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【完結】妹として迎えた婚外子が、私から夫まで奪いました  作者: モーヒアス


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番外編 リリアのその後 第7話「学ばない愚か者」

本日2話更新します!

2話目は19時更新!

 アレクシスが部屋を出てからしばらく。

 リリアは、鏡の前に座ったまま動かなかった。


「……」


 鏡の中には、少し赤くなった目をした自分が映っている。

 泣いたせいで、化粧も少し崩れていた。


「……ひどい顔」


 リリアは侍女に言った。


「化粧を直して」

「はい」


 侍女が近づく。

 けれど。

 その手が、いつもより慎重だった。


「何よ?あなたも何か言いたいわけ?」

「……いえ」

「何か言いたいなら言って」

「申し訳ございません」


 侍女は頭を下げる。


「ただ……お体に障りますので、あまりお気を落とされませんよう」

「そんなこと言われなくても分かっているわ!」


 リリアは素っ気なく答えた。


「私は強いもの」


 そして。

 お腹に手を当てる。


「この子のためにも、しっかりしなくちゃ」

「……はい」


 侍女はそれ以上何も言わなかった、言えなかった。

 リリアは鏡を見つめる。


「アレクシス様も、きっと少し疲れているだけよ」


 自分に言い聞かせる。


「私を嫌いになったわけじゃない。私たちは愛し合って結婚したんだもの」


 きっとそうだ。

 仕事が大変なのだ。

 侯爵家のことを考えているから、余裕がないだけ。

 だから。


「私が支えてあげなくちゃ」


 リリアは微笑んだ。

 だが。

 その「支える」という言葉が何を意味するのか。

 本人には、よく分かっていなかった。




 翌朝。

 リリアが朝食を終えた頃。


「奥様」


 侍女が声を掛けた。


「何?」

「昨日、旦那様から今後の支出について指示がございました」

「……そう」

「衣装や宝飾品など、高額なものを購入される際には、事前に旦那様の許可をいただくようにとのことです」

「社交関係全般ね。分かったわ」


 リリアは素直に頷いた。

 侍女は少し驚いた。

 だが。


「それから、贈答品についても――」

「それも分かったわ」

「……はい」

「アレクシス様に相談すればいいのでしょう?」

「さ、左様でございます」

「なら、問題ないわね」


 リリアは紅茶を飲む。


「アレクシス様に相談すればいいだけでしょう?」

「はい」

「だったら、これからはそうするわ」


 侍女はほっとしたように頭を下げた。


「ありがとうございます」

「ただし」

「はい?」


 リリアは笑った。


「アレクシス様が忙しい時は、あなたたちが判断してね」

「……え?」

「私が一々、細かいことを聞きに行ったら迷惑でしょう?自分のハンカチ一枚買うのにいちいち許可がいるわけじゃないでしょう!?」

「それは……」

「だから!」


 リリアは当然のように言った。


「必要なものは必要なのよ。私が買うべきだと思ったら、あなたたちが用意して」

「しかし、旦那様からは――」

「私が責任を取るわ」

「……」


 侍女は言葉を失った。


「私は侯爵夫人よ?」


 リリアは胸を張る。


「あなたたちより、この家のことを考えているの」

「……承知いたしました」


 侍女は頭を下げた。

 しかし。

 その表情に、以前のような素直な忠誠心はなかった。




 昼過ぎ。

 リリアは屋敷の中を歩いていた。

 茶会は禁止。

 高価な贈り物も勝手にはできない。

 ドレスも宝石も、自由には買えない。


「……本当に、つまらない」


 廊下を歩きながら呟く。

 すると。

 前方から、二人の使用人が歩いてきた。


「あ、奥様」

「何をしているの?」

「領地から届いた品の確認を……」

「領地?」

「はい。今季の特産品でございます」

「まあ」


 リリアの目が輝く。


「どんなもの?」

「果物や香辛料、それから布地などが――」

「見せて」

「はい」


 使用人が案内する。

 そこには、領地から届けられた品々が並んでいた。

 リリアは一つ一つ眺める。


「この果物、素敵ね。美味しそうだし見た目も華やかで美しいわ」

「ありがとうございます」

「王都ではあまり見ないわね」

「はい。こちらの地域でしか採れないものでございます」

「ちょうど良かったわ!だったら、これを贈り物にしましょう」

「……え?」


 使用人が固まる。


「高価な宝石より、こういう珍しいものの方が喜ばれるでしょう?」

「しかし、旦那様から贈答品については――」

「これは侯爵家の領地から取れたものよ?」


 リリアは胸を張った。


「新しく買うわけではないもの」

「……」

「だから問題ないでしょう?10ケースほどお願いね?」


 使用人は困ったように顔を見合わせた。


「奥様……」

「何?」

「こちらは、今年の収穫量が少なく――」

「10ケースぐらいならいいでしょう?領地で採れた果物を領主に献上させてあげるんだから。しかも他の貴族に宣伝までしてあげるのよ?向こうも喜ぶにきまってるわよ」

「ですが、王都への出荷分も――」

「そんなに細かいことを気にするの?」


 リリアは眉を寄せる。


「私は、この家のためにしているのよ?」

「……」

「我がバシード侯爵家が他の貴族たちとの関係を良くするためでしょう?」


 使用人は何も言えなかった。

 リリアは満足そうに頷いた。


「決まりね」

「しかし……」

「アレクシス様には私から話すわ」

「……しょ、承知いたしました」


 使用人たちは頭を下げた。

 リリアは上機嫌でその場を離れる。


「献上品だったらタダですもの。これなら、アレクシス様も怒らないわ」


 リリアは本気でそう思っていた。





 夕方。

 アレクシスが執務室に戻ると、執事が待っていた。


「旦那様」

「どうした?」

「本日の件ですが……」

「何だ?」

「奥様が領地から届いた特産品を、いくつか贈答品として使われるそうです」

「……そうか」

「ですが」


 執事が続ける。


「今年は収穫量が少なく、王都内での販売分も減っております」

「……」

「すでに奥様へ説明いたしましたが、『少しくらいなら問題ない』とのことで」


 アレクシスは目を閉じた。


「……分かった」

「旦那様?」

「私から話す」

「承知いたしました」


 執事が去る。

 アレクシスは椅子に座った。

 その目の前には、また書類が積まれている。

 以前なら。

 こうした判断をする必要はなかった。

 エレノアが先に確認していたからだ。


 どれを残すべきか。


 どれを売るべきか。


 どれを誰に贈るべきか。


 領地の収穫量。


 市場価格。


 来年の見込み。


 取引相手との関係。


 すべてを考えた上で判断していた。


「……」


 アレクシスは、古い帳簿を開いた。

 そこには。

 エレノアの字で、細かな記録が残っている。


『今年の香辛料は収穫量が少ないため、王都への出荷分を優先』


『北部の商会には昨年と同量を確保』


『贈答用については、余剰分のみ使用すること』


「……」


 アレクシスは長く息を吐いた。

 こんなことを。

 彼女はずっとしていたのか。

 自分は知らなかった。

 知らないどころか。

 エレノアが何をしているのか聞こうともしなかった。


「……本当に、何も見ていなかったんだな」


 その言葉が、また口から漏れた。




 翌日。

 リリアは朝から機嫌が悪かった。


「アレクシス様、どうして許可してくださらないの?」

「領地の品を勝手に使うわけにはいかない」

「でも、ほんの少しでしょう?」

「少しでも、だ」

「どうしてそんなに細かいの?」

「細かい?」


 アレクシスの声が低くなる。


「領地の人間が一年かけて育てたものだ」

「だったら、また作ればいいじゃない」

「……」


 空気が止まった。


「また作ればいいって……」


 アレクシスが呟く。


「そんなに簡単なことではない」

「でも、たかが果物でしょう?」

「リリア」

「何ですか?」

「君は、領地のことを何も知らないのか?これが我が領地の特産品であることも知らなかったそうじゃないか」

「……」

「なら、勝手に判断するな」


 リリアの顔が赤くなる。


「……私だって知ろうとしているわ」

「なら、まず知ろうとしてくれ」

「でも、難しいことばかりなんですもの!」

「だからこそだ」

「私は妊娠しているんですよ!難しいことばかり考えてお腹の子に悪影響があったらどうするんですか!」


 また。

 その言葉だった。


「……分かっている」

「なら、そんなに怒らないでください」

「怒っているわけではない」

「怒っています!」


 リリアは涙を浮かべる。


「最近のアレクシス様、冷たいです」

「……」

「昔はもっと優しかった」

「……」

「私が妊娠しているのに、何でも駄目って言う」

「君の体を心配しているからこそだ」

「……だったら好きにさせてください」

「それとこれとは違う」

「……どうして?」


 リリアは俯いた。


「私は、ただ皆に認めてもらいたいだけなのに」


 アレクシスは何も言わなかった。


「お姉様は、皆に好かれていました」


 リリアの声が震える。


「でも、私は違う」

「……」

「だからもっともっと頑張らなくちゃいけないんです!」


 アレクシスは、しばらく黙っていた。

 やがて。


「……リリア」

「はい」

「君は、エレノアに勝とうとしているのか?」

「……え?」

「何をするにも、彼女を意識している」

「そんなこと――」

「茶会も」

「……」

「ドレスも」

「……」

「贈り物も」

「……」

「社交も」


 アレクシスは静かに言った。


「全部、エレノアを意識しているように見える」

「違います!」


 リリアが叫んだ。


「私は私です!」

「なら」


 アレクシスはリリアを見る。


「彼女のことを気にする必要はない」

「……」

「エレノアが何をしていたかではなく、君自身が何をしたいのかを考えてくれ」


 その言葉に。

 リリアはしばらく黙っていた。


「……分かりました」


 小さく答える。

 アレクシスは部屋を出ていった。

 扉が閉じる。

 リリアは一人になった。


「……」


 そして。

 ゆっくりとお腹に手を当てる。


「あなたのお父様は、何も分かっていないわ」


 小さく呟いた。


「私はちゃんと頑張っているもの」


 その目に、また強い光が宿る。


「この子が生まれたら……」


 侯爵家の跡継ぎ。

 自分とアレクシスの子。

 その存在があれば。

 きっと何もかも変わる。


「皆、私を大切にするわ」


 そう信じていた。

 そして。

 その頃には。

 侯爵家の使用人たちの間で、少しずつ一つの認識が広がり始めていた。


 以前の侯爵夫人は。

 何も言わなくても、必要なことを理解していた。

 今の侯爵夫人は。

 自分が欲しいものを、侯爵家に用意させる。


 以前の侯爵夫人は。

 領地のことを考えていた。

 今の侯爵夫人は。

 「侯爵家なのだから」と言う。


 以前の侯爵夫人は。

 使用人の名前や家族のことまで覚えていた。

 今の侯爵夫人は。

 使用人を「自分のために働く人」としか見ていない。


 誰も。


 面と向かっては言わなかった。


 だが。


 その差は。


 日に日に大きくなっていた。


 そして。


 リリアのお腹が少しずつ大きくなるにつれて。


 侯爵家の中で。


 彼女の立場は、逆に少しずつ――


 弱くなっていった。


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 家の財産を食い潰すだけの女に信は寄せられない。
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