第4レグ 内装劇的ビフォーアフターと小さすぎる整備士 ③
想与香が跳び上がって歓声をあげた。
「手芸部の技を使えば、パーツ代をかけずに、世界に一つだけのカプちゃんの内装が作れるよ!」
乙花も目を輝かせ、手帳とスケッチブックを取り出した。
「生地は手芸部の部室にある余り生地と、手芸店で安く手に入る耐摩耗性の赤いキルティング生地を使いましょう!
カバーの表面には、手刺繍で『手芸自動車部』の文字や、KP61のエンブレムロゴを入れるの!」
「キャーっ! すっごく楽しそう〜〜っ!」
陽葵がパチパチと手を叩いて大はしゃぎする。
「私、シートの革補修のステッチやりたいです!
太いワックスコードを使って、クロスステッチで頑丈に縫い合わせます!」
そのやりとりを横で見ていた葵は、目を丸くして缶コーヒーを落としそうになりながら感心していた。
「おいおい……マジかい?
ロールケージのカバーを自作刺繍で縫い上げて、シートの破れを本革の手縫いでカスタム補修するなんて……そんなことやる整備工場やショップ、普通どこ探したって無いよ。
いやあ、参ったな。これぞまさに『手芸自動車部』の真骨頂じゃないか!」
少女たちの情熱の火が、一気に燃え上がった。
それからの週末、ガレージの一角はまるで『手芸部の出張作業場』へと変貌を遂げた。
作業台の上には、レンチやスパナの代わりに、裁断ハサミ、チャコペン、ミシン、極太の革縫い用針、そして色とりどりの刺繍糸がズラリと並べられた。
乙花が正確な採寸でパイプの曲がり具合に合わせた型紙を起こし、莉子が数理的なパターン計算で布地の伸縮率を割り出す。
陽葵が小柄な体で車内に潜り込み、微妙なパイプの位置合わせと仮留めを担当し、想与香が一針一針、魂を込めて赤いキルティング生地に刺しゅうを施していく。
「一針一針……カプちゃんが安全に走れますようにって、願いを込めて……!」
想与香の刺しゅう針が、滑らかに生地を往復する。
黒いキルティング生地の表面に、鮮やかな銀色と赤の糸で『KP61 Starlet』の美しいロゴステッチが浮かび上がっていく。
一方、シートの修繕を担当した陽葵と乙花は、太い革縫い用のカーブ針を手に取り、バケットシートの破れ目と格闘していた。
「陽葵ちゃん、革の端っこ、目打ちで下穴を開けてから針を通すのよ。
指を刺さないように気をつけてね」
「はい、藤本先輩! クロスステッチでギュッと引き締めながら縫っていきます……!」
ザクッ、ザクッという心地よい革縫いの音がガレージに響く。
破れてウレタンが露出していた黒いレザーシートの側面に、クラシカルな赤い革の当て布が組み込まれ、極太の赤いワックスコードで美しく力強いX状のステッチが刻まれていく。
一週間後。
「——完成ーーーっっ!!! 私たちのオリジナル内装!!!」
想与香の弾けるような叫び声が、冬のガレージに響き渡った。
完成したカプちゃんのドアを開けると、そこには言葉を失うほどの美しい空間が広がっていた。
無骨で冷たかったロールケージのパイプには、想与香たちが縫い上げた『赤と黒のオリジナルキルティングカバー』がぴったりと巻き付けられている。
ベルクロ(マジックテープ)で着脱可能に作られたカバーの胸元部分には、一針一針丁寧に刺しゅうされた『手芸自動車部』の文字と、銀色のKP61スターレットのシルエットが誇らしげに輝いていた。
さらに、破れていた運転席のバケットシートは、陽葵と乙花の手によって見事な『赤革クロスステッチカスタムシート』へと生まれ変わっていた。
傷跡を隠すのではなく、あえて赤い本革と太いステッチで補強したデザインは、まるで高級レーシングカーのカスタムインテリアのような圧倒的な存在感を放っている。
「すごい……すごいよみんな……!
カプちゃんの内装が、世界で一番格好良くて可愛い車内になったよ……!」
想与香は感極まって瞳に涙を浮かべ、完成したシートに優しく触れた。
「ふふ、これなら冷たいパイプに頭をぶつけても痛くないし、シートのホールド感もバッチリね」
乙花が満足そうに汗を拭うと、隣でメガネを光らせていた莉子も、珍しく満足げな笑みを浮かべた。
「計算通りの寸法と、完璧なステッチ強度。安全性とデザイン性が高次元で融合しているわ」
「えへへ〜! 私のカシメた配線も、ダッシュボードの裏でピカピカに収まってますよ〜!」
陽葵が車内からひょっこりと顔をのぞかせ、Vサインを作った。
殺風景でサビついていた昭和の車内が、四人の女子高生たちの情熱と手芸の技によって、あたたかくスポーティな『手芸部仕様』へと劇的な変貌を遂げた瞬間だった。
◇
年の瀬の慌ただしさが過ぎ去り、新しい年が明けた元日。
澄み渡る冬の青空の下、瑞穂町の鎮守である神社には、色鮮やかな晴れ着に身を包み、暖かなショールや羽織を重ねた四人の少女たちの姿があった。
想与香、乙花、莉子、そして陽葵の四人は、境内の賑やかな参道を肩を並べて歩いていた。
「わぁ〜! 人がいっぱいだね〜!」
可愛らしい振袖姿にふんわりとした白いファーショールを巻いた陽葵が、巾着袋を揺らしながら目を輝かせる。
想与香と乙花も華やかな着物姿が良く映えており、莉子はシックな小紋の着物に上質な羽織を重ね、銀縁メガネを光らせていた。
手水舎で清めた手で二礼二拍手一礼を捧げ、拝殿の賽銭箱に五百円玉を投げ入れる。
想与香は目をギュッと閉じ、胸の前で強く手を合わせた。
(神様、カプちゃんが無事に元気な産声をあげて走れますように。そして、今年のラリー大会で、四人みんなで怪我なく笑顔で完走できますように……!)
参拝を終えた四人は、授与所で四人お揃いの『交通安全』と『大願成就』のお守りを購入した。
真っ赤な生地に金の刺繍が施されたお守りを手に、想与香は弾けるような笑顔を浮かべた。
「よし! このお守り、カプちゃんのバックミラーに結び付けようね!」
「ええ。私たちの安全と勝利の守護神になってくれそうね」
乙花が微笑み、莉子と陽葵も頷く。境内から見上げる冬の空は、どこまでも高く澄み切っていた。
◇
正月二日。
想与香は家族と一緒に、母の実家がある奥多摩のおじいちゃんの家へと新年の挨拶に訪れていた。
立派な木造の母屋には、おじいちゃんを中心に、父、母、そして近くに住む兄家族が集まり、和やかな正月の宴が開かれていた。
テーブルの上には豪華なおせち料理やお重、お祝いの雑煮が並び、酒杯が交わされている。
「想与香も、元気に学校に通っとるようで何よりだ」
座敷の上座で満足そうに目を細めるおじいちゃんは、御年七十歳を過ぎてもなお背筋がすっと伸び、眼光にはかつて凄腕ラリードライバーとして峠を駆け抜けた往年の鋭さと温かみが宿っていた。
宴が一段落し、お酒の入ったお父さんが機嫌よくお雑煮のモチを頬張っていると、想与香はお重の前に正座し直し、意を決してスッと背筋を伸ばした。
「あのね……お父さん、お母さん、おじいちゃん。みんなに大事な報告があるの」
凛とした想与香の声に、賑やかだった座敷が一瞬で静まり返った。
「報告……? なんだ想与香、急に改まって。進路の話か?」
お父さんが不思議そうに首をかしげると、想与香は両手を膝の上にしっかり置き、まっすぐに家族を見つめた。
「私ね……今年、本物のラリーの大会に出場します!」
「……は?」
お父さんの箸からポロリとカマボコが転がり落ちた。お母さんもお茶を飲もうとした手をピタリと止める。
「ラ……ラリー……!? レースのことか……!?
何を言っているんだ想与香! お前、車の免許だってまだ持ってないじゃないか!」
お父さんが跳ね起きるように座布団から身を乗り出し、大パニックを起こした。
お母さんも目を丸くして手を口元に当てている。
「そうよ想与香! 高校生が車のレースに出るなんて、一体どういうことなの!?」
「大丈夫だよ! 私、四月生まれだから春になったら十八歳で免許が取れるし、それまでは篠塚モータースの葵さんがドライバーをやってくれて、私はコ・ドライバー──ナビゲーターとして参加するの!
学校からも『仮認可』をもらって、手芸自動車部として正式な部活動でやるんだから!」
想与香が教務室での富川先生とのやりとりや、葵さんがコーチを引き受けてくれた経緯、乙花や莉子、陽葵と一緒にカプちゃんを自分の手で修理している怒涛の数ヶ月間を熱弁すると、お父さんとお母さんは口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。
「し、篠塚モータース……あの葵ちゃんのところか……。
学校の許可まで取ったって……本当なのか……!?」
お父さんが頭を抱えて唸っていると、それまで黙って話を聞いていたおじいちゃんが、ゆっくりと盃を膳に置いた。
その手は微かに震えていた。
おじいちゃんは目を丸くし、ポカンと想与香を見つめた後、ゆっくりと立ち上がると、庭に面した納屋の方角を静かに仰ぎ見た。
「……あいつで……あの納屋で三十年も眠っとった、ワシのKP61スターレットで……お前たちが、本物のラリーに出るのか……?」
おじいちゃんの声は掠れていた。
「うん! おじいちゃん! カプちゃんのキャブもインマニも自分たちで分解してピカピカに磨き直したよ!
内装も手芸部のみんなでカッコよく仕上げたの! カプちゃんはね、もうすぐ息を吹き返して走るんだよ!」
想与香が力強く頷くと、おじいちゃんの目からツッと一筋の涙が溢れ落ちた。
おじいちゃんは皺の刻まれた手で目元を拭うと、破顔するように顔全体をクシャクシャにして、見たこともないほど深く、嬉しそうに笑った。
「そうか……! そうか……!!
あのKP61が……俺の愛車が、また山を駆け抜けるのか……!
想与香……よくやってくれた……!」
おじいちゃんは想与香の肩をガシッと力強く掴むと、感無量の面持ちで何度も頷いた。
「由美子、和彦さん! 想与香たちの活動を全力で応援してやれ! 葵がついとるんなら安全面も間違いねえ! 俺の命のつまった車だ、完走してみせろ、想与香!!」
「うんっ!! 任せておじいちゃん!!」
驚き呆れるお父さんとお母さんを横目に、想与香とおじいちゃんは力強く固い握手を交わしたのだった。
旧き愛車に宿る情熱のバトンが、世代を超えてしっかりと受け継がれた正月の静かな座敷。
想与香の胸の中には、今年巻き起こるであろう大冒険への高鳴る鼓動が、激しく熱く脈打っていたのだった。
(続く)
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