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【完結】妹として迎えた婚外子が、私から夫まで奪いました  作者: モーヒアス


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30/39

番外編 リリアのその後 第3話「品格」

本日は2話更新です!

 新しいドレスが届いてから、数日。

 リリアは鏡の前で何度も自分の姿を確認していた。


「やっぱり素敵……」


 淡い桃色のドレス。

 胸元には細かな宝石。

 袖には特注のレース。

 髪には、先日の店で勧められた髪飾り。

 鏡の中には、以前とはまるで違う自分がいる。


「これなら……」


 リリアは満足そうに微笑んだ。


「皆も私を侯爵夫人だと認めてくれるわよね。そして皆んなの羨望の眼差しが私に……うふふ」


 その時。


「奥様」


 侍女が声を掛けた。


「何よ?」

「旦那様がお戻りになる前に、こちらを確認していただきたいのですが」

「また書類?」

「はい」


 侍女が差し出したのは、数枚の書類だった。

 リリアは露骨に嫌そうな顔をする。


「……また数字?」

「領地から届いた報告書でございます」

「この前もあったじゃない」

「はい」

「そのままアレクシス様に渡しておいて」

「ですが、今回は奥様の承認が必要なものもございます」

「承認?」


 リリアは首を傾げた。


「私が名前を書けばいいの?」

「内容をご確認いただいた上で、問題がなければ署名を――」

「はいはい、分かったわ」


 リリアは面倒そうに書類を受け取った。

 机の上に置く。

 そして。

 ぱらぱらと紙をめくった。


「……税収?」

「はい」

「支出?」

「はい」

「使用人の給金?」

「はい」

「……難しいわね」


 しばらく眺めた後。

 リリアはペンを取った。


「全部、去年と同じでいいんじゃない?」

「……え?」

「去年と同じようにしておけば問題ないでしょう?」

「ですが、今年は収穫量も違いますし、商取引の状況も――」

「そんな細かいことまで私が考える必要があるの?」

「……」


 侍女は言葉を失った。


「文官の方たちがいるのでしょう?」

「はい」

「なら、その人たちが考えればいいじゃない」

「しかし、侯爵夫人として最終的な確認を――」

「もう!」


 リリアが苛立ったように机を叩いた。


「だから、そういう難しいことは分からないの!」

「……」

「私は社交の方が大切なのよ」

「社交……ですか?」

「当然でしょう?」


 リリアは胸を張った。


「侯爵夫人なんだから、皆様と仲良くして社交界で存在感を示すことの方が大切じゃない」

「……」

「人脈形成よ。エレノアお姉様は、そういうことをしなかったから友人が少なかったんでしょう?」


 侍女の顔が強張った。

 そう言うリリアにも友人は少ない……いや、そもそもいないことを知っていたからだ。

 だが、リリアは気付かない。


「私は違うわ」


 リリアは得意そうに微笑む。


「もっと華やかにして、皆様に顔を覚えてもらうの。そしたら私は社交界の皆様の注目の的よ?」

「……承知いたしました」


 侍女はそれ以上何も言わなかった。




 その日の夜。


「今帰った」

「お帰りなさいませ、アレクシス様」


 リリアは笑顔で出迎えた。


「今日はお早かったのですね」

「ああ。少し仕事が片付いたからな」

「それなら、一緒に夕食を食べましょう?」

「そうだな」


 二人で食卓につく。

 しばらくして。

 アレクシスが口を開いた。


「今日、領地から報告が来ていた」

「そうなんですか?」

「ああ」


 リリアは何でもないことのように答える。


「私にも届いていましたよ」

「確認したのか?」

「しました」

「……内容は?」

「え?」

「今年の収支についてだ」

「えっと……」


 リリアは少し考えた。


「去年と同じくらいじゃないですか?」

「……」

「違うのですか?」

「今年は税収が大きく減っている」

「そうなんですか?」

「ああ」

「でも、文官の方たちがいるのでしょう?」

「……ああ」

「なら大丈夫ですよね?」

「……なぜそう思うんだ?」

「だって、専門家なのでしょう?」


 リリアは不思議そうな顔をした。


「私は数字が苦手ですし。そういうことは専門の方に任せればいいと思うんです」

「……エレノアは毎月、報告書を自分で確認していた」

「またお姉様ですか?」


 リリアの表情が曇る。


「どうして何でもお姉様と比べるんです?」

「比べているわけではない」

「でも、いつもそうじゃないですか」


 リリアは頬を膨らませた。


「エレノアはこうしていた。エレノアはああしていたって」

「……」

「私はお姉様じゃありません」

「分かっている」

「ならいいでしょう?」


 リリアは笑った。


「私は私のやり方で侯爵夫人になります」

「……そうか」

「それより、今度の茶会なのですが――」


 リリアは楽しそうに話し始める。


「新しいドレスを着ていくんです」

「この前のか?」

「はい!」

「……いくらだったか覚えているか?」

「え?」

「ドレスだ」

「それは……」


 リリアは少しだけ目を泳がせた。


「侯爵夫人なのですから、これくらい普通ですよ」

「金額を聞いている」

「……」


 リリアは渋々答えた。

 アレクシスの眉が動く。


「自分の買ったドレスがいくらしたかも覚えてないのか?」

「す、すごく高かったのは覚えています!なんとなーくしか覚えてないだけで……。で、でも!仕上がりはとっても綺麗だったんですよ!」

「それは本当に必要だったのか?」

「絶対に必要です!」


 リリアは即答した。


「侯爵夫人が質素な服を着ていたら、皆に馬鹿にされます」

「エレノアは――」

「……だから!」


 リリアが声を荒らげた。


「またお姉様!」


 アレクシスは黙った。


「私は、目立たないのは嫌なんです!」

「……」

「お姉様はいつも地味でした」

「地味……?」

「そうでしょう?」


 リリアは不思議そうに首を傾げる。


「派手なドレスもあまり着なかったし、宝石だって必要以上には買わなかったし」

「……」

「だから質素な人達には好かれていたのかもしれませんけど」


 リリアは鼻を鳴らした。


「私は、もっと侯爵夫人らしくしたいんです!」

「侯爵夫人らしく……か」

「……失礼します!」


 そう言ってリリアは自室に戻ってしまった。

 執事がドレスの請求書を持ってくる。

 アレクシスは何も言わなかった。

 ただ。

 食卓の上に置かれた請求書を見つめていた。


 


 翌日。

 侯爵家の執務室では、数人の文官が集まっていた。


「……今年の支出が、かなり増えています」

「原因は?」

「新しい侯爵夫人の衣装代です」

「それだけではありません」


 別の文官が書類を差し出す。


「社交関係の贈答品も増えています」

「茶会への手土産も以前の10倍です」

「馬車も新調しています」

「……」


 執事は頭を抱えた。


「奥様は、何か新しいことを始められるたびに『侯爵夫人なら当然』と仰る」

「エレノア様の頃は、こんなことはありませんでしたね」

「比較するな」


 執事が静かに言った。


「今は、リリア様が侯爵夫人なのだから」


 その時。

 扉が開いた。


「皆さん、何をしているの?」


 リリアだった。


「奥様」

「何か問題でもあった?」

「いえ……」


 文官たちは顔を見合わせる。


「今年の予算について確認を――」

「予算?」

「はい」

「まだそんなことをしているの?」

「……はい?」

「来月、私が主催する茶会があるでしょう?」

「……ご、ございます」

「その準備費用を増やしておいて」

「……それはどれほどでしょうか?」

「前回の倍くらいかしら?」

「倍……ですか?」

「ええ」


 リリアは当然のように答えた。


「せっかく侯爵夫人になったんですもの。小さな茶会なんて恥ずかしいでしょう?」

「しかし、現在の収支では――」

「大丈夫よ」


 リリアは笑った。


「侯爵家なんですもの」

「……」

「お金ならなんとかなるでしょう?」


 誰も答えなかった。

 リリアは不思議そうに首を傾げる。


「どうして黙っているの?これは決定事項だから。なんとかしなさい」

「……承知いたしました」


 結局。

 皆は頭を下げるしかなかった。




 その夜。

 執務室に残ったアレクシスは、山積みになった書類を見つめていた。


「……」


 収支が合わない。

 エレノアが抜けたとはいえ少なくとも数年は十分に余裕のある予算だった。

 領地経営も安定してきた。

 多少不作ではあったが大きな問題などなかった。


 なのに。

 わずか数か月で、支出が目に見えて増えている。


「……何をしているんだ、私は」


 ふと。

 一枚の古い帳簿が目に入った。

 以前のものだった。

 エレノアが侯爵夫人だった頃の記録。

 アレクシスは何気なくページをめくる。

 すると。

 細かな書き込みがいくつも残っていた。


『今年は南部の収穫量が少ないため、税率を据え置く』


『来年の修繕費を確保するため、社交費を削減』


『使用人の冬季手当を増額』


『港の商人からの要望について、次回の会議で検討』


「……」


 アレクシスの指が止まる。

 こんなものを。

 エレノアは毎月見ていたのか。

 税収だけではない。

 使用人の給金。


 領民の生活。


 商人との取引。


 来年の支出。


 数年先の修繕費まで。


「……全部」


 呟く。


「全部、見ていたのか」


 毎日確認していたのは知っていたが、ここまで細かくチェックしているだなんて思いもしなかった。

 侯爵家が問題なく回っていることだけを見て。

 それを当然だと思っていた。

 エレノアが何をしていたのか。

 何を考えていたのか。

 リリアにうつつを抜かし、自分は知ろうともしなかった。


「……私は」


 アレクシスは目を閉じる。

 その時。

 扉の向こうから声がした。


「旦那様」

「何だ?」

「領地から追加の報告が届いております」

「……分かった」


 受け取った書類を見る。


 そこには、リリアが承認した支出が並んでいた。

 茶会。


 衣装。


 装飾品。


 贈答品。


 どれも一つ一つは、侯爵家なら払えない金額ではない。

 だが。

 積み重なれば、大きな金額になる。


「……まずはこれを止めなければ」


 アレクシスは呟いた。

 しかし。

 その言葉には、まだ迷いがあった。

 リリアは妊娠している。

 今、強く言えばまた傷つけてしまう。

 自分は彼女を選んだ。

 彼女と生きると決めた。

 だから。


「……私が何とかすればいい」


 そう呟いて。

 また一人で抱え込もうとした。

 その判断が。

 後に侯爵家をさらに苦しめることになるとも知らずに。




 一方。


 リリアは自室で、侍女に新しい茶会の招待状を並べさせていた。


「この人も呼んで」

「こちらの方もですか?」

「ええ」

「ですが、以前の茶会では奥様にあまり好意的ではなかったようですが……」

「だから呼ぶのよ」


 リリアは笑った。


「私がもっと綺麗になって、もっと豪華な茶会を開けばきっと皆、私を認めるわ」

「……」

「だって私は侯爵夫人なんだから」


 リリアは自信満々に胸を張る。


「皆が私を羨ましがるくらいの侯爵夫人になってみせるわ」


 その目には。

 まだ何の迷いもなかった。

 自分が何も知らないことにも。

 自分が何も見ていないことにも。

 気付いていなかった。

 そして。

 自分のすぐそばにいる夫が。

 少しずつ、自分ではなく――

 かつての妻が残したものを見始めていることにも。

 まだ、気付いていなかった。

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― 新着の感想 ―
素晴らしいバカだねwww ここまで馬鹿だと自分がカモにされてることや周囲からバカにされてることにも気づかず自分は常に正しいとか思ってそうwww なんか可哀そうに思えてきたわwww 予算も知らない収支も…
2026/08/11 20:43 活きラット
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