して、教師への謝罪と事情を聴きに行った父親。
そして、宏美を迎えに行った母親。
二人の語る事件のあらましを聞きながら、もう一度出そうになるあちゃーって言葉を飲み込む。
教育者としての学校側の対応が正しいのかは分からないけど、今回のケースに限れば悪手だ。
「娘は……娘は、狐に憑りつかれてしまったのですか?」
「何を馬鹿な事を言っているんだ」
「だって、宏美があんな事をするはずないじゃない。まるで人が変わってしまったよう。今だって、部屋から出そうとすると暴れて手が付けられないのに」
震えそうな声で、問いかけてくる母親。
それを、きつく嗜める父親。
反応は違うけど、二人とも困惑しているのがよくわかる。
「落ち着いてください。お二人の話で内容は理解できました」
さて、まずは何から説明しようか。
「こっくりさんとは、動物霊を呼び出し依り代に憑依させる儀式です。漢字にすると、狐狗狸さんと書きますね」
胸ポケットから小さなメモ帳を取り出し、書き込んで二人に見せる。
「狐・狗・狸。人に憑りつくとされる動物霊の代表格です」
ちなみに昔話などの影響で狐は狡猾でズルく、たぬきは間が抜けているような印象だけど。
憑りつかれて危険度が高いのは、たぬきの方だと言われている。
「お嬢さんに動物霊が憑いているのだとすれば、奥様が言ったように狐でしょう」
3種の動物が混ざった名前のこっくりさんだけれど、呼び出すのは狐の霊と相場は決まっているね。
狐が名前の一番最に付くからだろうか。
それとも、『狐』『狗』『狸』と一文字づつ書かれた際の識字率の違いかも。
奥さんは頷くが、旦那さんは納得はしておらず胡散臭そうにアタシを見ている。
そりゃ、そうだよね。
いくらチセの姉とはいえ、初対面の人に貴方の娘さんは悪い霊に憑りつかれているなどと言われて即納得するのは無理だ。
「先に伺っておきたいのですが、お二人は子供の頃こっくりさんや同種のエンジェルさんのような事をやられたことがありますか?」
「無いですね」
「なるほど。奥様はどうですか?」
「私は、数回あります」
この違いは興味のあるなしではなく、住んでいた地域や学校でこっくりさんが流行ったかどうかの違いだろうけど。
ただこっくりさんのいう神秘体験が、狐憑きの可否に繋がっているみたいで少し興味深い。
狐に憑りつかれるという単語を使う母親に対し、父親はそうした現象を認めてはいなさそう。
そういえばチセがこっくりさんをやって狐に憑りつかれた事件と言ってたから、依頼者は母親の方だね。
「お嬢さんになにが起こったのかは、だいたい推定出来ました。狐に憑りつかれたかどうかも含め説明しますが、理解していただくために順を追っていこうとございます」
そして、アタシの言葉に両親は驚愕した。
「まずはお二人に、こっくりさんをやっていただきます」




