この世界では、それだけが勇者であることを証明する。
第7話です。
前回、デトックスを終え、震えるおじさんを見つけたお兄ちゃん。
今回は、少しだけ遡り、おじさん目線からのスタートです。
「どうしてこんなことになった……」
勇者として、強くなるための努力を怠っていた訳じゃない。
村の近くに現れるスライムを倒し続けて、もう二十年にもなるか。
スライムは俺を見れば、恐怖でぷるぷると震え上がるようになった。
俺は奴らの死神だ。
速すぎる剣から逃れられず、強すぎる剣を受け止められもしない。
容赦なくそのぷるぷるボディを真っ二つ。俺の力の前では、再生することすらできない。
大きいスライム、小さいスライム、とろとろなスライム、固めなスライム。
俺の前では、どれも儚く散っていくのだ。
隣に住むおばちゃんは「あんたはスライムを狩る天才だねぇ」と言ってくれた。
そう。俺は天才なのだ。
天に祝福され、神に愛された者は、特別な能力を生まれながらに授かることがある。
『スライムキラー』
スライムに対してのみ、圧倒的に強くなる。
これが俺の能力。俺だけの力。
この世界では、それだけが勇者であることを証明する。
『さぁさぁ時間となりました! 変化が少なくなってくるとボクが退屈なので、“円”を縮めさせていただきます!』
空から響く魔王からのアナウンスが、死の訪れを告げる。
この絶海の孤島は、今や魔王の強大な魔力によって外界から完全に遮断された“鳥籠”だ。
そして今、その鳥籠すらも狭められようとしている。
『皆様お忘れ物、逃げ遅れのないように。もたもたしてると氷になっちゃいますよー!』
円の外側。
魔王の力により具現化した絶対零度の氷の嵐が、円の内側――俺たち勇者に残されたわずかな生存領域を侵食していく。
「ここに隠れるのも限界か……!」
誰の目にも留まらないように、誰の気にも触れないように、円の隅で息を殺して隠れていたが、それもここまでのようだ。
凄まじい速度で嵐が迫る。
それは時を止めているかのように、飲み込んだ木を、岩を、命をも易々と静止させる。
逃げ場など最初からなかったのだ。
最後の一人になるまで殺し合う、この巨大な蟲毒の壺からは。
「早く止まれっての!」
縮まる距離が長いほどに、その速度は速くなる。
つい先ほどまでの俺の安息の場所は、とっくに飲み込まれていた。
「戦っていない奴は用無しってことかよ!」
背後でなにかが落ちる音がした。
空を飛んでいた一羽の鳥が落ちた音だ。
ゴトン、と。
それは、鳥が地に落ちるにはあまりにも相応しくない、硬い物体の音だった。
振り返ることはできない。
「これが、魔王の力……」
雑念が、必要のないことばかりが頭をよぎる。
考えてはいけない。足が震えてしまう。
言葉にしてはいけない。心が折れてしまう。
今はただ、今を生きるためだけに走る時だ。
「悪い癖だな。先延ばしにするの」
自嘲気味にそう呟いた。
だが、今はそれでいい。
この勇者同士の殺し合いで、きっと、なにもかもが変わるのだから。
「…………」
俺は言葉を失っていた。
氷になったからじゃない。目の前の景色に恐怖したからだ。
足がもげるほどに必死に走った。どこに向かっているかなんて知ったこっちゃない。
周りを見る余裕もなかった。
そうして俺は気が付けば、以前、戦いの中心だった場所に立っていた。今は円の隅っこだが。
ここでやり合っていた連中は見当たらない。とっくに移動したのだろう。
「……なんだよ、これ」
切り倒された巨大な樹。ひび割れた地面。
岩肌には、赤熱した巨大な爪痕が刻まれていた。
「竜でも討伐してたのか?」
そんなはずはない。
いや、聞かされていないだけで、実はこの戦場に本物が紛れ込んでいるのかもしれない。
「はは……。なんだよこれ。俺になにができるんだよ」
レベルが違う。圧倒的なまでに。
そんなことはとっくに知っていた。考えないようにしていただけだ。見えないフリをしていただけだ。
そうしないと、動けなくなってしまうから。
だが、見てしまった。わからされてしまった。
視界が滲む。やがてそれは一つ、一つと地面に染み込んだ。
「なんで、俺は……っ!」
悔しかった。
スライムを狩って、村を守った気になって、酒を飲んで、ふかふかのベッドで寝る。
そんな日常を繰り返していた俺に。
勇者ごっこをしていただけの俺に、悔しがる資格なんてあるわけがないのに。
「俺は……。俺だって本当は――」
「あのー、大丈夫で――」
「うわああああぁ! 誰!? 誰だ!?」
叫びながら、無様に尻餅をついた。
俺は何をしてるんだ。油断とかそんな次元じゃない。
戦場で、壁を前に俯いて泣きじゃくる?
どこの世界に、そんな隙だらけの勇者がいる。
「シー! シーーーッ! 大きい声出さないで! 僕に敵意はないですから! 他の人に気づかれちゃいますから!」
少年は慌てて口に人差し指を当て、必死に周囲を窺っていた。
その必死さに毒気を抜かれ、俺は辛うじて理性を取り戻す。
そうだ、落ち着け。今は目の前の事態に集中する時だ。
俺は袖で涙を拭い、目の前の少年に向き直った。
「あ、ああ。そうだな。その、すまない。取り乱した」
相手は俺より一回り幼い少年だ。
だが、その腰には一振りの剣。
間違いない。こんな場所に放り込まれている以上、彼も俺と同じ、選ばれた「勇者」だ。
少年もまた、俺がさっきまで見ていた凄惨な痕跡を、居心地悪そうに見つめていた。
「……落ち着いて話せるところに行きましょう。ここは目立ちます」
「話す? なんでだ? その、戦わないのか?」
ここは勇者たちの戦場。外界から閉ざされた檻の中だ。
最強の一人を決めるための、血塗られた蟲毒の壺。
騙し討ちか。いや、それなら俺がメソメソしている時に、背後から一突きにしていればいい。
それをしていないということは、何か別の目的があるのか。
「もちろん戦いますよ。でも――」
少年は少しだけ困ったように眉を下げ、けれどどこか吹っ切れたような、清々しい笑顔で言った。
「悲しそうな人を、放っておけないでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は自分の愚かさを恥じた。
この異常な環境のせいで、恐怖に心を支配され、最も単純で、最も大事な勇者の資質を忘れていた。
勇者とは、強さを誇る者のことではない。
弱き者に寄り添い、共に歩もうとする者のことなのだと。
第7話お読みいただきありがとうございました。
次回、おじさんの、ちょっと湿っぽいお話。
活動の、もの凄い励みになりますので、高評価やブックマーク、アドバイスや感想を是非是非よろしくお願いします。




