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【完結】妹として迎えた婚外子が、私から夫まで奪いました  作者: モーヒアス


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第五話 聞いてしまった言葉

「……追ってちょうだい」


 エレノアは自分でも驚くほど冷静な声で御者へ命じた。


「ですが、奥様……」

「侯爵家の馬車を見失わない程度に。決して近づきすぎないで」

「……かしこまりました」


 馬車は静かに動き出した。

 夕暮れの王都。

 人通りの多い大通りを抜け、侯爵家の馬車は貴族街とは反対の方向へ進んでいく。


(商会かしら……)


 そう思いたかった。

 仕事であってほしかった。

 夫を疑う自分を、心のどこかで責めていた。

 しかし、その願いはあっさり裏切られる。

 侯爵家の馬車が止まったのは、小高い丘の上にある小さな屋敷だった。

 貴族が密会に使うことで有名な貸し別荘。

 以前、夜会で噂話として聞いたことがある。


「奥様、ここは……」

「それ以上は何も言わないで」


 御者も言葉を失っていた。

 馬車から降りたのは二人。

 アレクシス。

 そしてリリア。

 夫は周囲を見回すと、自然な仕草でリリアの腰へ手を添えた。

 まるで長年連れ添った恋人のように。

 エレノアの胸が締めつけられる。


(違う。きっと転ばないように支えているだけ)


 自分でも苦しい言い訳だった。

 二人は屋敷へ入っていく。

 扉が閉まる。

 それでもエレノアは動けなかった。

 足が震えていた。


「……奥様」


 御者が心配そうに声を掛ける。


「屋敷へ……お戻りになりますか?」


 帰れるはずがなかった。


「少しだけ……確認します」


 それだけ言うと、エレノアは屋敷へ歩き出した。

 窓には厚いカーテンが掛かっている。

 中は見えない。

 だが、一階のテラスへ続く扉が少しだけ開いていた。

 漏れてくる灯り。

 そして、二人の声。


「これでようやく邪魔者はいなくなりましたね」


 リリアの声だった。

 邪魔者。

 誰のことだろう。

 聞き間違いであってほしい。


「まだ油断はできない」


 アレクシスが静かに答える。


「彼女は勘が鈍い。でも、完全に安心するまでは慎重にいこう」


 彼女。

 それが自分を指していることくらい、エレノアにも分かった。


「お姉様は、本当に私を信じてくださいますもの」


 くすくす、と笑う声。


「少し罪悪感はありますけれど……」

「今さらか?」

「ふふふっ」


 リリアは楽しそうに笑った。


「侯爵夫人になるためですもの」


 世界から音が消えた。

 息ができない。

 耳鳴りだけが響く。


「お前もよく十年も演じたな」

「ええ。でも、お姉様は簡単でした」


 リリアは少し笑いながら続ける。


「少し甘えて、『お姉様、大好きです』と言えば、何でも信じてくださいましたから」

「手紙をすり替えた時も笑ったな」

「旦那様宛てのお手紙を隠しただけで、お二人は何日もすれ違ってくださいました」

「予定を書き換えた時も見事だった」

「全部、お姉様が『偶然ね』で済ませてくださるんですもの」


 思い返せば心当たりがあった。

 違和感は確かにあったが、私には二人を疑うことが出来なかった。

 二人の笑い声が重なる。

 耐えきれずに壁へ手をついた。

 立っていられない。

 十年間。

 妹だと信じてきた。

 三年間。

 夫だと信じてきた。

 そのすべてが、嘘だった。


「お腹に子ができれば、もう終わりです」


 リリアが自分のお腹へそっと手を当てる気配がした。


「これで侯爵夫人は、あなたの妻は私」

「離縁の話は近いうちに切り出そう」

「お姉様、どんな顔をなさるでしょうね」


 二人は笑った。

 その笑い声だけが、いつまでもエレノアの耳に残る。

 涙は出なかった。

 悲しみを通り越していた。

 胸の奥で、何かが静かに壊れる音がした。


(……ダメよ。泣くのは、全部終わってから)


 そう心に決める。

 エレノアは音を立てないよう屋敷を離れた。

 もう振り返らなかった。

 しかしその瞳には、これまでとは違う光が宿っていた。

 信じるだけだった侯爵夫人は、あの夜、静かに終わりを告げた。


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