第5話「王太子の揺るぎなき信頼」
俺の胃痛の種は尽きない。
次にやってきたのは、アレン王子との合同魔法演習だった。
アレン・フォン・アルトリア。
この国の王太子であり、原作では最強の攻略対象。
そして、ジークにとっては最大のライバルであり、卒業パーティーで俺を断罪する張本人だ。
当然、関わりたくない人物ナンバーワンである。
しかし、学園のカリキュラムは非情だ。
成績優秀者同士でペアを組ませるという、迷惑極まりない演習が組まれてしまった。
結果、俺はアレン王子とペアを組む羽目に。
最悪だ。
演習の課題は、「古代遺跡に設置された魔法陣を、二人一組で解読・無力化せよ」というもの。
俺はゲームの記憶をフル回転させた。
そうだ、このイベント、知っている。
アレン王子は万能に見えて、実は一つだけ致命的な弱点がある。
それは、複雑怪奇な『古代魔法陣』の解読だ。
彼は生真面目すぎて、セオリー通りの解読法に固執し、応用が利かない。
原作では、ジークがこの弱点を嘲笑し、アレンのプライドを傷つける。
それが二人の間の決定的な亀裂となるのだ。
『ならば、俺がやるべきことは一つ』
目立たず、騒がず、アレンの邪魔をせず、彼が自力で解読するのをひたすら待つ。
そして時間切れで演習失敗。
評価は下がるかもしれないが、破滅に比べれば安いものだ。
演習が始まり、俺とアレンは遺跡の最奥にある巨大な魔法陣の前に立った。
「……これは、古代ガルニア帝国のものか。厄介だな」
アレンは眉間にしわを寄せ、腕を組んで魔法陣を睨みつける。
俺はその後ろで、「そうですね」と生返事をしながら、壁の模様でも観察しているフリをした。
アレンは教科書通りの手順で解読を試みる。
だが、この魔法陣は意地の悪いトラップが仕掛けられた特殊なものだ。
正攻法では絶対に解けない。
ゲームでは、ヒロインが偶然(というご都合主義)で弱点に気づき、アレンを助ける展開だった。
一時間が経過した。
アレンの額には汗がにじみ、焦りの色が濃くなっている。
「くそっ、なぜだ……。どこかで見落としが……」
『だから、そこじゃないんだよなあ……』
俺は心の中でツッコミを入れる。
弱点はそこじゃない。
魔法陣の右上、一見するとただの装飾にしかみえない文様。
そこがエネルギー供給のダミー回路になっていて、そこを先に潰さないと、本体に干渉できない仕組みなのだ。
みていてじれったい。
だが、俺は口出しできない。
関わってはならない。
そう思っていたのに。
「……クラインフェルト卿」
アレンが、苦渋に満ちた声で俺を呼んだ。
「何か、気づいたことはないか。どんなささいなことでもいい」
プライドの高い彼が、ライバルである俺に意見を求める。
よほど追い詰められているのだろう。
『ここで「何も」と答えるのが正解だ』
そう頭では分かっていた。
だが、目の前で必死に答えを探している人間を前にして、答えを知っているのに黙っているのは、前世の社畜根性が許さなかった。
プロジェクトの行き詰まりを見過ごせない、あの感覚だ。
「……そう、ですね」
俺は悩んだ末、あくまで「偶然気づいたフリ」で助言することにした。
「先ほどから気になっていたのですが……。あの文様だけ、他と少しだけ魔力の流れが違うような……気がします。気のせいかもしれませんが」
俺は魔法陣の右上を指差した。
あくまで自信なさげに、偶然を装って。
完璧な演技だったはずだ。
アレンは俺が指差した場所を、疑わしげな目で見つめた。
そして、特殊な魔力探知のグラスをかけて、もう一度そこをみる。
彼の表情が、驚愕に変わった。
「……ばかな。これは……偽装回路だと!? こんな巧妙なトラップが……! なぜ……分かったんだ? この偽装は、最高位の魔術師でも見破るのは困難なはずだぞ」
「い、いえ、本当に偶然です。何となく、そうみえただけで……」
俺は視線を泳がせ、必死にごまかそうとする。
しかし、その控えめな態度すらも、アレンには己の過ちを気遣う優しさとして映ったのだろう。
アレンは俺の言葉を全く聞いていなかった。
彼は感動と畏敬の念に打ち震えていた。
『なぜ……? なぜ俺の最大の弱点である古代魔法陣の、その核心を、彼はいとも容易く見抜いたんだ? 俺が一人で悩み、苦しんでいたこの一時間を、彼は黙って見守っていてくれた。俺のプライドを傷つけないように。そして、俺が助けを求めた瞬間に、まるで最初から答えを知っていたかのように、的確な助言を……。彼は、俺以上に、俺という人間を理解してくれている……!』
アレンの中で、俺に対する「ライバル」という認識が、「唯一無二の理解者」へと書き換わる音がした。
彼は俺の肩をガシッと掴んだ。
「ジーク! 君はすごい奴だと知っていたが、これほどとは……! 君は、俺の最高の親友だ!」
呼び方が「クラインフェルト卿」から「ジーク」に変わっている。
距離の詰め方がおかしい。
満面の笑みでそう宣言するアレン。
俺は、ただただ引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
『親友……? 断罪する相手と親友になるなよ……!』
この日を境に、アレンは何かにつけて「ジークの意見を聞きたい」「ジーク、相談があるんだ」と俺のところにやってくるようになった。
王太子直々の頼みを無下にできるはずもなく、俺の胃痛は慢性化の一途を辿ることになるのだった。




