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【完結】妹として迎えた婚外子が、私から夫まで奪いました  作者: モーヒアス


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第十話 私が持っていくもの

 離縁の日。

 侯爵家の応接間には、公証人と双方の代理人が集められていた。

 窓から差し込む朝日が、重苦しい空気を照らしている。

 エレノアはいつもと変わらぬ淡い青のドレスをまとい、静かに席へ着いた。

 向かいにはアレクシス。

 その隣には、まだふくらんでもいないお腹を大切そうに撫でるリリアが座っている。

 二人とも、どこか晴れやかな表情だった。

 今日で邪魔者がいなくなる。

 そんな安堵が見て取れる。

 公証人が書類を広げた。


「双方とも、離縁について異議はございませんか」

「ありません」


 アレクシスは即答した。


「エレノア様は」

「異議はありません」


 静かな声だった。


「では、この書類にご署名を」


 二人が署名を終える。

 これで夫婦ではなくなった。

 アレクシスは大きく息を吐く。


「……ありがとう」


 その顔には、罪悪感よりも解放感が浮かんでいた。

 エレノアは何も言わない。

 公証人は次の書類を手に取る。


「続きまして、財産分与について確認いたします」

「その件なら簡単です」


 アレクシスが口を開く。


「侯爵家の財産は侯爵家に残る。当然でしょう」

「ええ」


 エレノアはあっさり頷いた。


「侯爵家の財産は、そのまま侯爵家へ」


 予想外の返事に、アレクシスは少し拍子抜けしたようだった。


「分かってくれて助かる」

「ですが」


 エレノアは一枚の書類を机へ置いた。


「私の財産は、すべて持ち帰ります」


 アレクシスが眉をひそめる。


「何を言っている」

「持参金、嫁入り道具、父から相続した個人資産、私名義の投資、そして私個人が締結した商会との契約」


 一つずつ、静かに読み上げる。


「すべて私の個人所有財産です」

「そんなもの、大した額では——」

「アレクシス様」


 公証人が静かに口を挟んだ。


「契約書をご確認ください」


 書類が次々と机へ並べられる。

 一枚。

 また一枚。

 さらに一枚。

 アレクシスの顔色が変わっていく。


「……これは」

「王都南部のワイン商会。

 北方羊毛商会。

 薬草組合。

 東部港湾ギルド。

 すべて契約者はエレノア様個人となっております」


 公証人が淡々と説明する。


「侯爵家ではございません」


 リリアが青ざめた。


「そ、そんな……それでじゃあ侯爵家の財源のほとんどが…」


 エレノアは静かに微笑む。


「結婚する前、父が言いました」


『人を信じることは大切だ。だが、自分の力まで手放してはいけない』


 だから持参金だけでなく、商会との契約もすべてエレノア個人の名義にしていた。

 アレクシスは椅子から立ち上がる。


「待て!」

「契約は侯爵家のために結んだものだ!」

「違います」


 エレノアは初めて彼を真っ直ぐ見た。


「私は侯爵家のために働きました。でも、契約を結んだのは私です」


 その一言で、部屋は静まり返る。

 公証人が最後の書類を読み上げる。


「なお、契約解除の通知はすでに各商会へ発送済み」

「本日をもって、すべて終了となります」


 アレクシスは愕然とした。


「発送済み……?」

「昨日付で受理されております」


 つまり。

 今日この瞬間から。

 侯爵家は最大の取引先を一斉に失った。

 リリアがお腹を押さえながら震える。


「義兄様……」

「違う……」


 彼は首を振る。


「何かの間違いだ」

「間違いではありません」


 エレノアは立ち上がる。


「私は約束どおり、侯爵家の財産には一切手を付けません」


 そして穏やかに続けた。


「ただ、自分のものを持って帰るだけです」


 その言葉は静かだった。

 だが、夫と妹だった人にとっては、どんな怒声よりも重く響いた。

 応接間を出るエレノアの背中を、誰も引き止めることはできなかった。



 その頃、王都では一斉に複数の商会へ一通の手紙が届けられていた。


『本日をもちまして、エレノア・アシュフォードは侯爵家との契約代理人を退任いたします』


侯爵家の崩壊は、まだ始まったばかりだった。


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