番外編 エレノアの恋 第8話「再会は王城で」
本日2話更新です。
ウィリアムがヴァルハイムへ帰国してから、半年が過ぎた。
交易は驚くほど順調だった。
エレノアが提案した輸送方法は損失を大きく減らし、ヴァルハイムの海産物はエレノアの国で人気商品となった。
一方で、エレノアの国の薬草や織物も海を渡り、ヴァルハイムで高い評価を得ている。
「エレノア様」
秘書が弾んだ声で執務室へ入ってきた。
「ヴァルハイム王国より正式な招待状が届きました」
「招待状?」
「はい」
深い青色の封蝋。
中央には黄金の獅子。
王家の紋章だった。
エレノアは静かに封を切る。
『交易成功への多大なる貢献に感謝し、ヴァルハイム王城へ招待する』
署名は国王の名だった。
「国王陛下自ら……」
思わず息を呑む。
これは一商人に届くものではない。
異例中の異例だった。
数週間後。
エレノアは初めてヴァルハイム王国の土を踏んだ。
港へ降り立つと、潮の香りと冷たい風が頬を撫でる。
「ようこそお越しくださいました」
迎えに来ていた騎士が恭しく頭を下げた。
「あの時の……!」
「覚えていてくださったんですね!ご無沙汰しております」
その騎士がウォーレン商会の船員として従事していたことをエレノアは覚えていた。
「さぁ、王城までご案内いたします」
石畳の大通り。
白い城壁。
高くそびえる灯台。
どこか港町らしい活気と、王都らしい気品が共存している美しい国だった。
(本当に来てしまったのね)
以前、港で何気なく言った。
『一度見てみたいです』
その願いが叶っている。
王城。
謁見の間へ案内される。
赤い絨毯の先には王座。
左右には近衛騎士が整列していた。
「エレノア・アシュフォード殿」
高らかに名が呼ばれる。
エレノアは優雅に一礼した。
「面を上げよ」
穏やかな声が響く。
王座に座る国王は、威厳がありながらも温かな眼差しを向けていた。
その眼差しはどことなくウィリアムに雰囲気が似ていた。
「余がヴァーデン・ヴァルヘイム国王である。そなたとの交易は実に見事であった」
「身に余るお言葉です」
「いや」
ヴァーデン国王は笑う。
「利益だけではなく、我が国の商人まで豊かにした。その手腕に感謝している」
思いがけない言葉だった。
エレノアは少し驚きながら頭を下げる。
「あ、ありがとうございます」
その時だった。
国王が悪戯っぽく笑う。
「ところで……我が愚息は、そなたを困らせてはおらぬか?」
「……え?」
エレノアが顔を上げる。
王座の横の扉が開いた。
正装に身を包んだ青年がゆっくりと歩いてくる。
白い礼服。
金糸の刺繍。
胸には王家の紋章。
港で見た「ウィル」とはまるで違う。
誰が見ても、王子だった。
それでも。
その青い瞳だけは変わらない。
「お久しぶりです」
ウィリアムが柔らかく微笑む。
「エレノア様」
エレノアも自然と笑みを浮かべ、一礼した。
「お久しぶりです。ウィリアム殿下」
その呼び方に、ウィリアムは一瞬だけ寂しそうに目を細める。
以前、港で別れる際。
『できれば、以前のようにウィルと呼んでいただけませんか』
『それは難しいお願いですね。今は、多くの方が見ていますから』
そんなやり取りを交わしたことを思い出す。
今は王城。
しかも国王陛下の御前だ。
「ウィリアム殿下」と呼ぶのが当然だった。
それでも。
エレノアは少しだけ微笑み、続けた。
「ですが、私にとっては、港で出会ったウィル様も、今ここにいらっしゃるウィリアム殿下も、同じ方です」
その一言に、謁見の間がざわめいた。
「ウィル様……?」
「殿下を、そのように?」
貴族たちが驚きの声を漏らす。
一方、ウィリアムは思わず笑みをこぼした。
「そう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます」
エレノアは穏やかに頷く。
「人前では失礼にあたりますから、お呼びはできません。でも私の中では、今でも変わらずウィル様ですよ」
その言葉に、国王が大きく笑った。
「はっはっは!なるほど!確かに、お前が何度も褒めるわけだ!」
「父上……」
ウィリアムが珍しく頬を赤くする。
「褒める?」
エレノアが首を傾げる。
国王は楽しそうに指を折り始めた。
「『誠実な女性でした』」
「『仕事ぶりが美しいのです』」
「『部下への接し方を見習いたい』」
「『また会いたいと思ってしまいました』」
「父上!」
ウィリアムが慌てて止めに入る。
「そこまでです!」
国王は肩を揺らして笑う。
「すまん、すまん。つい嬉しくてな」
エレノアは思わず口元を押さえた。
港では冷静で落ち着いていたウィルが、父親の前では年相応の青年になっている。
その姿が可笑しくて、そして少しだけ愛おしく思えた。
一方のウィリアムは、そんな彼女の笑顔を見て胸の奥が温かくなるのを感じていた。
港で初めて見た笑顔。
半年経った今も、変わらない。
いや。
会えなかった半年があったからこそ、以前よりずっと眩しく見えた。
その様子を見ていた国王は、隣の外務大臣であるロジャーへ小声で囁く。
「あれがフックの言っていた例の娘だな」
「はい、陛下」
「殿下が初めて、自分の肩書きではなく『自分自身』を見てもらえた相手です」
国王は静かに頷いた。
「ならば、父親として背中を押してやらねばなるまい」
その言葉の意味を、この場で知る者はまだ誰もいなかった。
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