第9話「羊の皮を被った黒狼」
ガルニア帝国の陰謀。
その存在に気づいてしまった俺は、次なる行動を模索していた。
王国の危機だ。
本来であれば、すぐにでもアレン王子に全てを話し、王家として対処してもらうのが筋だろう。
だが、俺はためらった。
第一に、情報源を説明できない。
「ゲームの没シナリオで知りました」などと言えるはずがない。
第二に、敵は既に王国内部に潜入している可能性が高い。
下手に動けば、情報を握り潰されるか、最悪、俺が帝国のスパイだと疑われかねない。
『……匿名で、情報をリークするか』
俺は意を決し、情報屋経由で、極秘にアレン王子へ警告書を送ることにした。
『王立魔法学園に、ガルニア帝国の間者が潜入している。目的は聖女リリアの拉致、あるいはその力を利用した王都結界の破壊。ご注意されたし』
簡潔だが、要点は伝わるはずだ。
これを受け取ったアレンが、彼の父親である国王に報告すれば、きっと内々に調査が始まるだろう。
数日後。
俺はアレンの様子を注意深く観察していたが、彼に焦る様子は全くみられなかった。
それどころか、いつも通り「ジーク、今日の昼食はどうする?」などと呑気なことを言ってくる。
『おかしい。情報が届いていないのか? それとも、握り潰された……?』
嫌な予感が、俺の胸をよぎる。
俺は、自分の読みが甘かったことを悟った。
帝国のスパイは、俺が思うよりもずっと深く、王国の中枢近くまで潜入しているのかもしれない。
一体、誰がスパイなんだ?
俺は学園内の教職員や生徒たちを、改めて観察し始めた。
誰もが怪しく見える。
疑心暗鬼に陥りそうになった、そのときだった。
昼休みの廊下で、俺は一つの光景を目にした。
聖女リリアが、一人の教師と楽しげに話している。
その教師は、魔法史を担当するニコライ先生。
いつもにこやかで、生徒からの人気も高い、温厚な中年男性だ。
「リリアさん、あなたの聖なる力は素晴らしい。ですが、まだ制御が不安定なようですね。もしよければ、放課後、私が個人的に力の制御法を指導してあげましょう」
「本当ですか、ニコライ先生! ありがとうございます!」
人好きのする笑顔。
親切な申し出。
だが、その光景をみた瞬間、俺の脳内で警報が鳴り響いた。
『……待て』
ゲームの記憶を、もう一度、隅々まで探る。
ニコライ先生。
そうだ、彼はゲームにも登場する。
ただのモブ教師として。
特にイベントもなく、背景の一部として存在するだけの男。
だが、本当にそれだけだったか?
開発者ブログの隅に書かれていた、小さな裏設定を思い出した。
『ニコライ先生は、当初、ガルニア帝国から送り込まれたスパイという設定でした。聖女を懐柔し、その力を利用して王国を内部から崩壊させるという黒幕でしたが、物語が複雑になりすぎるため、没になりました』
――没設定。
あのオーガキングと同じ、ゲームの表には出てこなかった、裏の情報。
俺の背中に、氷水を浴びせられたような悪寒が走った。
もし、この世界が、ゲームの『没シナリオ』をなぞって進んでいるとしたら?
黒幕は、ニコライ先生。
羊の皮を被った、黒き狼。
彼の目的は、リリアを懐柔し、彼女の持つ膨大な聖なる力を悪用すること。
そして、その力で王都全体を守っている『守護結界』を内部から破壊し、帝国の本隊を招き入れることだ。
俺は唇を噛みしめた。
リリアが危ない。
そして、この国が、本当に滅びる。
もう、匿名での警告などという悠長な手は使えない。
俺は、直接行動するしかない。
たとえ、それが俺を目立たせ、平穏からさらに遠ざける行為だとしても。
破滅回避のためには、まず、この世界そのものが存在していなければ、話にならないのだから。




