第11話「悪役のまま、英雄になる」
王都は、戦場と化していた。
俺の指示通り、アレンは王太子としての権限を行使して騎士団を再編し、カイル率いる突撃部隊が魔獣の群れに風穴を開け、ソフィアの魔法が仲間たちを守り、戦線を支えていた。
彼らは、俺が思っていた以上に優秀だった。
いや、俺が彼らの力を信じたからこそ、彼らはその期待に応えてくれたのかもしれない。
だが、戦況は依然として厳しい。
敵の数は減らない。
大元を叩かない限り、この戦いは終わらない。
俺は単身、魔力の渦巻く中央結界塔へと向かっていた。
塔の最上階。
そこに、全ての元凶がいるはずだ。
階段を駆け上がり、最上階の扉を蹴破る。
「――やはり来たか、ジーク・フォン・クラインフェルト」
そこにいたのは、邪悪な笑みを浮かべるニコライと、彼の後ろで魔法陣に囚われ、意識を失っているリリアの姿だった。
ニコライは、もはや温厚な教師の仮面を捨て去り、全身から黒い瘴気を放っていた。
「なぜ、私の計画が分かった? どこで情報を得た?」
「さあな。お前のような小物に教える義理はない」
俺は内心『全部ゲームの没設定のおかげです』と思いつつ、あくまでクールに言い放つ。
もう、このキャラを演じきるしかない。
「フン、クラインフェルトの若造が。貴様一人が来たところで、何ができるというのだ!」
ニコライが手をかざすと、彼の周囲の空間が歪み、禍々しい魔力の槍が十数本も形成される。
「この国と共に、ここで死ね!」
魔力槍が一斉に俺めがけて飛んでくる。
だが、遅い。
俺はジークとして生きてきたこの十数年、いつか来るかもしれない破滅に備え、魔法も剣も、それこそ死ぬ気で鍛え上げてきたのだ。
俺は懐から抜き放ったサーベルで、迫りくる槍を寸分の狂いもなく弾き、斬り払い、ときには最小限の動きで回避する。
「なっ……!? 貴様、その動き……ただの学生ではないな!?」
「今更気づいたか。愚鈍だな」
俺は一足飛びに間合いを詰め、ニコライに斬りかかる。
激しい剣戟が暗闇に火花を散らした。
鋭い金属音が石造りの塔の最上階に響き渡る。
戦闘の最中、ニコライは血走った目で狂ったように叫んだ。
「なぜだ! 貴様のような、己の欲望とプライドのためだけに生きる冷酷な男が、なぜ国を守る! 聖女をいじめて楽しむような悪役が、なぜ英雄の真似事などする!?」
その言葉は、図星だった。
俺は英雄じゃない。
ただ、自分の平穏がほしいだけだ。
自分の命が惜しいだけだ。
この国がどうなろうと、俺が安らかに暮らせるならそれでいい。
それが俺の本音だ。
『俺はただ、死にたくないだけだ!』
心の中で、俺はそう叫んだ。
だが、口から出た言葉は、全く違うものだった。
俺は、血を流しながらも、憎悪に満ちた目で俺を睨むニコライを、冷徹な紫の瞳で見据えて、静かに言い放った。
「――この国と、そこに生きる者たちに仇なす者は、誰であろうと私が許さない」
それは、アレンが、カイルが、ソフィアが、そしてリリアが信じてくれている『俺』の言葉。
俺が演じ続けてきた、勘違いの産物である『理想のジーク・フォン・クラインフェルト』の言葉だった。
その言葉に、一瞬、ニコライの動きが止まる。
その隙を、俺は見逃さなかった。
俺の剣が、彼の防御魔法を突き破り、その胸を深く貫いた。
「が……はっ……」
ニコライは信じられないという顔で俺を見上げ、やがて床へと崩れ落ちた。
それと同時に、リリアを縛っていた魔法陣が光を失い、彼女は気を失ったまま床に倒れ込む。
王都を覆っていた邪悪な魔力の渦も、嘘のように晴れていった。
戦いは、終わった。
俺はサーベルを杖代わりに、荒い息をつく。
振り返ると、気を失ったリリアの傍らで、月明かりを背に受けて立つ、銀髪の公爵令息の姿があった。
その姿は、遅れて駆けつけてきたアレンや騎士たちの目に、まさしく『国を愛し、たった一人で巨悪を打ち破った、孤高の英雄』として、強く、強く焼き付いたのだった。




