それで、どうされましたか?
「お兄ぃーーーっ!」
「お兄様ァァーーーーっ!」
「ちょ、ちょっと待って!もう、立ってるのも精一杯で、足がへろへろでぇ――っ!?」
静寂を取り戻した山頂。
カレンとギンカが、感極まった表情で弾丸のように猛烈な突撃をかましてきた。
極限の死闘で、すでにすっからかんに枯渇している。
そんな僕に、二人の愛情たっぷりのタックルを正面から受け止める体力など、残されているはずもなかった。
「お兄……っ、お兄、勝ったんだね! あたし、正直、絶対に無理だと思ってたー! 死んじゃうかと思ったぁぁぁ!」
「……ああ。お兄ちゃんだからな。少しは、僕の隠された底力に期待してくれてもいいだろ」
「お兄様! 私……っ、お兄様は私がいないとどうしようもない、手のかかる非力な殿方だと思っていましたが……完全に、惚れ直しましたわ!」
「う、うん、嬉しいけど……。僕に対する普段の評価、ちょっと酷すぎないか……?」
僕の胸元にしがみついて、子どものように泣きじゃくる二人の頭を、僕は一しきり優しく撫でた。
柔らかい髪の感触と、温かい二人の体温。
……よかった。本当に、二人とも生きていてくれて、よかった。
しばらくそうして二人の温もりを感じていた僕は、ハッと我に返った。
そうだ。ここでゆっくりと余韻に浸っている暇はない。
まだ、この地獄のゲームが、完全に終わったわけではないのだ。
「どいてくれ。カレン、ギンカ。……まだ、終わりじゃないんだ」
僕は震える膝に力を込め、ゆっくりと立ち上がった。
そして、少し離れた場所に倒れている、ロデオの元へと歩み寄る。
「……息はある。気絶してるだけか。あの爆発を食らって死んでないなんて、どんだけタフなんだよ、全く」
「お兄、どいて。あたしが今すぐ、その首を撥ねて殺しちゃうから」
カレンが、先ほどまでの涙声から一転、冷徹な瞳で剣を引き抜こうとする。
その殺意に満ちた手を、僕は制した。
「いや、その必要はない。もう無意味な殺し合いは、終わりだ」
僕は、倒れたロデオを背にして、天を突く山頂の夜空を見上げた。
深い静寂に向かって、腹の底から声を張り上げる。
「魔王っ!! どうせ、どこかで見ているんだろ! 隠れてないで、さっさと出てこいっ!!」
静かな山頂に、僕の声だけが虚しく響き渡る。
……何も起きない。
まさか、見ていなかったのか?
そう思った、次の瞬間だった。
『ううぅーーーっ! お兄さぁぁぁぁぁん!! 感動しましたよぉぉぉ!!』
突如、虚空から現れた真っ黒な球体が、なぜか涙声のような奇声を上げながら、僕の顔面に向かって弾丸のように突撃してきた。
「うわっ!? きもっ!」
僕は反射的に、その気持ち悪い球体を片手でバシッと抑え込んだ。
ぷにぷにとした、奇妙な感触が手のひらに伝わる。
『ボクはもう、大いに感動しましたよ! 妹さんたちの命を懸けた決意と決断! そして、想う心が成し遂げた、最弱のお兄さんの、最強への下剋上! くぅぅ、こみ上げる熱いものを止めることができません!』
「……お兄様。この不快で軽薄な黒い球体が、魔王、ですの? 話しには聞いていましたが……あまりにも威厳がありませんわね」
ギンカが、汚物を見るような目を細めて球体を睨みつける。
『アッハッハ! そう! このボクこそが、この島を支配する最強無敵の魔王様です! ……それで、どうされましたか? ボクは早く、この感動のドラマの『続き』が気になって仕方がないので、早く見たいのですが』
「続きなんてない! もうこの島に、戦える勇者は僕だけだ。これで、殺し合いのゲームは終わりだろ!」
僕が睨みつけると、球体は、クルクルと空中で旋回し、不気味に沈黙した。
『はて? 戦える者がいない? どういうことでしょうか。流星クンは最悪、ここでリタイアで良いとしても。其処に、素敵な妹さんたちが、二人も元気に残っているじゃないですか』
魔王は、真っ黒な球体の表面を裂くように、三日月形の不気味な口をニタァと歪めてみせた。
背筋に、ゾクリと冷たい汗が伝う。
「ふざけるな。お前は言っただろ。『力を持たない者。エキストラは必要ない』って。……この二人は、もう僕に力を渡して、勇者としての力を完全に失ってるんだよ!」
『……あ~、なるほどなるほど。あの時のボクの発言から、勘違いしているわけですね。いや、最早それは、現実逃避の都合の良い解釈と言うべきでしょうか』
「……どういうこと、ですの。なぜ気絶した流星の勇者はリタイアで良くて、力を失った私たちは駄目なのですか」
ギンカが、和剣の柄を握り締めながら冷たく問い詰める。
魔王は、嘲笑うように空中でさらに高く旋回した。
『ボクはあくまで、『ボクの暇つぶしにならない、つまらない者は必要ない』と言ったんですよ。そもそもが弱っちく、残っていても何のドラマも生み出さなかったあのおじさん。そして、お兄さんと熱く戦い、立ちはだかる最後の壁として最高の役割を果たしてくれた流星クン。彼らの出番は、もう完全に終わったんです』
「……つまり、あたしたちには、まだ出番があるって言いたいわけ?」
カレンが、ギリッと歯ぎしりをする。
『そう! 素晴らしい考察力です! あなたたち三人の物語は、終わるどころか、むしろここからが本当のクライマックスじゃないですか! 妹さんたち二人は、愛するお兄さんを巡って殺し合い、どちらが勝つのか。お兄さんは、それをどう止めるのか。はたまた、生き残った方と、どんな悲劇的な最後を迎えるのか! ……およよ、これは厚手のハンカチを用意しておかないといけませんねぇ』
「っ……ふっざけるなぁッ!!」
胃の底から沸き上がる、どす黒い怒り。
体中の血が、一瞬にして沸騰するような感覚だった。
僕は、目の前の魔王に向かって、力の限り怒鳴りつけた。
「どこまで僕たちを、人間の心をコケにすれば気が済むんだ! お前の所為で、一体何人の勇者が、この島で無惨に命を落としたと思ってる!」
『ボクの所為? はてはて、ボクは、そんなに大したことはしていませんが?』
「とぼけるな! 執行の勇者グラントと組んで、僕たち勇者をこの島に集めて、殺し合いをさせたんだろうが!」
『おや、そのことまで知っていたのですね。でしたら猶更……ボクが一切とぼけていないこともわかりませんか?』
「……なに?」
『少し、落ち着いて下さい。全く、君たち人間という生き物は、いつもいつもそうですね。自分が見たいものだけを見て、少しでも自分の都合が悪くなれば、直ぐに誰かの所為にして逃げようとする』
その瞬間。
魔王の声から、ふっと、あの軽薄なお調子者のトーンが消え失せた。
山頂の空気が、一瞬にして氷点下へと叩き落とされる。
絶対的な強者が放つ、圧倒的で、底知れぬ無機質な理性が、僕たちを完全に威圧した。
「……僕が、何か間違ったことを言っているとでも言うのか?」
『ええ、それはもう、盛大にね。……ボクはね、そもそも、「殺し合え」なんて命令は、ただの一度もしていませんよ』
「……はぁ? じゃ、じゃあなんで……現に、勇者同士の無惨な殺し合いが起きて――」
『無知なフリをして、自分たちを悲劇の主人公に仕立て上げるのは止めて下さい。……あなたは、本当はもう気が付いていますよね? この島を巡り、数多くの勇者に会い、散々見てきたのですから』
魔王の冷酷な言葉が、僕の胸の奥にある、認めたくない「真実」を鋭く抉った。




