第4話「騎士の誓いは勘違いと共に」
勘違いの種を順調に(?)ばら撒いてから数週間後、騎士道クラスの剣術訓練で、俺は新たなフラグに直面していた。
相手は、カイル・フォン・ベルガー。
騎士団長の息子で、将来を有望視される騎士の卵だ。
性格は実直そのものだが、良くも悪くも単純で、一度思い込んだらテコでも動かない、いわゆる脳筋タイプ。
原作では、この模擬戦でジークがカイルを完膚なきまでに叩きのめす。
プライドをズタズタにされたカイルはジークに深い遺恨を抱き、ことあるごとに対立。
最終的には、断罪の場でジークの罪を告発する主要人物の一人となるのだ。
『これも絶対に避けなければならないフラグだ』
対策はシンプル。
負ければいい。
いや、露骨に負けると「公爵家嫡男が騎士団長の息子に忖度した」などと面倒な噂が立つ可能性がある。
だから、「惜しくも負けた」くらいの、いい勝負を演出しなければならない。
「始め!」
教官の号令と共に、俺とカイルは木剣を構えて対峙する。
カイルは猪突猛進。
開始と同時に、荒々しい気迫と共に突っ込んできた。
「うおおおおっ!」
振り下ろされる木剣。
速いし、重い。
だが、致命的に大振りだ。
俺はこのジークの身体に宿ってからというもの、破滅回避のための護身術として剣の訓練を欠かさなかった。
その結果、元々の身体能力の高さも相まって、実力は騎士団の精鋭クラスにまで達していた。
正直、カイルの動きはスローモーションにみえる。
『危ない危ない。普通にやったら一撃で終わってしまう』
俺は最小限の動きでカイルの剣をいなし、わざとらしく体勢を崩してみせる。
「くっ……!」
『よし、いい感じに苦戦してるようにみえるぞ!』
カイルは俺が押されているとみたのか、さらに猛攻を仕掛けてくる。
「どうした、ジーク様! その程度か!」
『その程度だよ! だから早く俺を打ち負かしてくれ!』
俺は内心で叫びながら、ひたすら受けに徹する。
カイルの剣筋、呼吸、重心の移動。
その全てが手に取るようにわかる。
だからこそ、彼が打ち込んできた剣の威力をギリギリで受け流し、まるで紙一重で避けているかのようにみせかけることができた。
数合打ち合ったところで、俺はわざと大きな隙を作った。
右の胴ががら空きだ。
カイルほどの男なら、この好機を見逃すはずはない。
『来い! ここに打ち込んでくれれば、俺は綺麗に吹っ飛んで負けを認められる!』
案の定、カイルはその隙を見逃さなかった。
彼の目がカッと見開かれる。
「もらった!」
渾身の一撃が、俺のがら空きの胴めがけて飛んでくる。
『よし来た!』
俺は勝利を確信した。
――だが、その瞬間。
カイルの剣が、俺に当たる寸前でピタリと止まった。
「……なっ……」
カイルが驚愕の表情で目を見開いている。
彼の視線の先は、俺の木剣の切っ先。
俺は、カイルの胴を狙うためのカウンターとして、無意識に彼の喉元へと正確に剣を這わせていたのだ。
俺がわざと隙を作った動きは、常人離れした身体能力によって、あまりにも滑らかで速すぎた。
心臓を早鐘のように打たせている俺とは対照的に、外から見れば、息一つ乱さず涼しい顔で相手を制圧したように見えていたことだろう。
それは「隙」ではなく、相手を誘い込むための完璧な「罠」に見えていたのだ。
「なぜ……だ……? なぜ俺の動きが完璧に読める? なぜ俺が次にどこを狙うか分かる? なぜ……俺が最も得意とする連撃を、いとも簡単にあしらえるんだ……?」
『いや、全部君の動きが分かりやすいからだよ!』
とは、口が裂けても言えない。
周囲で見守っていた生徒たちからも、どよめきが起こる。
「す、すごい……。カイルの猛攻を全て捌ききったぞ。捌いただけじゃない。まるで、カイルの悪い癖を指摘するように、わざとそこを打たせていなしていた……」
「あれは……そうか! 相手の力量を完璧に見極め、その上で、相手が成長できるように導くための手加減……! 神業だ……。あれほどの剣の腕を持ちながら、相手を叩きのめすのではなく、その成長を促すとは……!」
勝手な解説が聞こえてくる。
違う、違うんだ!
俺はただ負けたかっただけなんだ!
だが、時すでに遅し。
目の前のカイルは、わなわなと震えながら、手にしていた木剣をカラン、と地面に落とした。
そして、その場に膝から崩れ落ちると、俺に向かって深々と頭を下げたのだ。
「……完敗だ。俺は、あなたの掌の上で踊らされているに過ぎなかった……。俺の未熟さ、浅はかさを、あなたは全て見抜いていた。その上で、俺に気づきを与えるために、この模擬戦を……!」
『違うから! 偶然だから!』
俺の心の叫びも虚しく、カイルは顔を上げると、キラキラと輝く瞳で俺を見つめてきた。
「ジーク様! あなたこそ、俺が生涯をかけてお仕えするべき主君だ! このカイル・フォン・ベルガー、今日この日より、あなたの剣となり、盾となることを誓う!」
そう言って、彼は騎士の礼を捧げてきた。
周囲からは「おお……」という感動のため息が漏れる。
俺は、ため息をついて頭を抱えたかった。
まただ。
またやらかしてしまった。
破滅フラグを回避したつもりが、今度は忠誠心MAXの狂信的な騎士(という名のストーカー)を爆誕させてしまった。
この日から、俺がどこへ行こうとも、背後に常にカイルの熱い視線と気配を感じることになるのを、俺はまだ知らなかった。




