第八話 最後の機会
本日二話更新です
翌日の午後。
エレノアはリリアをとある庭園へ誘った。
春の花々が咲き誇る東屋。
かつて幼いリリアと絵本を読んだ場所だった。
「懐かしいですね、お姉様」
リリアは嬉しそうに辺りを見回した。
「あの頃は毎日ここでお茶を飲んでいたわね」
「ええ」
エレノアは微笑む。
「あなたは花冠を作るのが上手だったわね」
「あら、お姉様、覚えていてくださったのですか?」
「もちろんよ」
忘れるはずがない。
初めて笑ってくれた日も。
初めて「お姉様」と呼んでくれた日も。
全部覚えている。
だからこそ、辛かった。
侍女がお茶を置いて下がる。
二人きりになった。
静かな風が花の香りを運んでくる。
エレノアは紅茶を一口飲むと、ゆっくり口を開いた。
「リリア」
「はい」
「今日は、あなたに聞きたいことがあるの」
リリアは少し首を傾げる。
「何でしょう?」
「正直に答えてちょうだい」
「もちろんです」
迷いのない返事だった。
エレノアはしばらく妹の顔を見つめる。
本当に綺麗になった。
幼かった少女は、今では社交界でも評判になるほど美しい令嬢になっている。
その姿を誇らしく思っていた。
つい最近まで。
「あなたには……好きな人がいるの?」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、リリアの瞳が揺れた。
だが、すぐに笑顔に戻る。
「え?」
「隠さなくてもいいのよ」
エレノアは穏やかに続ける。
「年頃ですもの。好きな方ができても不思議ではないわ」
リリアは照れたように笑う。
「そんな方、いません」
「本当に?」
「はい」
即答だった。
「私、お姉様みたいな素敵な恋ができたらいいなとは思いますけれど」
エレノアの胸が痛む。
それは、私の恋だったの?
そう聞きたかった。
でも、まだ聞かない。
「そう」
「どうしてそんなことを?」
「最近、あなたが楽しそうだからよ」
「ふふっ」
リリアは少し頬を染めた。
「毎日幸せなんです」
「幸せ……」
「はい。お姉様がいて、お義兄様がいて。こんな幸せな毎日がずっと続けばいいなって」
その言葉に嘘が混じっていることを、エレノアはもう知っている。
それでも最後まで聞く。
「もし」
エレノアは静かに言った。
「私を傷付けるような秘密があるとしても」
リリアの笑顔が固まる。
「私は、あなたの口から聞きたい」
沈黙。
庭園に風だけが吹き抜ける。
リリアはカップを見つめたまま動かない。
今なら間に合う。
謝ってくれれば。
全部は無理でも。
せめて、自分から話してくれれば。
そう願っていた。
長い沈黙のあと。
リリアは顔を上げ、優しく笑った。
「お姉様」
「ええ」
「私は、お姉様に隠し事なんてありません」
その瞬間。
エレノアの中で、何かが静かに終わった。
怒りではない。
憎しみでもない。
期待だった。
「……そう」
それだけ答える。
リリアは安心したように微笑む。
「急にどうなさったんですか?」
「疲れてるのかしら。少し不安になっただけよ」
「もう」
リリアは立ち上がり、昔と同じようにエレノアの後ろへ回る。
そして、そっと肩を抱いた。
「私は一生、お姉様の味方です」
その温もりは昔と同じだった。
なのに、もう何も感じない。
「ありがとう」
エレノアも微笑んだ。
これが最後だった。
最後の情け。
最後の信頼。
最後の姉としての願い。
リリアは自ら、それを捨てた。
その日の夜。
老執事が執務室を訪れる。
「奥様」
「ええ」
「いかがなさいましたか」
エレノアは机の上の手帳を閉じた。
そして静かに言う。
「もう十分だわ」
「……」
「これからは証拠を集めます」
その声に迷いはなかった。
「父との約束は、今日で終わりよ」
老執事は深く頭を下げる。
「承知いたしました」
その夜、侯爵家の古い時計が八つの鐘を鳴らす。
エレノアは窓の外を見つめながら、小さく呟いた。
「さようなら、リリア」
その言葉は、もう二度と戻らない姉妹の情に向けた、静かな別れの挨拶だった。
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