お出迎えにしては、随分と丁重すぎない?
「……お兄、大丈夫かな」
「魔王にやられる、といったことはあり得なさそうですけれど……やはり、心配ですわね」
「だからって、あたしたちが様子見に行って、万が一人質にでも取られたらやばいし……はぁっ」
カレンとギンカは、潮風の吹き抜ける海の見える高台に腰掛け、肩を並べてじっと水平線を見つめていた。
島を完全に包み込んでいた、あの結界のような吹雪の嵐は、もう完全に消滅している。
それを王都の人間がいち早く察知し、すぐに迎えの船をよこしてくれるかもしれない。
そんな一縷の希望を抱きながら、波の音だけが響く海原を眺めていた。
「……お兄様を信じて、今はここでおとなしく待つべきですわ。もう、ゴタゴタの殺し合いはすべて終わったんですもの」
「まぁね。……なんかさ、現実味がないっていうか。あのお兄が、魔王を倒して世界を救う大英雄になっちゃうなんてね」
「ふふっ。本当ですわね。きっと国に帰ったら、王様直々の盛大な祝典が催されて――って、バカトカゲ! あれを見なさい!」
ギンカが、急に立ち上がって海原を指差した。
「なによクソ犬。ビーフジャーキーでも流れて来た? ……って、船じゃん!!」
見渡す限りの青い海原の向こうから、巨大な影がゆっくりとこちらに向かって近づいてくる。
二人は顔を見合わせると、急ぎ足で高台から砂浜へと駆け下りた。
「おーい! ここだよー!!」
大きく手を振り、無事を伝えながら船を迎える。
近づくにつれ、その船の全貌が明らかになった。
それは、中規模の兵団を丸々一つ収容できそうなほど、威圧的で、ひどく重厚な鋼鉄の装甲船だった。
ザザザザッ!と、船が砂浜に強引に乗り上げる。
降ろされたタラップから、最初に姿を現したのは、カッチリとした銀色の鋼鉄鎧で身を固めた、傷だらけの壮年の指揮官だった。
「お二人の名と、勇者名を確認したい」
感情の一切こもっていない、機械のような無機質な声。
「あたしは『紅蓮ノ勇者』、カレン」
「『蒼月ノ勇者』、ギンカ。……もう一人、まだ島の中に残っていますが。じきに魔王を倒して出てきますわ」
二人の言葉を聞いた壮年の指揮官は、無表情のまま、背後の船内へ向けて右手を高く上げ、合図を送った。
直後。
ザッ、ザッ、ザッ……!
船内から、尋常ではない殺気を孕んだ十人余りの重装兵たちが、一斉に姿を現したのだ。
全員が、盾を構え、武器を握りしめている。
「……ちょっと。お出迎えにしては、随分と丁重すぎない?」
「……ええ。様子がおかしいですわね」
カレンとギンカが、本能的に背中を合わせ、警戒の体勢を取った。
「『紅蓮ノ勇者』! 『蒼月ノ勇者』!」
指揮官が、冷酷な号令を山頂に響かせる。
「貴様らを、国家転覆を企む危険因子、および大量殺人の罪により、今この場で処刑する!!」
「「……は?」」
指揮官の声を合図に、兵士たちが一斉に、ギラリと光る抜き身の剣を構え、二人へと迫った。
「はぁ!? あんた何言ってんの!? 頭おかしいんじゃ――」
「バカトカゲ! 避けなさい!!」
一人の兵士が、一切の躊躇なく、カレンの脳天へと剣を振りかぶり、一直線に振り下ろした。
よく訓練された、一切の無駄のない、本物の殺しの動きだった。
「ふん、カレン様に剣を向けるなんて、火葬する手間が省け――……あ」
迎撃しようと、カレンが体内に力を練り上げる。
だが。
――炎が、出ない。
自分の内側に、あの爆発的な火竜の力は、もう一滴も残っていないのだという事実に。
この絶体絶命の瞬間に、彼女は思い出した。
リンに、すべてを継承させたから。
迫る、冷たい死の刃。
「――『彗星剣』」
カレンの頭上へ刃が届く直前。
天空より堕ちた、無慈悲な白銀の光条。
ズドォォォンッ!!!
それは、その男の背中から胸を一瞬で一直線に貫き、砂浜へと深く縫い付けた。
「其方らの危機を救うのは、これで二度目だな。余に深く感謝しろ」
空の彼方から、ボロボロの衣服をまとった男が、悠然と現れた。
「あ、あんた! 生きてたの!?」
「おバカ! 今それどころではありませんわ!!」
ギンカの叫びと同時に、船内からさらに数十人もの兵士たちが、怒涛の勢いで雪崩れ込んできた。
彼らはあっという間に、力を失った二人と、手負いのロデオの周囲を取り囲んだ。
「討伐レートSSS! 国家最重要危険因子『流星ノ勇者』だ!! 躊躇うな、確実にこの場で殺せ!!」
指揮官の絶叫。
殺気に満ちた兵士たちの刃が、一斉にロデオへと向けられる。
「……随分と有名人、みたいですわね」
「迎えに来るのが早すぎると思ったが、これは何事だ? 随分と張り切っている様子だが」
「私たちにも、何がなんだかサッパリ」
「ちょっと! 海! 海、いっぱい来てる!!」
カレンが、海原を指差した。
水平線の向こうから。
今到着した船とまったく同じ規模の巨大な鋼鉄船が、さらに三隻、激しい波を立てながらこちらの砂浜へと迫っていたのだ。
「あれを見ろ」
ロデオが、冷静に顎で促した。
次々と接岸する船の甲板。そこから、巨大なクレーンによって『それ』が吊り上げられ、ズゴォォォォンッと地響きを立てて砂浜へと降ろされた。
「な、なんですの……? あの面妖な鎧は」
それは、蜘蛛のような太い四本の脚を持つ、異様で不気味な『鋼鉄の巨大鎧』だった。
その剛腕には、人間へと向けるにはあまりに巨大すぎる、凶悪な弩が備え付けられている。
「王は、勇者という制御できない個の力への投資を止めたということだ」
ロデオの蒼い瞳が、静かに、そして冷徹に、迫り来る兵器の群れを見極める。
「……代わりに、自分たち人間が制御できる『兵器』への投資に切り替えた、と」
「個の力に溺れた、頭のおかしい勇者の時代は終わりだ! 危険因子共め、新時代の礎となれ!!」
「なにいってんのこいつ? あたしたちがいつ国家転覆なんか企んだわけ? 殴り殺したろか」
カレンは我慢の限界とばかりに、指を鳴らした。
だが、それを制するように、ロデオが一歩だけ前へ出た。
「……其方らに一つだけ聞く。……兵隊の中に、其方らの家族か、大切な友達はいるか?」
「は? いるわけないじゃん」
「……ええ。同じくですわ」
「そうか。なら――」
ふわり、と。
ロデオの身体が、重力に逆らうようにゆっくりと宙に浮かび上がった。
その背後に、無数の白銀の輝剣が、星空のように美しく展開されていく。
幻想的で、息を呑むほどに美しい光の群れ。
それは、これより始まる鏖殺の合図だった。
「――余が全員、始末する」




