番外編 エレノアの恋 第1話「海を渡ってきた男」
[日間]総合 21位!
[日間]異世界〔恋愛〕 8位!
嬉しすぎて泣きそう。
皆さま、本当にありがとうございます。
本日より番外編「エレノアの恋」スタートします。
10話くらいで考えております。
どうぞ最後までお付き合いください。
離縁から半年。
エレノアは以前にも増して忙しい日々を送っていた。
侯爵家を離れたあと、実家には戻らずに王都に「エレノア商会」という小さな商館を構えた。
とはいえ、実際に扱う品は決して小さくない。
ワイン、香辛料、薬草、織物。
さらには近年人気が高まっている海産加工品まで。
「エレノア様」
秘書が一通の書状を持ってくる。
「ヴァルハイム王国の船が入港したそうです」
「予定より二日早いですね」
「港の責任者も驚いておりました」
エレノアは書類から顔を上げる。
ヴァルハイム王国。
海を隔てた北西の大国。
優れた造船技術と航海術を持ち、近年急速に交易を広げている国だ。
エレノア商会にとって今回が初めての本格的な取引になる。
「私も港へ向かいます」
「かしこまりました」
王都の港。
巨大な帆船が静かに停泊していた。
甲板には見慣れない制服の船員たち。
積み荷は丁寧に縄で固定され、一つひとつに国章が焼き印されている。
(きちんとしているわ)
エレノアは心の中で頷く。
荷物の積み方を見るだけでも、その組織が分かる。
荷崩れしない配置。
無駄のない動線。
船員同士の息もぴったり合っている。
現場を大切にする組織だ。
「お待たせしました」
船から一人の青年が降りてきた。
濃紺の外套。
陽に焼けた肌。
短く切り揃えた金髪。
年齢は二十五、六だろうか。
「初めまして」
柔らかな笑みを浮かべ、一礼する。
「ヴァーレン商会の担当者、ウィル・ハイムと申します」
「エレノア商会のエレノア・アシュフォードです」
握手を交わす。
その手は驚くほど硬かった。
(商人の手ではない)
剣だろうか。
それとも船の綱を握り続けた手だろうか。
少なくとも、帳簿だけを触っている人間ではない。
「長旅、お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
「航海は順調でしたか?」
「嵐に一度遭いました」
「まぁ、お怪我はありませんか?」
ウィルは笑って答える。
「私は立っているのがやっとでした。船員たちが優秀なおかげで無事、安全に航海できました」
普通なら自分の手柄を語る場面だ。
しかし彼は真っ先に部下を褒めた。
(……良い方)
それがエレノアの第一印象だった。
積み荷の確認が始まる。
「こちらは北海産の干し鱈」
「こちらは琥珀」
「香木は湿気に弱いため、こちらへ」
指示は簡潔で的確だった。
誰一人として迷わない。
船員たちも即座に動く。
(やっぱり)
エレノアは確信する。
この人はただの担当者ではない。
少なくとも、ヴァーレン商会全体を預かる立場の人間だ。
「何かございましたか?」
視線に気付いたのか、ウィルが笑う。
「いえ」
エレノアも微笑み返す。
「担当者の方にしては、随分現場慣れというか……統率力が長けていらっしゃると思いまして」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
ウィルの笑みが止まった。
「……そう見えますか?」
「ええ」
「昔から船が好きで港の積み下ろしの現場をよく見ていたからだと思います」
さらりと答える。
嘘ではない。
だが、本当でもない。
そんな答え方だった。
エレノアはそれ以上追及しなかった。
人には事情がある。
聞かれたくないこともある。
それを無理に探るのは、自分の流儀ではない。
その姿勢に、今度はウィルの方が少し驚いた。
(聞かないのか)
他国の商人なら、出自や経歴を根掘り葉掘り尋ねてくる。
この女性、エレノアは違った。
必要以上には踏み込まない。
それでいて、人をよく見ている。
「エレノア様」
「はい」
「今回のお取引ですが」
「ええ」
「末永く、お付き合いいただければ幸いです」
その言葉に、エレノアは優しく微笑んだ。
「ええ、こちらこそ。私も、そうなれたら嬉しいです」
その笑顔を見た瞬間。
ウィルは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
この国へ来る前、父王は言った。
『肩書きを隠して見てこい。真に信用できる相手は、王子だから頭を下げる者ではない。お前という人間を見てくれる者を探せ』
目の前の女性は、自分がただの担当者だと思っている。
それでも礼を尽くし、敬意を払い、部下にまで気を配る。
(なるほど)
ウィルは心の中で小さく笑った。
(父上が外を見せたがるわけだ)
二人はまだ知らない。
この出会いが、やがて二つの国を結ぶ縁になることを。
感想、レビュー、☆、励みになります(小躍りします)




