第03話 裸身流、現る
「ふっ……。」
俺は目を細める。
見上げた朝の空は、青く高かった。
季節は、夏。
パンツ一枚のまま街を歩いていると、実に涼しい。
慣れてはいけない気もするが、慣れとは恐ろしいものだ。
三日前に働いた記憶がある。
それ以降はカジノだ。
記憶も財布も軽い。
だが、この街のカジノは悪くない
今夜も楽しむため、そろそろ働くか。
勝って取り戻せば、全部チャラだ。
いや、むしろ倍になっているね。
******
「……今日も、パンツ一枚だ」
冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、誰かが呟いた。
視線が一斉に集まる。
女の子もいっぱいいる。
ちょっと照れる。
下手に隠したりすると、セクハラで訴えられる可能性がある。
こういうときは、逆に堂々としていたほうが安全なのだ。
「本当に、あれが噂の『百識』なのか?」
誰かが、確かめるように言う。
ギルド内がざわつく。
依頼掲示板の前にいた冒険者たちの手が、わずかに止まった。
「あ、あれは……。ら、裸身流!」
古参の冒険者が椅子を倒しながら立ち上がる。
声が裏返っていた。
「し、知ってるのか! ライディン!」
別の男が即座に反応する。
ライディンと呼ばれた男は、ゆっくりと腕を組んだ。
その動作だけで、周囲の視線が彼に集まった。
「ふっ……。」
お前は、何を言っているのか。
そう呆れながら、俺も視線を向けると、ライディンは静かに頷いた。
「東方の島国に『ニンジャー』という集団がいるのは知ってるな?」
その声は妙に低かった。
場の空気が変わる。
初めて知った。
この世界には『忍者』がいるのか。
「ああ、有名な話だ」
誰かが喉を鳴らして答える。
一呼吸の間を置き、ライディンは目をくわっと見開いた。
「その一派、ハットーリクンに伝わる伝説の武術、裸身流!」
マジかよ。
すごいな、裸身流。
いや、待ってくれ。
ハットリくんは、何なんだ。
前々から感じているけど、この世界に俺以外の日本人の転生者がいるよね。
今はいなくても、過去にいたはずだ。
「おおっ……。」
周囲は、誰も疑っていない。
ライディンの知識に感心している。
「なるほどな……」
「……さすがだ」
そんな声が、ぽつぽつと漏れる。
「彼らは、脱げば脱ぐほど早くなり、そのカラーテチョップはどんな敵も首を両断するという」
説明が終わる頃には、ギルドの空気は完全に『伝説』のそれになっていた。
誰も笑わない。
誰も茶化さない。
ただ、納得している。
俺一人だけが納得していない。
「でもよ、カジノで負けてるの見たぜ?」
沈黙を破ったのは、別の男だった。
「俺も俺も……。ただ単に払うものが無くなっただけだろ?」
さらに、別の男が続く。
その通りだ。
ギャンブルって怖い。
もっと言ってくれ。
「違う! 百識は無敵だ!」
だが、ライディンが一喝が轟いた。
拳が握られている。
「無敵だからこそ、あえて負ける!
負けることで、戦いでは得られない窮地をカジノで得ているのだ!」
熱が乗っていく。
もはや説明ではない。
信仰だった。
それを捧げられている『神』が言おう。
ギャンブルに勝ちたいです。勝たせてください。
やっぱり、最後のダブルアップを止めておくべきだった。
「つまり、狂気の沙汰の逆張り!」
ライディンは鼻息を荒々しく噴き出して叫ぶ。
「な、なんだってぇ!」
ギルド全体が、ほぼ同時に声を上げた。
誰も疑わないまま、その結論だけが残った。
(……もうどうでもいいや)
俺は、そう内心で切り捨てる。
大事なのは、今夜のカジノ代だ。
俺が、割の良い依頼はないかと、受付のカウンターに右腕を置いた、その瞬間。
「マスタぁぁあああああっ!」
ギルドの扉が勢いよく吹き飛んだ。
振り返るまでもなく、その声で分かった。
疫病神の女勇者『ティアナ・クロイツナハト』だ。
「やっと課題を終えましたあああああっ!」
ギルドの空気を一瞬で吹き飛ばす声量だった。
受付嬢が書類を落とし、類稀な危険察知能力ですぐさま視界から消えた。
(なぜ、ここが分かったっ!?)
俺は一瞬だけ現実を疑う。
しかし、考えている暇はなかった。
「ぐえええええええええっ!?」
次の瞬間、視界が横に流れた。
床と天井の位置が入れ替わる。
「褒めてください、褒めてください、褒めてください!」
強烈なタックル。
受付カウンターが粉砕される音が、遅れて耳に届いた。




