スライムキラー!!
一瞬の静寂。
直後、山頂の空気がバキバキと音を立てて軋んだ。
鼓膜が内側から圧迫され、酸素が突然消え失せたかのように息が詰まる。
『アッハッハッハッハ! なにを言うかと思えば!』
真っ黒な球体から放たれるのは、先ほどまでの軽薄さを微塵も残さない、底知れぬ絶対者の覇気。
肌を無数の針で刺されるような悪寒が走り、背筋が強制的に凍りつかされる。
『図に乗るなよ、人間。ボクの気まぐれで生かされているだけの羽虫が。流星の勇者ごときを倒した程度で、このボクと対等に渡り合えると勘違いされては困るな』
「怖いのか? 魔王様ともあろうものが、僕に負けるのが」
『……ハァ。真実を知れば、もっとドロドロで醜い殺し合いが見られると思ったのに。こうなっては完全に興ざめです。どっちみち殺し合う気もなさそうですし……いいでしょう。ここで終わらせてあげます』
ゴォォォォッ!
四方八方から、猛烈な吹雪を伴う氷の嵐が殺到してくる。
視界が白く塗り潰され、逃げ場なんてどこにもない。
「お兄!」
「お兄様!」
カレンとギンカが僕の背中に縋る。だが、二人の力はすでに底を突いている。熱も冷気も全く振るえない。
僕に残されているのは、胸の奥で不快に脈打つ『悪魔の力』だけ。
でも、あれを使えば、僕は――。
「くっそぉぉ!」
考えるよりも先に身体が動いた。
苦し紛れに、握りしめていた炎の剣をデタラメに振り抜く。
その時だった。
『……あれ?』
「え?」
空間を切り裂くような、確かな手応え。
僕たちを氷漬けにしようとしていた致死の嵐が、たった一振りの剣閃によって、まるで薄い紙のように容易く切り裂かれた。
そして、跡形もなく綺麗に霧散していく。
同時に。
僕の胸の奥から、あの悪魔の禍々しい呪いとは全く異なる、底なしの力が爆発的に湧き上がってきたのだ。
「お兄様!? もしかして、あの悪魔の力を解放してしまったのですか!?」
「それとも、あたしの剣にまだそんな力が残ってたってこと!?」
「いや、違う。この力は……」
――見える。
――解る。
目の前の魔王が次にどう動き、どんな魔力を練り上げ、空間のどこへ逃げようとしているのか。
そのすべてを完全に先読みし、無効化し、徹底的に破壊するための『理』が、僕の脳内へと濁流のように流れ込んでくる。
この世界に数多いる勇者や、凶悪な魔物、屈強な兵士たち。
その誰が相手でも、今の僕はあっけなく負けるかもしれない。
だけど。
目の前に浮いている、この「魔王」という存在にだけは。
絶対に、天地がひっくり返っても、僕が指先一つで勝てる。
確信なんて生ぬるいものじゃない。全細胞が、そう告げている。
「お前……さては、“スライム”だな!!」
「「あああああああーーーーーーっっっ!!!」」
僕の確信に満ちた叫びに、背後のカレンとギンカがすべてを察したように声を上げた。
「スライムキラー!!」
『い、いえいえいえ! ちち、違います! 人違い、いえ魔物違いです! ボクそんな雑魚じゃありませんから!』
全能の神を気取っていた黒い球体が、急に縦横に激しくブレ始めた。
裏返った声で、明らかに大慌てしている。
「それを言うならスライム違いだろ! お前、どう見てもスライムじゃないか!」
「そうですわ! 丸い球体で、ぷにぷにした弾力があって、再生力を持つ魔物! スライム以外の何者でもありませんの!」
『……それがなんだと!? スライムキラー? 笑わせるな! ボクはスライムにして、この世界を統べる魔王! そんなクソザコ人間のクソザコ能力が、このボクに通じ――』
「お兄ちゃん――――ミラクルスラッシュ!!」
一閃。
何の変哲もない、ただの物理的な横一文字。
だが、僕の肉体は自分の理想を遥かに超えた神速の軌跡を描き。
魔王の真っ黒な球体を、一瞬で、完璧な真っ二つへと両断した。
パカッ、と。
『ギャァァァァァァァァァッッッ!?!?!?』
山頂に、魔王の情けない悲鳴が響き渡る。
疲労など、もう微塵も感じない。
全身の血管を流動する、理不尽なまでの全能感。
対スライムという一点においてのみ発揮される絶対の神の力が、僕の身体を完全に支配している。
二つに割れた球体が慌ててくっつこうと、地面の上でのたうち回っている。
「お兄ちゃん――――ファントムブレイ――」
『ストップ! ストップストップ! 降参です!! 悪いことはもう二度としないし、島でやっていたことも全部話しますぅぅ!! 世界の半分もあげちゃいますからぁぁ!!』
魔王の威厳など、見る影もなかった。
球体が地面にペチャリと潰れて、スライムの原形を留めないほどに平伏している。
「世界の半分?」
『全部! 全部! 全部あげるから、どうかその不穏な剣の構えを解いてください!! ほら、ボクはそんなに悪いスライムじゃないんですよぅ!! ぷるぷる!』
僕は情けなく震えるスライムの鼻先に、剣先をピタリと突きつけた。
背後で、カレンとギンカが呆れたようにため息をつく気配がする。
「……。……とりあえず、話せ。お前がこの島の地下で、一体何を企んでいたのかを」




