第8話「水面下の不協和音」
オーガキング事件から数日後。
学園は騎士団による調査が入り、一時騒然となったが、結局「高ランクの魔獣が偶然迷い込んだ事故」として処理された。
だが、俺は納得していなかった。
あの魔獣の異常な強化、出現場所の不自然さ。
あれは絶対に偶然などではない。
何者かの意図が介在している。
もし、この世界がゲームのシナリオから外れ、未知の脅威が迫っているとしたら?
俺が目指す『平穏な生活』は、国そのものが安定していて初めて成り立つものだ。
国が転覆でもしたら、公爵令息もへったくれもない。
破滅ルートどころか、デッドエンド直行だ。
『調べるしかない……』
俺は覚悟を決めた。
もはや見て見ぬふりはできない。
俺はクラインフェルト公爵家の権力と財力を、このとき初めて自分の意志で利用することにした。
信頼できる情報屋を幾人も雇い、あの日、学園の森の周辺で不審な人物や痕跡がなかったか、徹底的に調査を開始させたのだ。
放課後の図書館。
俺は一人、山のような資料と格闘していた。
調査報告書、王国の歴史書、近隣諸国の情勢報告。
俺の行動は、当然のように仲間たちの目に留まっていた。
「ジーク、また何か調べているのか? あの事件のことか?」
アレンが心配そうに声をかけてくる。
「……少し、気になることがあってな」
「何か分かったら、私にも教えてくれ。君の直感は、どんな情報よりも信頼できる」
『直感じゃなくて、ゲームの裏設定とメタ読みなんですけど……』
「ジーク様! 調査でしたら、このカイルにお任せを! どのような命令でも!」
カイルが筋肉を盛り上がらせながら志願してくる。
『君は脳筋だから、隠密調査には向かないんだよ……』
リリアとソフィアも、遠巻きに心配そうな顔で俺をみている。
俺は彼らの善意をかわしつつ、一人で調査を続けた。
下手に彼らを巻き込むわけにはいかない。
数日後、情報屋から一つの報告が届いた。
『事件当日、森の近くで、アルトリア王国ではみ慣れないローブをまとった男が目撃されていた。男が立ち去った後には、微量の瘴気と、特殊な魔法薬の残り香があった』
報告書に添えられていたのは、その魔法薬の成分分析データだった。
俺はそのデータを見て、息を呑んだ。
『この成分……間違いない。ガルニア帝国の『狂戦士の秘薬』だ』
ガルニア帝国。
アルトリア王国の西に位置する、好戦的な軍事大国。
原作ゲームでは、背景設定として名前が出てくるだけで、物語には直接関わってこなかった国だ。
だが、俺は知っている。
ゲームの没シナリオの中に、この帝国がアルトリア王国への侵略を企てるという、シリアスな戦争ルートが存在したことを。
『狂戦士の秘薬』は、その戦争ルートで帝国が魔獣を生物兵器として利用するために開発したとされる、禁断の秘薬だ。
つまり、あのオーガキングは、ガルニア帝国の人間によって人為的に強化され、学園にけしかけられたということになる。
なぜ?
目的はなんだ?
学園を混乱させることか?
それとも、王族であるアレンや、聖女であるリリアを狙ったテロ行為か?
いや、もっと大きな目的があるはずだ。
俺は思考を巡らせる。
ゲームの世界では語られなかった、国家間の水面下の暗闘。
国家転覆を狙う、巨大な陰謀。
俺は、自分がとんでもないものに首を突っ込んでしまったことを自覚した。
だが、もう後戻りはできない。
この陰謀を止めなければ、俺の平穏は絶対に訪れない。
『このままでは、国が滅ぶ』
破滅フラグ回避なんて、ちっぽけな話じゃない。
俺は、自分の意志とは無関係に、この国の運命そのものと向き合わなければならなくなっていた。
俺の胃は、もはやキリキリという音を通り越して、悲鳴を上げていた。




