第4レグ 内装劇的ビフォーアフターと小さすぎる整備士 ②
ダッフルコートのフードをすっぽりとかぶり、大きなマフラーに埋もれたその姿は、まるで小学生の女の子が紛れ込んできたかのようだった。
身長135センチ。
小柄で可愛らしい容姿と、ド直球で明るい性格から、手芸部では誰もから愛されるマスコット的存在だ。
「あれ? ひまりちゃん!? どうしてここに!?」
想与香と乙花は目を丸くした。
陽葵はマフラーから口元をのぞかせ、にこりと弾けるような笑顔を見せた。
「えへへ〜! 以前部室で片岡先輩たちが『おじいちゃんの車を自分たちで直してラリーに出るんだ!』って熱く語ってるのを聞いて、気になって放課後にこっそり先輩たちの後を追っかけてきちゃいました! お邪魔しまーす!」
トトトッと軽快な足取りでガレージの中に足を踏み入れた陽葵は、リフトの横で静かに佇む真っ赤な車体に目を留めた瞬間、その瞳をキラキラと輝かせた。
「ふえぇぇぇ〜〜〜っ!? なにこれぇぇ〜〜っ!? ちっちゃくて、丸い目で、真っ赤で……すっごく可愛い〜〜〜っっ!!」
陽葵は目を輝かせ、カプちゃんの周りをトコトコと一回りした。
「これが噂の『カプちゃん』ですか!?
すごいすごい! まるで大きな手のひらサイズの車のおもちゃがそのまま本物になったみたい!
片岡先輩、これ本当に動くようになるんですか!?」
「でしょーっ!? カプちゃん、すっごく可愛いでしょーっ!?」
愛車を大絶賛された想与香は、我が子を褒められた親のようにドヤ顔で胸を張った。
「ちょっと陽葵ちゃん、むやみに触ったらダメ……って、あら?」
乙花が制止しようとしたが、陽葵はすでにダッフルコートの袖口をポコポコとふたつ折り返し、興味津々にカプちゃんの助手席のドアを開けて覗き込んでいた。
昭和56年式のカプちゃんの車内は、三十年の時を経て、見るも無残な状態だった。
ダッシュボードの下からは古びたビニールテープが千切れた配線がうじゃうじゃとスパゲッティのように垂れ下がり、経年劣化でカチカチに硬化した電線や、サビついたアース端子が露出している。
「うわぁ……中身、配線が絡まってスパゲッティみたいになってるね……」
陽葵が呟くと、作業台からハンダごてと電工ペンチを持ってきた葵が姿を現した。
見慣れない少女の登場に首をかしげる葵に、陽葵は丁寧におじぎをした。
「初めまして! 手芸部一年生の勝田陽葵です!
先輩たちのお手伝いがしたくてお邪魔してます!」
「おお、挨拶のしっかりできる良い子だね。
私はこのショップの整備士の篠塚葵だよ。
よろしくね、陽葵ちゃん」
葵は温かく微笑むと、車内の配線を指差して苦笑いを浮かべた。
「この配線、すごいだろう?
昭和の車は、前のオーナーがカーステレオや追加メーターを増設するときに、適当に配線を割り込ませてそのまま放置することが多くてね。
ダッシュボード裏の狭いスペースに潜り込んで配線を一本ずつ引き直さなきゃいけないんだが……大人の体だと肩がつっかえて、作業がめちゃくちゃ大変なんだ」
葵の立派な体躯では、ステアリング下の狭いフットウェル(足元スペース)に潜り込むだけで一苦労なのだ。
想与香や乙花でも、ダッシュボードの奥に手を伸ばすと肘や肩が内張りにつっかえてしまい、奥のヒューズボックスやリレー回路に手が届かない。
その話を聞いた陽葵は、ニヤリと八重歯を見せて笑った。
「ふふ〜ん! 狭くて細かい作業なら、この勝田陽葵にお任せくださいっ!」
「えっ? ひまりちゃん?」
陽葵はダッフルコートを脱ぎ捨てると、下に着ていた動きやすいジャージ姿になり、小さな体を折り曲げて、カプちゃんの助手席足元へスライディングするように潜り込んだ。
「うわっ、すごい……! すっぽり入っちゃった……!」
想与香と乙花が声を上げて驚く。
135センチという小柄な陽葵の体は、大人がのたうち回るカプちゃんの狭い助手席足元に吸い込まれるようにスッポリと収まってしまったのだ。
両手が自由に動き、ダッシュボードの真下から奥の配線類が目線の高さで完璧に見渡せるポジションを確保している。
「葵さん! この赤と黒の線、途中で被覆が破れて銅線が見えてます! こっちの青い線はどこにもつながってないです!」
「なにっ!? 本当かい!?」
葵が驚いてシート脇から腰をかがめ、足元に潜り込むひまりの手元を覗き込むと、陽葵は手芸部仕込みの器用さ……それ以上の手際の良さを発揮し始めた。
配線を一通り確認を終えた陽葵は、ダッシュボード下からするりと這い出てくると、作業台の方へと向かった。
「葵さん、工具とパーツ借りますねー!」
そう声をかけると、電工ペンチやワイヤーストリッパー、ギボシ端子にハンダごて、熱収縮チューブといった必要な道具を手際よくトレイに揃え、再び狭い足元へと潜り込んでいった。
電工ペンチを小さな手で手際よく握り締め、腐食した古い端子を『パチン』と切り落とすと、ワイヤーストリッパーで被覆をキレイに剥き、新品のギボシ端子をカシメていく。
さらにハンダごてを握り、手際よく配線同士を結合させて収縮チューブをドライヤーの熱でピタリと密着させていく。
「す、すごすぎる……!
ひまりちゃん、なんでそんなに電気作業の手際が良いの!?」
想与香が目を丸くして尋ねると、陽葵は車内の足元からえへんと胸を張った。
「ふふ〜ん! 私の実家、地元の『勝田電気』っていう街の電気屋さんなんです!
小さい頃からお父さんの修理現場について行って、配線むきやハンダ付け、コンセントの裏側の処理とかの手伝いをよくしていたんですよ〜!」
「なるほど……! お家が電気屋さんだったのね!」
納得する乙花たちの前で、陽葵は束になって散らばっていた配線を、耐熱性のコルゲートチューブ(保護管)にスルスルと通し、黒いビニールテープで均等なピッチで美しく巻いて束ねていく。
「よし! ダッシュボード裏の古い配線整理と、ショートしそうだったアース線の引き直し、完了しました〜っ!」
わずか一時間足らずで、あれほど見苦しく垂れ下がっていたカオスな配線群が、まるで新品のデモカーのように美しく束ねられ、整然とダッシュボード裏へ格納されたのだった。
狭い足元からスルリと抜け出してきた陽葵は、顔にちょっぴり黒い油をつけながら、えへんと鼻を鳴らした。
「どうですか、葵さん!」
葵は仕上がりを覗き込み、深く感心して手を叩いた。
「文句なしの100点満点だ!
配線の取り回しの美しさは、うちのプロのメカニックでもここまで綺麗にはできないよ。
陽葵ちゃん、君は天性の『内装・電装メカニック』だね!」
「えへへ〜! 役に立ててよかった〜!」
葵に大絶賛され、陽葵は飛び跳ねて喜んだ。
こうして、見学に来たはずの手芸部一年生・勝田陽葵が、その身体の小ささと電装技術を買われ、すんなりと『手芸自動車部』の四人目の作業メンバー(内装・電装担当)としてチームに溶け込んだのだった!
◇
「——ねえ、みんな。配線がキレイになったのは最高だけど……この内装、ちょっと殺風景すぎない?」
作業が一区切りついた午後。カプちゃんの車内に乗り込んで室内を見回していた想与香が、ふと顎に手を当てて呟いた。
カプちゃんの車内は、昭和のラリーカーとしてのスパルタンな装備が残されている。
乗員を保護するための『ロールケージ』が車内に張り巡らされているのだが、長年の歳月によって、パイプに巻かれたウレタン製の保護パッドがボロボロに破れ、中の黒いウレタンが劣化してボソボソと削り落ちていた。
さらに、運転席のレトロなバケットシートも、乗り降りの際に擦れる右側のサポート部分のレザーが大きく破れ、中の黄色いウレタンフォームが顔を出している。
「う〜ん、確かに……。ロールケージのパッドはボロボロだし、シートの破れも痛々しいわね……」
乙花が困り顔でシートの破れを撫でると、作業台で工具を片付けていた葵が振り返った。
「新品のロールケージカバーや、社外のシートカバーを買うこともできるが……車種専用の新品となると、前後セットで四、五万円は吹き飛ぶよ。
今のパーツ資金から出すのは、ちょっと厳しいねぇ」
「四、五万円……! そんなの無理だよぉ……」
想与香が肩を落とした、その時だった。
「……待って。既製品を買う必要なんて、どこにあるの?」
静かに声を上げたのは、ガレージの隅のパイプ椅子で編み物の手を止めた莉子だった。
彼女はすっとパイプ椅子から立ち上がり、静かな足取りでカプちゃんへと歩み寄った。
銀縁メガネをクイと押し上げ、開け放たれたドアから車内をじっくりと覗き込むと、ボロボロのロールケージと破れたシートを交互に見つめた。
「私たち、何部だと思っているの?」
その言葉に、想与香、乙花、そして陽葵の三人がハッと目を見開いた。
「「「……手芸自動車部!!!!」」」
「その通りよ」
莉子はニヤリと口端を上げた。
「ボロボロのウレタンパッドの上から、耐久性のあるキルティング生地でオリジナルカバーを縫い合わせて被せればいい。
シートの破れだって、厚手の本革端切れを使って『ベースボールステッチ』で補修すれば、破れを防ぐどころか最高にクラシカルで格好いいデザインになるわ」
「それだーーーっ!!」
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