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【完結】妹として迎えた婚外子が、私から夫まで奪いました  作者: モーヒアス


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第六話 最後の情け

 屋敷へ戻った頃には、夜半を過ぎていた。

 玄関では老執事が一人、ランプを手に立っていた。


「……奥様」

「…………」


 その反応だけで、老執事はすべてを察したようだった。

 エレノアは微笑もうとした。

 しかし、うまく笑えない。


「少し、話を聞いてくれる?」


 老執事は何も言わず応接室へ案内した。

 温かい紅茶が運ばれる。

 湯気を見つめながら、エレノアは静かに口を開いた。


「今日……見てしまいました」


 老執事は目を閉じる。


「そうでございましたか」

「あなたは、いつから知っていたの?」


 長い沈黙。

 やがて老執事は深く頭を下げた。


「一年ほど前からでございます。」

「一年……」


 思ったより短い。

 いや、十分に長い。


「申し訳ございません」

「どうして教えてくれなかったの?」


 老執事の拳が震えていた。


「申し上げても、奥様は信じてくださらないと思ったのです」


 その言葉に、エレノアは何も返せなかった。

 確かに、一か月前の自分なら笑って否定していただろう。


『リリアに限って』

『夫に限って』


 そう言って。


「はっきりとした証拠もございませんでした」


 老執事は続ける。


「旦那様もリリア様も、人目のある場所では決して一線を越えませんでした」

「……そう」

「使用人たちも薄々気付いております。しかし、誰一人として決定的な場面は見ておりません」


 だから噂だけが広がっていたのだ。


「ですが」


 老執事は顔を上げた。


「今日の奥様のお顔を見て、もう隠すべきではないと思いました」


 エレノアは静かに頷いた。


「一つだけお願いがあるの」

「何なりと」

「今日のことは、誰にも話さないでくれる?」

「奥様……?」

「夫にも、リリアにも」


 老執事は驚いたように目を見開く。


「私はまだ、何も知らない妻でいたいのです」

「なぜでございますか」


 エレノアは窓の外の夜空を見上げた。


「……父との約束だからです」

「約束?」

「父は最期に言いました。『あの子を頼む』と」


 涙が一筋だけ零れた。


「私は、その約束を守れませんでした」


 妹だと思っていた。

 家族になれると信じていた。

 その想いは、もう戻らない。


「でも、一度だけ」


 エレノアは涙を拭った。


「一度だけ、リリアに機会を与えたいのです」

「機会……」

「自分から真実を話す機会です」


 老執事は何も言わなかった。

 主人を裏切った者に情けを掛ける必要などない。

 そう思ったに違いない。

 それでもエレノアは首を横に振る。


「これが最後です」

「もし、それでも裏切るのなら……」


 そこまで言って、ゆっくりと息を吐く。


「もう妹とは思いません」


 その声には、不思議なほど迷いがなかった。

 悲しみは消えていない。

 だが、覚悟は決まっていた。

 その時、玄関の扉が開く音がした。


「エレノア、まだ起きていたのか」


 夫が帰ってきた。

 その後ろにはリリアもいる。


「お姉様!」


 心配そうな顔で駆け寄ってくる。


「こんな時間まで起きていたら、お身体に障ります」


 その手がエレノアの腕に触れる。

 昨日までなら、その温もりを信じていた。

 けれど今は違う。


――この手で、私からすべてを奪おうとしている。


 それでもエレノアは微笑んだ。


「ごめんなさい。眠れなくて」

「熱は下がりましたか?」

「ええ、おかげさまで」

「良かった……」


 リリアは安堵したように胸を撫で下ろす。

 あまりにも自然な演技だった。

 この一年、ずっとこうして私を騙してきたのだ。


「今日はどちらへ?」


 何気ない口調で尋ねる。

 アレクシスは一瞬だけ目を泳がせた。


「商会の会合だ」

「そうでしたか」

「リリアにも書類を運んでもらっていた」

「はい」


 リリアはすぐに頷く。


「私、お義兄様のお役に立てるならと思って」


 二人の答えは寸分違わない。

 まるで何度も練習したかのように。


「そう」


 エレノアは微笑んだ。


「お疲れさまでした」


 夫もリリアも、ほっとしたような表情を浮かべる。


――まだ気付かれていない。


 そう思ったのだろう。

 だが、その夜。

 自室へ戻ったエレノアは机の引き出しから一冊の帳面を取り出した。

 侯爵家の家計簿ではない。

 真新しい、何も書かれていない手帳。

 表紙を開き、ゆっくりとペンを走らせる。


『一年前。不貞が始まったと思われる』

『貸し別荘で密会を確認。本人たちの会話を聞いた』

『二人は私が気付いていないと思っている』


 そして最後に、一行だけ書き加えた。


『これより証拠を集める』


 その文字は震えていなかった。

 もう、涙だけで終わるつもりはなかった。


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