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紗奈日記  作者: トモ
4/11

9がつ30にち 曇り (宗教とかそんな日)

9がつ30にち 曇り (宗教とかそんな日)



「暑い」

季節は秋。

さらに夜になったというのに、残暑はまだまだ厳しい。 

店などない、田舎道。

街灯すら殆ど無く、喧騒などカケラも無し。

聞こえるのは風に揺らされる木々や草のザワザワとした音ばかり。

はっきり言って、怖い。

うら若き美女(反論は一切受け付けない)が、一人で歩くには怖すぎる。

帰宅の足も、どんどん速くなる。

右側の竹藪を抜けてきた風はヌメッとしてて、不快感を増す。

早く帰ってシャワーを浴びたい。

もう少しでT字路。

いきなり電柱の陰から、男性がヌッと姿を表した。

「キャーーーッ―――・・・って、なんだ、幽霊か。ビックリさせないでよ」

「えっ・・・あ、はい。幽霊です。すいません」

もう、鳥肌が立っちゃったじゃない。

これで少しは体温が下がれば、それはラッキーかもしれないけど。


幽霊さん。

見た目はさえない、仕事に疲れたようなサラリーマン。

スーツ姿だし。

私より少し年上かな。

うっすらと身体が透け、足がない。

これぞ、幽霊。

THE幽霊だ。

「あのぉ、怖がらないのですか?」

「変質者だったら怖いけど、幽霊なら刺されたり暗がりに連れ込まれたりしないし」

「はぁ・・・」

「何?怖がらせるために、こんな辺鄙な所に佇んでいたの?」

人通りなど、ほぼないのに。

「いえ、僕もたまたま通りすがっただけで」

そういえば悲鳴を上げた時、この人も驚愕の顔をしてた。

こんな可憐な美女(反論は一切以下略)を見てビビるなんて、失敬な。

「それで、えーと・・・」

「万呂です」

「紗奈です。それで、何してるの?」

「何をしているのでしょう?」

「いや、私に聞かれても」

なんかめんどくさい事になってきたな。

特に用事もなく、暇ではあるんだけど。

「帰っていい?」

「あぁ、そんなぁ」

いや、情けない声を出されても。

「何か、私に用があるの?」

「ここで、僕が見える人に会ったのも何かの縁。出来れば相談にのっていただけないかと」

断って、付いてこられても困るしなぁ。

あ、憑いてこられるか。

「話を聞くだけなら、いいわよ」

「とりあえず、それで結構」

「とりあえず?」

その先もあるのか?

「嘘です、冗談ですっ」

なかなか面白くない冗談を言う。

帰りたいよぅ。


「えーとですね、僕はどうしたらいいんでしょう?」

「は?」

どうしたらいいんでしょう?

それは寧ろ私のセリフだ。

「あのですね、気が付いたら幽霊になって彷徨っていたんですよ」

「はぁ・・・えー、ご愁傷様です」

「いえ、お気になさらずに」

なんだ、この会話のかみ合わなさ。

昨今、正しい日本語や礼儀作法はどれでしょうみたいな番組や本とか多いけど。

お悔やみを言われた幽霊の正しい返答例はどにも載っていなかったからなぁ。


「それで、何?生き返らせてとか無理だよ。私は平々凡々なただの美女(反論は以下略)だから」

「違くて」

む、それはセリフの前半と後半、どっちの言葉への否定だ?

「えとですね。死んじゃったものはしょうがないかと」

「はぁ」

「生き返るとかは、それほど望んではいないです」

「ふむふむ。流されるままに生きてきたタイプですな。同類です」

仲良くなれるかは分からないけど。

「今後、どうしたらいいと思います?」

「身の振り方相談ですか」 

そのままでいいんじゃないと言ってしまいたいのだけど。

面倒くさいのバレバレになるし、放っておくのも可哀そうだ。


さてさて、宗派によって色々解釈が違うのだけど。

「仏教では死後、中陰に入り裁判を7回受けます。その後判決を受け、六道(天上、人間、修羅、餓鬼、畜生、地獄)のどれかに配属。そしていつか、生まれ変わります。とっとと第一裁判官の秦広王の所に行ってきなさい」

「たぶん私、仏教徒ではないです」

・・・・・・・・・

「キリスト教では、死後も魂は何処かに行ったりせず現世のそこいら辺りにいます。天国とか地獄に行くのは世界の終わり、最後の審判の時です。テキトーにぶらついていてください」

「たぶん私、キリスト教でもないです」

申し訳なさそうに言う万呂さん。


うーん。

「仏教でもキリスト教でもないとすると、もしかして新興宗教?」

そうすると、私の範疇外なんだけど。

「いえ、古い宗教だったと思うのですが」

やっぱり記憶喪失なのが厄介だなぁ。

「んー。じゃあ、あなたは私の妄想。天井のシミや木の陰が人の顔に見えるシミュラクラ(類像)現象」

「いやいや、面倒だからって、無きモノにされても・・・」

「いいじゃない。お化けはドイツ語で、ウンヴェーゼン(存在しないもの)って言うんだし」

「だ、だいたいそれを言ったら沙奈さんだって、僕の妄想の存在かも知れないじゃないですか」

「ほほぅ、言うねぇ。コーギトー・エルゴー・スム。デカントね」


 たとえば、ドーナツが目の前にある。

直径10cmほどの穴あきということが、視覚からの情報で分かる。

その他にも、嗅覚からは小麦粉とトッピングのチョコレートの匂い。

触覚からは、フニョフニョした柔らかさ。

味覚からは、抑えられた甘さ。

そして、聴覚からは―――


「なんで急にバックからドーナツを取り出して食べているんですか」

うるさい外野の声は、とりあえず無視。

このように、五感はしっかりとドーナツを認識しているが、本当に存在しているのだろうか。

視覚は、もちろん目。

だけど、認識しているのは脳だ。

光景は、目から入ったデータを脳が再構築したもの。

ここで問題となるのが目に写りこんだ情報と、脳が認識した情報は、はたして同じだろうかということ。


 同じか違うかを判明する手段は、一切ないからね。

数学者であり、近代哲学の父であるルネ・デカルトは、世界の真理を探ろうとした。

その第一歩として絶対に間違いない事、一切の疑問も反論も入り込む余地のない事を見つけだす。

そしてそこから順々に範囲を広げて、さまざまな法則を発見しようと。

最初の一歩。

そこで間違えていたら、その後はグダグダだからね。

では、絶対に間違いのないこととは何か。

それは疑っても疑っても、それでも疑いようのないもの。

デカルトはそのように考え、あらゆるものを疑った。

この手法を『方法的懐疑』と言うんだけど。


 そうすると、ね。

この世の全てのモノは、信用出来ない。

あのビルは、裏にまわると張りぼてかもしれない。

友人達は実は地底人で、背中にジッパーがあるかもしれない。

進化論や相対性理論は、謎の組織のメディア統制で歪められ常識と教え込まれたのかもしれない。

それどころか、全てが妄想で世界などというものは一切存在しないかもしれない。

もう、何も信じられねー、と。

まるで、思春期か反抗期の夢見がちな子供と同じ思想にデカルトも到達したのですよ。

そこまで疑い尽くし、不信感まんまんの状態で最後に疑ったのは自分自身。


 何もかもが無いのかもしれない。

何もかも。

なら、当然・・・自分自身も存在しないかも。

そう考えたところで、待てよ、と。

自分が存在しないかもと考えている、自分がちゃんといる。

身体などは存在しないかもしれないが、思想をしている我は確実にいる。

これがかの有名なコーギトー・エルゴー・スム。


日本語では、『我思う、ゆえに我あり』。


 デカルトはこの発想を、世界を読み解く最初の一歩とした(哲学の第一原理)。

ここまで何もかも疑いまくって、次の展開などなさそうな気もするけど。

デカルトその先『神の存在証明』からスピノザ、ライプニッツ、までいってしまったわけだがそれはとりあえず置いといて。


 万呂さんが、私の存在を僕の妄想の存在かも知れないと言ったのは、そういう意味。

私は自我をしっかり認識しているが、それを証明する手段はない。

主観の相違ね。

あと、「自我を持っているのは自分だけーっ」ていう思想を『独我論』といいます。


 説明が長くなった。

その間ドーナツは2個食べきり、思考の置いてきぼりをくった万呂さんとは、ひたすら無言で見つめ合う状況になってしまった。

キャッ、このまま恋に発展―――は絶対無いな。


「とにかく、万呂さんがこれからの身の振り方を、考えれば良い訳ね」

「はい、お願いします」

「別にいいんじゃないの。今のままで」

「へ?」

「今のとこは、天国とかに行くつもりはないんでしょ」

「ええ、この世が嫌いで死んだのではないですから」

「天国に行けるとも限らないしね」

「うるさいですよ」

2人で笑い合う。


とはいえ、どーしようかな。

このままだと、近所に心霊スポットが出来ちゃうけど。

仏教、キリスト教、新興宗教は違うから…

万呂さん、どう見ても純日本人だし。

「もしかして・・・神道」

「あ、そうです。その通りです」

ぱぁっと明るい表情になり、大声になる万呂さん。

「そうなると、死後崇め奉られ―――今は神様!」

「そうみたいですね」

ほほう。

神様でしたか。

そう聞いて改めて万呂さんの姿は神々しさが…ないなぁ。

相変わらず、くたびれたサラリーマンにしか見えん。


腕時計で時刻を確認すると…うわぁ、もう日を跨いじゃってるよ。

結構長話をしていたんだな。

「いいの?」

「いいんじゃないですか。人間から神様になるなんてランクアップですし。寧ろ嬉しいですよ」

「そういうことじゃなくて。日付が変わって10月1日になっちゃったけどこんな所に居ていいの?」

「?」

「神無月だよ」

「あーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

先ほどよりも、数段大きい声をあげる万呂さん。

誰かに聞こえていたら、霊が出すラップ音として処理されるのだろうか。

「10月は、日本の神様は皆出雲に居ないと」

「ま、まずいですよね」

「たぶん万呂さん、神様1年目だし。新入社員が入社初日から遅刻っていう状況なんじゃ」

社会人の万呂さんにわかりやすいように例えたら、効果は抜群だった。

もともと青白だった顔は、さらに色を失い殆ど透明。

「ちょ、あ、すいません。失礼します」

頭を下げると、そのまま駅へと走って行ってしまった。

うーむ。

神様の移動手段が、公共交通機関だとは思わなかったぜい。


 あっ。

「えー、『深夜の駅に向かう』とかけまして『走っていく幽霊』とときます。そのこころは『もう足もないのに』」

・・・・・・・・・

帰って、早く寝よう。

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