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【完結】妹として迎えた婚外子が、私から夫まで奪いました  作者: モーヒアス


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番外編 リリアのその後 第1話「侯爵夫人」

 エレノアとの離縁が成立してから、数週間。

 リリアは、鏡の前でゆっくりと身なりを整えていた。

 淡い桃色のドレス。

 胸元には、アレクシスから贈られた首飾り。


 そして。


 左手の薬指には、侯爵夫人としての指輪。

 鏡に映る自分の姿を見つめ、リリアは嬉しそうに微笑んだ。


「……ついに私が、バシード侯爵夫人」


 何度口にしても、胸が高鳴った。

 以前までの自分は、姉の陰に隠れていた。


 エレノアはアシュフォード伯爵家の長女として育てられ、周囲からも将来を期待されていた。

 それに比べて自分は婚外子。

 母と共に屋敷の片隅で暮らし、社交界でも正式な令嬢として扱われることは少なかった。


 けれど。


 今は違う。


 自分が、侯爵夫人なのだ。

 そう、あのバシード侯爵家である。


 しかも。


 お腹には、アレクシスとの子供がいる。

 まだ目立つほどではない。

 それでも、そこに新しい命が宿っていると思うだけで、リリアは幸せな気持ちになった。


「お姉様より、私の方が幸せになった……フフフ」


 ぽつりと呟く。

 その言葉に、自分でも少し驚く。

 けれど。

 否定する気にはなれなかった。

 姉は侯爵夫人だった。

 自分は、その姉の夫を愛した。

 彼も、姉ではなく私を愛した。

 そして今。

 その人の妻になった。

 それだけなら。

 自分が望んだ幸せを手に入れたのだと思えた。


 


 その日の午後。

 リリアは伯爵家主催の茶会へ出席していた。

 結婚後、初めて本格的に参加する社交の場だった。


「……ま、まあ、リリア様」

「……こ、侯爵夫人になられてから、ますますお美しくなられましたね」

「はい。ありがとうございます」


 最初は笑顔で声を掛けてくる夫人たちもいた。

 リリアは嬉しそうに微笑む。


「これからは、皆様とももっと親しくしていただきたいですわ」

「……え、ええ」

「……も、もちろんですわ」


 返事は返ってくる。

 だが。

 どこかよそよそしい。

 以前、エレノアがこの場にいた時とは違った。

 姉の周囲には、いつも自然と人が集まっていた。


 商談の話をする者。


 領地の相談をする者。


 新しい店の話をする者。


 ただ世間話をしに来る者。


 それが当たり前だった。

 けれど。

 今日は違う。

 リリアが話しかけても、相手はどこか緊張したように笑う。

 そして。

 すぐに別の場所へ移っていく。


「……どうして?私……何かした?」


 小さく呟いた。

 その時。

 背後から声が聞こえた。


「まあ、まだいらしたの?」

「……!」


 振り返る。

 そこには数人の令嬢たちがいた。

 こちらを見ている。

 明らかに自分を見ているのに、目が合うと視線を逸らされた。


「何か?」


 リリアが尋ねると。


「いえ、別に」


 そう言って、くすくすと笑う。


「……何がおかしいのですか?」

「お気になさらないでくださいな」

「そうですわ。侯爵夫人には関係のない話ですもの」


 その言葉に、リリアの眉が寄った。

 侯爵夫人。

 その呼び方は、本来なら誇らしいものだった。

 なのに。

 なぜか馬鹿にされているように聞こえた。


「私たちは失礼します」


 令嬢たちはそのまま去っていく。

 リリアは拳を握った。


「……何よ、下級貴族の分際で何なのよ」


 


 その後も。

 似たようなことが何度も続いた。


「侯爵夫人は、以前のエレノア様と違って領地経営には興味がおありにならないのね」

「私はこれから勉強しますので」

「まあ。今からですか?」

「……はい」

「……大変ですわね」


 別の席では。


「他国との取引を増やそうとしているみたいですわね」

「そうなのですか?」

「ええ、きっとアレクシス様が頑張っていらっしゃるのでしょうね。何も聞いていませんか?」

「……あ、あー。この前寝室で話してたような……」


 また、笑われた。

 リリアには、その理由が分からない。

 アレクシスが頑張っている。

 それは事実ではないのか。

 なぜ、それを言っただけでこんな目を向けられるのだろう。


 そして。


 とうとう。


「でも……少し意外でしたわ」


 一人の夫人が、紅茶を口にしながら言った。


「何がです?」

「侯爵夫人になられるとは」

「……どういう意味でしょう?」

「いえ」


 夫人は微笑んだ。


「婚外子の方が、正式な侯爵夫人になられるとは珍しいことだと思いまして」


 空気が止まった。

 リリアの顔が強張る。


「私は……アレクシス様に望まれて結婚したのです」

「ええ。存じております」

「では、問題ないでしょう?」

「もちろんですわ」

 夫人は笑う。


「ただ……」


 一瞬だけ視線を落とした。


「少し、勇気のあるご家族だと思っただけです」


 それ以上は言わなかった。

 けれど。

 言葉の意味は、十分に伝わった。

 リリアは唇を噛んだ。


「……失礼します」


 椅子から立ち上がる。

 そのまま茶会を離れようとした時。


「リリア様」


 呼び止められた。

 振り返る。

 そこにいたのは。

 主催者であるクラリス伯爵夫人だった。


 エレノアが侯爵夫人だった頃から、最も親しく付き合っていた友人である。

 リリアも、当然知っている。


「クラリス様……」

「少し、お話ししてもよろしいでしょうか」

「はい」


 クラリスの表情は、これまで見たことがないほど硬かった。


 二人は人の少ない廊下へ移動する。


「何でしょうか?」


 リリアが尋ねる。

 クラリスはしばらく黙っていた。

 そして。


「……どうして、そんな顔をなさっているのですか?」

「え?」

「まるで、ご自分が被害者であるかのような顔です」

「……!」


 胸を突かれた。


「私は、何も悪いことなんて――」

「では、お尋ねします」


 クラリスが遮る。


「エレノア様は、何をなさいましたか?」

「……え?」

「あなたに何かしましたか?」

「それは……」

「あなたを虐げましたか?」

「……いいえ」

「侯爵夫人としての務めを放棄しましたか?」

「……していません」

「アレクシス様を大切にしなかった?」

「……」


 答えられない。

 クラリスは静かに息を吐いた。


「エレノア様は、あなたを憎んでさえいらっしゃらなかった」

「……そんなの、分かりません」

「私は知っています」


 クラリスの声が少し震えた。


「私は、あの方の一番近くにいた友人ですから」

「……」

「だからこそ、私は今でも信じられません」


 クラリスはリリアを真っ直ぐ見つめた。


「どうして、あなたが今ここで侯爵夫人として座っているのか」

「……私だって、アレクシス様を愛しています」

「それは分かっています」

「なら――」

「ですが」


 クラリスは言った。


「愛しているからといって、何をしても許されるわけではありません」


 リリアの顔から血の気が引いた。


「私は……」

「あなたは、エレノア様の妹でしょう」

「……」

「それなのに、姉の夫と関係を持った」

「……アレクシス様も私を愛してくれたのです!」

「ええ」


 クラリスは否定しなかった。


「だからこそ、余計に腹が立つのです」

「……え?」

「エレノア様が何も知らずに、あなたとアレクシス様を信じていた頃から、二人は裏切っていたのでしょう?」


 リリアは何も言えなかった。


「その上、エレノア様が去った後にはまるで何事もなかったかのように夫人の座へ収まる」

「……私は、アレクシス様に選ばれただけです」

「そうでしょうね」


 クラリスは冷たく笑った。


「だから皆、あなたを見るのです」

「……」

「『自分の姉から夫を奪った女性』として」


 リリアの胸が大きく上下する。


「そんな……」


 クラリスは続けた。


「……エレノア様が今、どこにいらっしゃるかご存じでしょう?」

「……聞いておりません。聞く必要もないですもの」

「……あなたという人は、そうなのですね」


 クラリスは静かに頷いた。


「今は王都を離れ、ご実家の支援を受けながら商会を始められたそうです」

「商会……?」


 リリアが眉を寄せる。


「はい。以前から商売には関心がおありでしたから」

「……」

「まだ始められたばかりです。これからどうなるのかは、私にも分かりません」


 クラリスはそこで一度言葉を切った。


「ですが、エレノア様は前を向いていらっしゃるようです」

「……そうですか」


 リリアは、なぜか胸の奥がざわつくのを感じた。

 姉は侯爵家を追い出された。

 自分が、その代わりに侯爵夫人になった。

 だから。

 てっきりエレノアは、今頃泣いているものだと思っていた。


 何も持たずに家を出されて。


 夫も、家も、これまで築いてきたものも失って。


 きっと後悔している。


 そう思っていた。

 けれど。


「商会なんて……」


 ぽつりと呟く。


「そんなものを始めて、どうするというのですか?」

「さあ」


 クラリスは首を横に振った。


「私にも分かりません。ただ――」

「ただ?」

「エレノア様は、昔からそういう方でしたから」

「……?」

「何かを失った時、いつまでも失ったものを眺めている方ではありませんでした」


 リリアは黙り込んだ。

 けれど。

 胸の中には、別の思いが浮かんでいた。


「でも……」


 思わず口にする。


「ただの商会でしょう?」

「……はい」

「商売をするということですよね?」

「もちろん、そうですね」


 リリアは少し首を傾げた。


「侯爵家の夫人だった人が、商人になるなんて……」

「……」

「なんだか、落ちぶれたみたいではありませんか?」


 クラリスの表情が僅かに変わる。

 しかし、リリアは気付かない。


「だって、商会なんて平民が金儲けをするためのものでしょう?エレノアお姉様は、もともと高位貴族の令嬢だったのに」


 リリアは、自分の言葉に少しだけ笑った。


「侯爵夫人の座を失ったと思ったら、今度は商売人ですか」

「……」

「フフっ、高位貴族の女性としてはずいぶんと……」


 そこで言葉を探す。


「……変わった生き方ですよね」

「リリア様」


 クラリスの声が低くなった。


「何でしょう?」

「あなたは、本当にそう思っているのですか?」

「え?」

「商会を営むことが、落ちぶれることだと?」

「だって、そうでしょう?」


 リリアは不思議そうに答えた。


「貴族には貴族の務めがあります。領地を治め、社交を行い、家の名を守る。それが貴族でしょう?」

「自分で商売をして、お金を稼ぐなんて……」


 リリアは小さく肩をすくめる。


「まるで平民みたいではありませんか」


 クラリスはしばらく何も言わなかった。

 やがて。


「……そうですか」


 静かに呟く。


「何です?」

「いえ」


 クラリスは小さく首を振った。


「あなたが、どうしてエレノア様とあれほど違うのか。少し分かった気がしただけです」

「……?」


 リリアには、その言葉の意味が分からなかった。

 クラリスはそれ以上何も言わず、リリアを見つめる。


「エレノア様は、商人を身分で見下したりはしませんでした」

「……」

「だからこそ、あの方には商人たちが自然と集まったのでしょうね」

「……商人が集まったところで、何になるというのですか?」


 リリアはまだ納得できない。


「所詮は商人でしょう?」


 その言葉を聞いた瞬間。

 クラリスは、ほんの少しだけ目を伏せた。


「……もう、何も申し上げません。ただ、私はエレノア様の友人として、あの方がこれから幸せになられることを心から願っています。あなたも、そう思えるといいですね」


 それだけ言うと。

 クラリスは背を向けた。

 残されたリリアは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


「待ってください」


 リリアが声を上げた。


「どうして皆、そんな顔をするのですか?私は間違ったことを言いましたか?」


 返事は無かった。

 リリアは一人、廊下に取り残される。


「……幸せに?伯爵夫人の分際で何様のつもりよ」


 小さく呟く。

 そして、唇を噛む。


「私だって……幸せだわ」


 侯爵夫人になった。

 愛するアレクシスと結ばれた。

 お腹には二人の子供もいる。

 欲しかったものは、すべて手に入れたはずだった。

 なのに。

 なぜだろう。

 クラリスの言葉が、いつまでも胸に残っていた。


「……商会なんて、侯爵家に比べればずっと下なんじゃないの?」


 それが、リリアにとっては当たり前のことだった。

 だからこそ。

 彼女はまだ知らなかった。

 自分が「落ちぶれた」と笑った場所から。

 エレノアが、これからどれほど大きなものを築いていくのかを。

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エレノアは侯爵家に嫁入りしたんだよね? リリアはどの立場で他家に滞在してたの? 未婚の貴族?令嬢を夜中に2人きりにさせるとか、姉夫婦の家にどの立場で居座ってたの? 伯爵家は何してたの?エレノアもヤバい…
 エレノアを近くで見てきたのに、何も見えてなかったんだな。
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