閑話 妹の本音
本日2話更新です。
リリアは鏡の前に立っていた。
首元には、大粒のサファイアの首飾り。
アレクシスから贈られたものだ。
鏡の中の自分は美しい。
少なくとも昔の自分よりは。
ぼろぼろの靴を履き、母の病室で空腹に耐えていた頃とは比べものにならない。
「よく似合っている」
背後から声がした。
アレクシスだった。
「ありがとうございます」
リリアは微笑む。
男はこの笑顔が好きだ。
昔からそうだった。
少し寂しそうに笑えば守りたくなる。
少し涙を見せれば信じてくれる。
それは姉も同じだった。
「何を考えていた?」
「昔のことです」
アレクシスは隣へ立った。
「後悔しているのか?」
「いいえ」
即答だった。
嘘ではない。
もう後戻りする気はなかった。
幼い頃の記憶が蘇る。
母は父から捨てられた女だった。
生活は苦しかった。
病弱な母は働けず、リリアは毎日のように周囲から言われた。
愛人の子。
婚外子。
恥さらし。
父に認知されているだけマシだろう、と。
そんな時だった。
エレノアが迎えに来たのは。
綺麗なドレス。
優しい笑顔。
大きな屋敷。
温かい食事。
ふかふかのベッド。
まるで物語のお姫様だった。
最初は本当に感謝していた。
本当に。
だが。
社交界へ出るようになると現実を知った。
「婚外子の妹君ですって」
「エレノア嬢はお優しいこと」
「私なら絶対に同じ席には着かせませんわ」
皆、笑顔だった。
しかし陰では違う。
エレノアには誰もそんなことを言わない。
正妻の娘だから。
伯爵令嬢だから。
生まれながらに持っているから。
リリアが何年努力しても手に入らないものを。
「お姉様みたいになりたい」
そう思った日は確かにあった。
だが次第に変わっていく。
なりたい。
ではなく。
欲しい。
に。
「アレクシス様も最初はお姉様しか見ていませんでした」
リリアは小さく笑う。
「だから時間が掛かりました」
最初は相談だった。
エレノアの好きなもの。
苦手なもの。
夫婦仲が良くなるような話題。
全部、姉のためだった。
しかし気付いた。
アレクシスもまた不満を抱えていた。
完璧すぎる妻。
優秀すぎる侯爵夫人。
誰からも称賛される女性。
その隣で夫は少しずつ息苦しくなっていた。
そこへリリアが入り込んだ。
「お姉様はすごい方です」
「私は違います」
「失敗ばかりです」
そう言えば、彼は優しくしてくれた。
やがて相談は秘密になり。
秘密は逢瀬になり。
逢瀬は関係へ変わった。
三年前。
エレノアが結婚した直後だった。
もう止まれなかった。
「お前は悪くない」
アレクシスが言う。
「悪いのは運命だ」
リリアは少しだけ笑った。
運命。
便利な言葉だ。
自分たちの罪を隠してくれる。
「あと少しですね」
「ああ」
アレクシスは頷いた。
「子どもが生まれれば終わりだ」
リリアはお腹へ手を当てる。
まだ膨らんではいない。
それでもそこには未来がある。
侯爵夫人になる未来。
誰にも見下されない未来。
エレノアより上に立つ未来。
そう信じていた。
その時だった。
使用人が部屋へ入ってくる。
「リリア様」
「何?」
「奥様が王都からお戻りになりました」
「そう」
リリアは鏡を見る。
サファイアの首飾りが輝いている。
エレノアには似合わない色。
自分には似合う。
そう思っていた。
しかし知らなかった。
その日。
エレノアが宝飾店を訪れたことを。
自分たちが思っている以上に、多くの証拠が残っていることを。
そして。
優しかった姉が、もう黙って傷付くだけの女ではなくなっていることを。
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