番外編 リリアのその後 第5話「禁止令」
本日2話更新します!
2話目は19時更新!
翌朝。
リリアはいつもより早く目を覚ました。
「……」
ぼんやりと天井を見つめる。
昨日の茶会を思い出すだけで、胸の奥がざわついた。
誰も自分を心から褒めていなかった。
それどころか、次々と帰ってしまった。
けれど。
「……私が悪いわけじゃないもの」
そう呟く。
自分は侯爵夫人なのだ。
それに。
今は自分一人の身体でもない。
そっとお腹へ手を当てる。
まだ外から見ても分からないほど小さな変化。
それでも。
ここには、アレクシスとの子がいる。
「この子が生まれたら……」
リリアは微笑んだ。
「きっと皆、私を認めてくれるわ」
侯爵家の跡継ぎになる子。
その母親である自分。
そう考えるだけで、少しだけ気持ちが大きくなる。
「私は、この子のお母様なんだから」
だから。
もっと大切にされて当然だ。
もっと優しくされて当然。
少しくらい……そう、少しくらい贅沢をしても許される。
次期当主を妊娠しているのだから。
「……昨日だって、あんなに頑張ったんだもの」
リリアはそう言って、鏡の前へ向かった。
そして。
鏡に映った自分を見て、ふっと笑う。
「うんとオシャレしてアレクシス様にも褒めてもらわなくちゃ」
そして昨日のことを話せばいい。
きっと夫なら、自分の味方をしてくれる。
そう思っていた。
朝食の席。
アレクシスは、いつもより口数が少なかった。
「おはようございます、アレクシス様」
「ああ。おはよう」
「昨日の茶会、みんなひどいんですよ」
「……そうか」
「皆様、私のことを全然褒めてくださらないし」
「そうか」
短い返事。
リリアは少し不満そうに頬を膨らませる。
「もっと何か言ってくださってもいいじゃないですか」
「……ああ」
「せっかく頑張ったのに……」
アレクシスは黙っていた。
「ねえ、アレクシス様」
「何だ?」
「また茶会を開いてもいいでしょう?」
「……」
「昨日は少し早く皆様がお帰りになったけれど、次はもっと大勢呼べばいいと思うんです」
「リリア」
「はい?」
「その話だが……」
アレクシスは一度、目を伏せた。
「……しばらく茶会を開くのはやめてほしい」
「……え?」
リリアの笑顔が止まった。
「どうしてですか?」
「今の侯爵家には、社交費を増やせる余裕がない」
「でも……」
「昨日の茶会だけでも、かなりの費用が掛かっている」
「それは……」
リリアは少しだけ目を逸らした。
「侯爵夫人として必要だったんです」
「必要?」
「はい」
リリアは胸を張る。
「皆様に私を知っていただくためです」
「その結果、どうなった?」
「……」
「昨日、何人の夫人が最後まで残った?」
「……それは」
「誰も残らなかったと聞いている」
リリアの顔が赤くなる。
「で、でも!それは皆様が忙しかっただけです!」
「そうかもしれない」
アレクシスは否定しなかった。
「だが、今はそれを確かめるために金を使える状況ではない」
「……」
「領地の収支も悪化している」
「また、その話ですか?」
リリアは露骨に嫌そうな顔をした。
「私はちゃんと侯爵夫人として頑張っているじゃありませんか」
「そのために、今後は支出を抑えなければならない」
「でも!」
リリアは立ち上がりかける。
「私は次期当主を妊娠しているんですよ!?」
アレクシスの眉が僅かに動いた。
「分かっている」
「なら、もっと私を大切にしてください」
「……大切にしている」
「だったら、どうして私の社交の機会を奪うんですか?」
声が震える。
「私はずっとずっと我慢してきたんです」
「何を?」
「お姉様の陰に隠れて生きてきたことを」
「……」
「今ようやく、自分が侯爵夫人になったんです」
リリアは目に涙を浮かべる。
「なのに、どうして私だけ我慢しなければならないんですか?」
「リリア」
「お腹の子にも、きっと良くないです」
アレクシスが黙る。
リリアはそこへ畳みかけた。
「母親がこんなに苦しんでいたら、赤ちゃんだって可哀想でしょう?」
「……」
「それに、私はこれから母親になるんです」
お腹に手を添える。
「この子のためにも、私は立派な侯爵夫人にならなくてはいけないんです」
「そのために茶会が必要なのか?」
「もちろんです!」
即答だった。
「侯爵家の母親になるんですもの」
アレクシスはしばらくリリアを見つめた。
「……君の言い分は分かった」
「本当ですか?」
「それでも」
リリアの顔から笑みが消える。
「茶会はしばらく禁止する」
「……え?」
「少なくとも、今の収支が立て直るまでは」
「そんな……!」
リリアは愕然とした。
「どうしてですか!」
「今までのように金を使うことはできない」
「でも私は――」
「リリア」
アレクシスの声が低くなる。
「君が妊娠していることと、侯爵家の財政を考えなくていいことは別だ」
「……」
「これから子供が生まれる」
アレクシスは静かに続ける。
「だからこそ、今から無駄な支出を減らさなければならない」
「無駄なんかじゃありません!」
「ドレスも?」
「必要です!」
「宝石も?」
「侯爵夫人として必要です!」
「昨日の茶会も?」
「……必要でした!」
「分かった」
アレクシスはため息をついた。
「だが、私はそうは思わない」
その言葉に。
リリアの顔が強張った。
「……私のことを、何も分かってくれないんですね」
「そういう話ではない」
「じゃあ、どういう話なんですか?」
「侯爵家の話だ」
淡々とした言葉だった。
「君が侯爵夫人だからこそ、考えてほしい」
「……」
「今後、勝手に大きな買い物をすることもやめてくれ」
「……」
「必要なものなら相談してくれ」
リリアは唇を噛んだ。
「……分かりました」
そう言った。
けれど。
その声には明らかな不満が滲んでいた。
「でも」
リリアは顔を上げる。
「私は、諦めませんから」
「何を?」
「社交界で認めてもらうことです」
アレクシスは何も言わなかった。
「やっとお姉様がいなくなったのに、私だけ笑われるなんて嫌です」
「……」
「私は侯爵夫人です」
リリアは強く言った。
「絶対に皆に認めさせます」
アレクシスは、ただ静かにリリアを見つめていた。
部屋へ戻ったリリアは、勢いよく扉を閉めた。
「……もう!」
怒りで胸がいっぱいになる。
「何よ何よ何よ……!」
茶会を禁止するなんて。
自分は妊娠しているのに。
もっと労わってくれてもいいはずなのに。
「私は、この子を身ごもっているのよ?」
お腹へ手を当てる。
「侯爵家の跡継ぎを産むのよ?」
それなのに。
どうして自分が我慢しなければならないのか。
「……おかしいわ」
リリアは鏡を見る。
「私がもっと幸せになればいいのよ」
そうすれば。
アレクシス様もきっと分かってくれる。
皆も認めてくれる。
エレノアのことなんて、誰も話さなくなる。
「……そうよ」
リリアは小さく笑った。
「私は負けない」
だが。
その頃。
執務室では。
アレクシスが一枚の書類を見つめていた。
そこには。
侯爵家の今後数年間の収支予測が記されている。
赤字。
その数字が。
以前より明らかに増えていた。
「……このままでは」
アレクシスは目を閉じた。
そして。
初めて、本気で思った。
自分は。
何か、とんでもないものを見落としているのではないか。
エレノアがいなくなってから。
侯爵家は、少しずつ。
確実に。
崩れ始めていた。
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