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【完結】妹として迎えた婚外子が、私から夫まで奪いました  作者: モーヒアス


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番外編 エレノアの恋 第4話「星降る港」

 ヴァーレン商会がヴァルハイムを発つ前夜。

 夕暮れの商館へ、ウィルが訪ねてきた。


「エレノア様」


 穏やかな声に顔を上げると、いつものように柔らかな笑みを浮かべている。


「今夜、お時間はございますか?」

「もちろんです。何かございましたか?」

「船の荷室を、一つご覧いただきたくて」


 仕事の話なのだろう。

 そう思い、エレノアは微笑んで頷いた。


「喜んで」


 日が沈み、港は昼間とはまるで別の世界だった。

 波が静かに岸壁を叩き、潮風が頬を撫でる。


 遠くで船員たちの笑い声が聞こえ、潮風が二人の間を優しく吹き抜けていく。


「夜の港へ来るのは久しぶりです」


 エレノアが小さく呟く。


「昼も好きですが、夜は……少し特別ですね」

「はい、私もそう思います」


 隣から返ってきたウィルの声は穏やかで、不思議と心地よかった。

 沈黙が続いても気まずくない。

 そんな相手は、いつ以来だろう。


「こちらです」


 船内へ案内される。

 扉が開いた瞬間、エレノアは思わず息を呑んだ。


「……これは」


 天井近くまで積み上げられた木箱。

 高さも間隔も寸分違わず揃えられ、一本伸びる通路は真っ直ぐで、番号札までも規則正しく並んでいる。

 まるで一つの芸術作品だった。


「なんて……美しいの」


 思わず零れた本音。

 その一言に、ウィルは目を丸くし、すぐに嬉しそうに笑った。


「やはり、あなたならそう仰ると思っていました」

「え?」

「皆、『見事だ』『すごい』とは言います。でも、『美しい』と言った方は、あなたが初めてです」


 エレノアは照れたように笑う。


「整った仕事には、人の誇りが見える気がするんです」

「……ええ」


 ウィルは静かに頷いた。


「偶然ですね。私も同じ考えです」


 二人の視線が重なる。

 ほんの一瞬。

 それだけなのに、どちらともなく笑みが零れた。


「実は」


 ウィルは木箱を軽く叩く。


「この積み方は、船員たちが自分たちで考えたものなんです」

「皆さんが?」

「ええ。荷崩れを防ぎ、港へ着いた時に一番早く荷を降ろせるよう工夫しています」


 エレノアは木箱の間を歩きながら目を細める。


「重い荷は中央。湿気に弱い物は上段。積み替えが多い荷は入口側……」


 迷いなく次々と言い当てる。


「これなら荷役時間もかなり短縮できますね」

「さすがです」


 ウィルは思わず見惚れてしまう。

 美しいからではない。

 仕事を語るその横顔が、あまりにも生き生きとしていたからだ。


「私は現場を見るのが好きなんです」


 エレノアは木箱を優しく撫でながら言う。


「帳簿だけでは、人の努力は見えてきませんから」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。

 利益だけを見る者なら、王宮にも商人にも数え切れないほどいた。

 だが、この人は違う。

 働く人を見ている。

 人々が積み上げた努力を見ている。


(……この人なら)


 父王が理想を語る時、いつも口にしていた言葉が浮かぶ。


『人を見よ』


 この人なら、その意味を理解してくれる。


(ヴァルハイムへ迎えたい)


 気付いた瞬間、自分で驚いた。

 出会ってまだ十日も経っていない。

 それなのに、隣に立つこの時間が、ずっと前から続いていたように感じてしまう。




 荷室を出ると、空いっぱいに星が広がっていた。

 海面にも無数の星が揺れ、まるで夜空がそのまま海へ溶け込んだようだった。


「綺麗……」


 エレノアは自然と足を止める。

 その横顔を、ウィルは思わず見つめてしまう。

 星よりも、その瞳の方が美しいと思ってしまった自分に苦笑する。


「ヴァルハイムでも、この季節はこんな星空なのですか?」

「ええ」

「是非一度、見てみたいです」


 その何気ない一言が、ウィルの胸へ真っ直ぐ届く。


 連れて行きたい。

 一緒に、この景色を見たい。


 そんな願いが、自然と浮かんでしまう。


「……でしたら」


 思わず口を開く。

 けれど、続きは飲み込んだ。

 まだ言えない。


『私の国へ来てください』


 その言葉には、自分でも気付かないほど多くの想いが込められてしまう気がしたからだ。


 その時だった。


「殿……っ!」


 一人の船員が駆け寄ってきて、エレノアの姿を見るなり慌てて口を押さえた。


「し、失礼しました!」

「何かございましたか?」

「い、いえ!」


 慌てる船員に、ウィルは苦笑する。


「構わない。報告を」


 船員は背筋を伸ばえ、騎士のような礼を取った。

 その姿を見て、エレノアは静かに微笑む。


(やっぱり)


 この人は、ただの商会の担当者ではない。

 けれど、聞こうとは思わなかった。

 話せない理由があるのなら、それを尊重したい。

 この人ならいつかきっと、自分から話してくれる。

 不思議なくらい、そう信じられた。




「申し訳ありません。アイツにはキツく言っておきます」


 船へ戻ったウィルは、副船長の言葉に小さく笑う。


「いや、かまわん。それより、もう隠し切れないかもしれない」

「いいえ、殿下」


 副船長は楽しそうに肩を竦めた。


「エレノア様は、とっくにお気付きでしょう」

「……やはりそうだろうな」

「それでも何も聞かれないのは、殿下を信じてくださっているからです」


 ウィルは港の灯を見つめる。


 心が、静かに満たされていた。


 尊敬なのか。


 憧れなのか。


 それとも——恋なのか。


 まだ答えは出ない。


 ただ一つだけ分かることがある。


 ヴァルハイムへ帰れば、きっとまた忙しい日々が始まる。


 それなのに今は、別れの日が少しだけ遠ければいいと願っている自分がいた。


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