第10話「王都防衛狂詩曲」
俺の危惧は、最悪の形で現実となった。
その日の夕暮れ。
王都の上空が、不気味な紫色の魔力で覆われ始めた。
王都の四方に設置された守護結界の塔が、軋むような音を立てている。
ニコライが動いたのだ。
彼はリリアを騙して結界塔の一つに連れて行き、彼女の聖なる力を逆流させ、守護結界の機能を麻痺させたに違いない。
案の定、街のあちこちから悲鳴が上がる。
弱体化した結界の隙間から、無数の魔獣が召喚され、王都になだれ込んできたのだ。
ガーゴイルが空を舞い、巨大なゴーレムが道を破壊する。
王都は大混乱に陥った。
出動した騎士団も、あまりに数が多く、広範囲に出現した魔獣たちに翻弄され、組織的な動きが取れていない。
俺は学園の時計塔の上から、地獄絵図と化した王都を見下ろしていた。
傍らには、事態を飲み込めていないアレン、カイル、そしてソフィアがいる。
リリアは、ニコライに連れ去られたのか、ここにはいない。
「な、なんてことだ……。騎士団は何をしている!」
アレンが歯噛みする。
「もう、悠長なことは言っていられない」
俺は覚悟を決めた。
もう、正体を隠している場合じゃない。
「いいか、よく聞け。これはガルニア帝国の仕業だ。黒幕はニコライ。奴はリリアの力を利用して結界を破壊し、この王都を魔獣で蹂躙するつもりだ」
俺の口から淀みなく語られる真実に、三人は絶句した。
「なぜ、君がそれを……」
アレンの問いを、俺は手で制した。
「説明は後だ。今、俺たちがやるべきことは一つ。この国を守ることだ。破滅回避のためには、国そのものがなくなっては元も子もないんでな」
最後の言葉は、つい本音が出た。
だが、彼らには違う意味で聞こえただろう。
俺は、今まで勘違いで周囲に植え付けてきた『全てを見通す冷徹なカリスマ』という虚像を、この絶体絶命の状況で、意図的に利用することにした。
「アレン!」
俺は王太子を、初めて呼び捨てにした。
「君は騎士団の指揮権の一部を持っているはずだ。今すぐ伝令を出し、分散している部隊を三つに再編させろ! 第一部隊は王城の防衛、第二部隊は民間人の避難誘導、第三部隊は俺たちの指揮下に入れ!」
「なっ……!?」
「カイル! お前は第三部隊の先頭に立て! 脳筋のお前にはそれが一番合ってる! 敵陣に突っ込み、敵の指揮官クラスの魔獣を叩け!」
「承知!」
「ソフィア! 君は魔法が得意だったな。後方から、広範囲の防御魔法と援護射撃に専念しろ! カイルの無茶な突撃から、仲間たちを守るんだ!」
「お任せください!」
俺の矢継ぎ早の指示に、三人は戸惑いながらも、その瞳には力が宿り始めていた。
俺の揺るぎない態度が、彼らに覚悟を決めさせたのだ。
俺は、彼らの中に、自分でも気づいていなかった信頼が根付いていることを、このとき初めて実感した。
「ジーク……。君は、どうするんだ?」
アレンが問う。
俺は、ニコライとリリアがいるであろう、最も魔力の渦が強い中央結界塔を睨みつけた。
「俺は、元凶を叩く」
俺の「計算高いカリスマ(と勘違いされているもの)」が、この国の存亡を賭けた戦いで、今、真価を発揮しようとしていた。
俺はただ、平穏な明日がほしかっただけだ。
そのために、俺は今日、この地獄の指揮官になる。




