10がつ16にち 曇りのち雨 (哲学とかそんな日)
10がつ16にち 曇りのち雨 (哲学とかそんな日)
昼下がり。
「沙奈さん、大変お世話になりました」
「うん、大変お世話しました」
目の前でアタシに向かって最敬礼しているM・Rさん。
アタシと同年代。
銀河広域警察という、なんだその3秒で考えた組織名みたいなところの婦警だそうで。
純粋な日本人で、大学卒業後就職したそうで。
Ⅿ・Rはエージェント名だそうで。
護送中だった囚人に逃走され、それを追って地球へと来たそうな。
よくある話だね。
そして、巻き込まれた私は事件解決に翻弄した。
警官への協力は国民の義務だからね。
「振り込みは後日、えぇと給料が出た後に」
けしてバイト代に目が眩んだから、協力したのではない。
ちなみに今回の任務は警察本部には極秘だそうで、バイト代はM・Rさんのポケットマネーらしい。
おそらく囚人脱走の原因はM・Rさんのポカで、内密に処理しようとしているのだろう。
事件は私の活躍で、数時間で解決。
あっちの方にいる気がしますとM・Rさんが指さす方と反対方向に向かったら、ポストに擬態した犯人をあっさり発見。
エウ$&#¥¥ガ星人(発音出来ない)だとか。
M・Rがエウ$&#¥¥ガ星人を何度か発音しようとしては噛み噛み。
最後は悔しそうに翻訳機みたいのを取り出し、『エウ$&#¥¥ガ星人』の正しい発音を私に聞かせた。
まぁ、地球人では発音出来ないね。
うん、正式名称興味ないし。
エウリアン(仮)で充分。
長いつき合いになるわけでもなし。
しかし、M・Rさんはプロ意識からか発音出来ないことに納得していないみたい。
涙目になってるし。
なんだろねー、この人。
見た目はバリバリ仕事をこなすキャリアウーマンみたいなのに、中身はめちゃめちゃ子供だ。
「さようなら、沙奈さん」
「うん、じゃあね―――ってドコへ行く」
「はいっ?」
「いや、あのね。感動的な別れとかでもないし、良いっちゃ良いんだけど」
「?」
「いきなりトイレに向かうのはどうだろ」
「あ・・・いや違くて」
耳まで真っ赤にしながら、否定するM・Rさん。
「ここのトイレの奥から2番目の個室が、月の裏側に停泊している私の母艦と繋がっているのです」
「・・・繋がっている?」
「あー、うー、分かり易く例えると個室がワープゾーンになっていると思ってもらえば」
「ど○で○ドアみたいなもん?」
「そうですね。でも、どこでも好きなところに通じるような便利な物ではなく母艦にしか行けませんけど」
ほう、ここのトイレがねえ。
ちなみにこことは、いつもの公園だ。
「ふーん。どんな原理」
「よくは知らないのですが」
「そりゃそうか。ワープ装置を使っているからって、その仕組みまで知っているわけないよね」
テレビやパソコンを毎日利用していても、構造なんか理解してないもの。
「なんか、物質を細かくしてその情報を転送先に伝え再構築するのだとか」
「ふーん・・・量子テレポーテーションの応用なぁ」
「ところでさぁ・・・」
言葉がゆっくりになっていく。
言い淀む。
伝えてもいいのだろうか。
世の中には知らなくてもいい知識はある。
知ったところでどうにもならず、単純に不幸になるだけの知識が。
でもⅯ・Rさん、ドジっ子ではあるけれど有能だからなぁ。
学歴も高いし。
アタシなんかが思いつくことなど、伝えなくてもそのうち気付くだろうし。
既に気づいていて、割り切っていればいいのだけど。
少し間が空いたあと、セリフを続けた。
「その転送装置は・・・大丈夫なの?」
「はい。技術はしっかり確立されていますからね」
ドヤ顔。
「実際に同じ場所まで移動する場合に事故に合う確立と転送装置のトラブルを比べたら、数倍から数万倍は転送装置の方が安全です」
まるで自分でテレポーテーション装置を作ったかのように、ドヤ顔で言われても。
「細胞のみならず、脳波やシナプスの流れまでも完全に再構築されるんですよ~」
「それは凄いね」
「昔のSF映画のように、蠅と人間が一緒に転送装置に入ったからって蠅人間になるようなマヌケなことにはなりません」
まるでテレポーテーション装置の営業マンのようだ。
まぁ、それはいいや。
「そういう意味での大丈夫ではなくて・・・その転送先のアナタはアナタなの」
「?」
「あー、だからね。転送元にAを入れたとして、転送先に出てくるのはAではなくA’なのではないかと」
「?」
首を傾げたまま固まるM・Rさん。
「うーん・・・例えばね、魂というものがあると仮定してね」
「沙奈さんは、魂とか信じているのですか?見た目に反して乙女なんですねぇ」
( ̄∩ ̄#
「ひゃ、ご、ごめんなさい」
「私は充分、乙女だ」
失敬な。
まぁ、私も科学的思考を愛する者。
魂を信じているかどうかと聞かれたら、信じていないと答える。
えっ、サラリーマン風幽霊みたいな神様?
そんなふざけた存在は知らん。
魂という、実験・検証に耐えうる現象については懐疑的にならざるを得ない。
そして当然、魂はあるかと聞かれたらあるかもねと答える。
ないと答える為には、ある可能性を全て潰さなければならない。
そんな事は不可能だ。
まともな科学者なら、同じように答えるだろう。
オカルト番組などは、こういう問答を都合よく解釈して放映するね。
レポーター 「宇宙人は地球にきてますか?」
科学者 「来てるかもしれませんね」
レポーター 「聞きましたか。科学者も認めました。来ているのです」
こんな感じで、放送されると回答が気の毒になったりするよ。
今は、バラエティーだからと笑って見ていられるけどすこし怖くもある。
アタシも、子供の頃は純粋無垢だったからね。
テレビや本に載っている情報は、全て正しいと思っていた時代があったから。
同じように、テレビや新聞、インターネットの情報を鵜呑みにしちゃってる人もいるのではないかと。
話が脱線したので、ついでに知っておくと役に立つ(時が来るかもしれない)情報を一つ。
4択や5択のテストとか資格試験で、正解を答えなさいという問題。
『~なことがある』と書かれていたら、それが正解なことが多いよ。
確実ではないけどね。
『~なことがある』が不正解というのは、ある可能性を全て潰し絶対にありえないと証明されなければならないから。
もし、答えが分からなくて一か八かで選択しなければならない時は選んでみるといいかも。
もう一度言うけど、確実ではないので自己責任でね。
「仮の話だよ。魂があるとしてね、いくら高性能な転送装置でも物質ではない魂までは転送できないよね」
「そう・・・ですね」
段々私の言いたいことが分かってきたのか、M・Rの声が暗くなっていく。
「でもでも、アタシはアタシですよ。今まで何十回と転送しましたけど、人格が変わったり記憶が無くなったりしたなどありませんし」
「脳波やシナプスの流れまで、完璧にコピーされているのでしょ」
自己とは何か、という問題になってくる。
例えば、貴方の携帯を友人が借りていったとする。
あまり携帯の貸し借りとか聞いたことはないけど、あくまで例え話だよ。
その携帯を友人は誤って壊してしまう。
焦った友人が中古屋に行くと、同じ機種で奇跡的に傷などが全く同じ物を発見。
データを丸々コピーして、交換されたことは知らせず貴方に返却しました。
貴方はそれが別の携帯だとは疑わず、疑うという発想すら浮かばない。
そして事実を話すことなく、友人は不幸にも亡くなってしまう。
さて、携帯は偽物でしょうか?
それとも、本物でしょうか?
「私・・・私は、哲学的ゾンビなのですか?」
言いたいことが分かってきたのか、声が震えている。
しかし、哲学的ゾンビなんて言葉を知っているとなると。
アタシが言い出さなくても、いずれは気付いたのだろうね。
哲学的ゾンビとは、映画などに出てくる動く腐った死体とは全くの別物。
ブードゥー教の方のゾンビについては、何時か出会う日があったとしたら語るとして。
哲学的ゾンビは、外観は全く普通の人間と同じ。
行動とかも、全く普通の人間。
ただ内面に、クオリアを持っていない。
クオリアとは———なんか解説に解説を重ねてるなぁ———統一した解釈は無いのだけれど。
無理やり簡単に言うと、意識とか精神、魂のようなもの。
哲学的ゾンビは、そのクオリアを持っていない。
泣いたり笑ったり怒ったりするが、それらはすべて脳内の電気的科学的反応だとするものだ。
要は、哲学的ゾンビは心などというものは存在せず全ては物理的な性質という物理主義に対抗して考え出された存在。
思考実験で産み出された、架空の存在だ。
「それは違うよ。変に魂なんて言葉を使ったので、勘違いさせちゃったね」
「でも」
なにか言いかけたⅯ・Rさんの言葉を遮り、続ける。
「アタシから話を振ってさらに脅かしたりしていてこう言うのも変だけど、気にしなくていいんじゃない」
「だって、私が私でなくなるとか消滅するとか―――」
「それはあくまで仮定の話」
うまくフォロー出来ないと、こんな話をした意味がない。
「普通になんの問題もない、移動手段かもしれないし」
重くならず、また逆に軽くもないごく普通の口調になるように注意して進める。
「実際に中身が入れ替わっていたとしても、それを確かめる手段は皆無なの。それが本人でもね」
「だから、それが怖いんじゃないですか」
「うん。でもね、この発想を本気で考え始めると日常ですら怪しくなるから」
「昨日遊んだ友人は、本当に昔からの友人だろうか?帰宅した家族は、本物の家族だろうか?さらには、寝る前の自分と起きた時の自分は同じ『自分』なのだろうか?」
「うーん」
「結局、どうやっても分からないことだらけなの。だから、そういうことがあるかもしれないという可能性を考慮しながらも、気にしないのが一番」
「なんか、胡麻化されている気もしますが」
「懐疑論とか不可知論は、考えすぎると身動きとれなくなっちゃうよ」
「確かに、睡眠すら怖くて取れなくなっちゃいますね」
「意識に切れ目がなくても怪しいよ。『世界5分前仮説』とかあるし」
哲学者バートランド・ラッセルが提唱した、世界5分前仮説。
この世界は5分前に、今の形、記憶、データ等伴って突然誕生したとする仮説。
思わず笑ってしまうような暴論だけれど。
何が凄いってこの仮説、反証不可能なんだ。
子供の頃の記憶がある?
それ、5分前に作られた記憶だから。
昔撮った写真がある?
友人とした約束がある?
10分前に切った指から、まだ血が流れている?
それ、5分前にそういう風に作られたから。
「考えるだけ無駄という言い方は思考停止で好きではないけど、今回のようなケースは考えても答えは出ないどころか無意味だから」
「だから、気にしてもしょうがない。気にしない……と」
誤魔化しではないのだが、さてⅯ・Rさんが納得してくれるかな。
「踏ん切りがつかないようなら、しばらく家に居てもいいよ。食事さえ奢ってもらえれば」
「あー、実はそれが狙いですかぁ」
「ふっふっふ、バレたか」
・・・・・・・・・
「うん・・・・・・大丈夫。気にしないことにします。既にワープは、何度も使ってしまっていますし。それに今後もワープを使用しなければ、この仕事は出来ませんしね」
「そっか」
強がりかもしれないが、それでも吹っ切れた表情になってくれた。
「佐奈さん、色々と説明してくれて、有難うございます」
「いやいや。帰るところを引き留めて、勝手にうだうだ語っただけだから」
「そんな事ないですよ。一人でワープに内容とか考えたりしていたら、そこで思考の迷路に嵌って怯えていたかもしれないです」
「なら良かった」
「では改めて、帰りますね。佐奈さん、さようなら」
さようなら。
別に間違いないのだけど、なんか今回の挨拶に使うにはチョット重たい感じがする。
だから
「またね。Ⅿ・Rさん」
「——―はいっ。また何時か」
小さく手を振って別れた。
少し、しんみりする。
ハタから見ていると、トイレに向かうOLを見送るフリーターという画だけど。




