第02話 その名は、剣姫
「止さぬか! 儂の誠意が足りなかっただけだ!」
王様が背後で叫ぶ。
だが、振り向かない。
振り向けなかった。
「ですが!」
美乳を型どった胸鎧から覗く谷間がとてもエッチだ。
理性を必死に働かせ、目を伏せる。
「ふっ……。」
「私をバカにしたな! 剣を抜けぇい!」
金髪の麗人が怒鳴った。
ついに抜剣した。
白銀の刀身がきらりと光を反射させる。
まずい。
非常にまずい。
俺は、腰を落とした。
立っていたら、俺が金髪の麗人の谷間を盗み見ていた証拠がバレてしまう。
「落ち着かぬか! 剣を納めよ!」
この世界にとって、セクハラは未来すぎる概念。
しかし、リスク管理は重要だ。
俺はもう戻りたくない前世で、それを学んでいる。
世の中、何があるかは分からない。
建国以来の名門貴族だった我が家が没落したことで学んだ。
人生とは、予想外の連続なのだ。
「……違うな。納めたくても、納められないんだ」
「ああ……。ちょっとでも動いたら、百識の一撃が飛ぶぜ」
酒場の空気が張り詰める。
誰も動かない。
俺も動けない。
金髪の麗人の顎を伝った汗が、谷間へと吸い込まれていく。
実にけしからん。
これが達人が持つ視覚誘導というやつに違いない。
「ふっ……。」
金髪の麗人の剣先がブルブルと震えだした。
「……馬鹿な」
誰かが呟く。
「あの剣姫が恐怖している……。」
「な、なんだってぇ!」
違うと思う。
たぶん、手が疲れてきただけだ。
ずっと構えているし。
俺なら疲れる。
だが、周囲はそう解釈しなかった。
「見えたんだよ」
古参らしい冒険者が低く呟く。
「何がだ?」
「死だよ」
「し、死!?」
「今、この瞬間、剣姫は何百回と斬られているのさ」
「な、なんだってぇ!」
エッチな妄想なら、何百回としたけどな。
それよりも気になることがある。
女の子なのに『ケンキ』という名前はどうなんだ。
親の顔が見てみたい。
「お、お許しを! む、娘の無礼をお許しください!」
ケンキちゃんの親は、王様だった。
思ったより近くにいた。
俺の足に縋り付いていた。
危ないところだった。
また不敬罪になるところだった。
「あああっ……。」
プリーツミニスカートのケンキちゃんは尻もちをついた。
俺は反射的に天井を見上げた。
リスク管理である。
憎たらしい親父の顔を思い出す。
二カッ、と笑い、サムズアップしていた。
超むかつく。
「ふっ……。」
しかし、親父のおかげで、身体は鎮まった。
落としていた腰を上げ、店を出てゆく。
「名を……。」
ケンキちゃんの横で一旦足を止める。
「えっ!?」
「名を変えたほうがいいな」
酒場が凍り付いた。
誰もが息を呑む。
ケンキちゃんは顔を真っ青にした。
「な、なぜだ……」
「その名は、相応しくない」
俺は、真顔で言った。
実際、その通りだ。
王様は反省するべき。
王様なんだから、改名権を法案化しろ。
可愛い女の子なのに。
もっと可愛い名前があるだろう。
例えば、あるだろう。
なんか、こうさ。
だが、周囲の受け取り方は違った。
「ま、まさか……。」
古参の冒険者が震える。
「あの二つ名を名乗り続ければ……。死ぬと?」
「未来を見たのか!」
「な、なんだってぇ!」
全然、違うよ。
王様のセンスを疑っただけだ。
「んっ!? ……二つ名?」
待ってくれ。
今、俺は重要な単語を聞いたような気がする。
俺はゆっくりとケンキちゃんを見た。
「わ、私の剣は……。そこまで未熟なのか……。」
ケンキちゃんは、両手を突いて項垂れていた。
見事な落ち込みっぷりだった。
「アルバロトの武闘会で優勝したくらいで、いい気になるなと……。」
それ、知っている。
四年に一度、東国で開催される、すごい有名な武闘大会だ。
確か優勝賞金も凄かったはずである。
羨ましい。
俺も目立ってもいい立場なら、参加したい。
どうせ、優勝したところで、賞金は即日で借金取りに奪われるだけだ。
「……分かりました。
今日限り、剣姫の名は捨てます」
ようやく、俺は理解した。
ケンキは、名前じゃなかった。
称号だった。
危ないところだった。
また不敬罪になるところだった。
「ふっ……。」
ふと気づいた。
金髪の麗人の俺を見つめる目が輝いている。
すさまじく嫌な予感がした。
これ、何を言っても聞く耳を持たない、あの女勇者と同じ目だ。
人生が面倒臭くなる直前の目だ。
どうやら、この国を旅立つときが来た。
「ああ、イグナス様! ……いえ、師匠!」
俺は、猛ダッシュで駆け出した。
はぐれでメタルなスライムすら回り込めるチートを侮るなよ。
借金取りからは逃げられないけどな。




