お前、さては一人っ子だな!?
世界が、真っ白な光に包まれた。
カレンの放った、これまでのすべてを乗せた一撃。
それは太陽そのものが山頂に降臨したかのような。
だが、流星ノ勇者が、静かにその唇を動かす。
「――『虚星剣』」
紡がれたのは、不気味に暗く、夜の底よりもなお深い闇の刃。
次の瞬間、山頂に満ちていた凄まじい爆音と熱量が、一瞬にして消え去った。
轟音も、エネルギーの相殺による衝撃波すらもない。
ただ、不気味なほどに静かに。
カレンの放った紅蓮の光が、その闇の刃が描く深淵へと、吸い込まれるようにして文字通り「無」へと帰していく。
「……うそ、でしょ。あたしの炎が、消された……?」
カレンの瞳に、初めて絶望の色の火花が散る。
その隙を、史上最強の男は見逃さない。
指先をわずかに振るうと、空を舞う無数の輝剣が、冷酷な光の尾を引いて一斉にカレンを襲った。
「バカトカゲっ! 退きなさいッ!!」
「っ! くっ……!」
ギンカの悲鳴のような警告に、弾かれるようにしてカレンは大きく後方へと踏んだ。
だが、完全に躱しきることはできなかった。
カレンは地面を転がり、荒い息を吐きながら、激痛に顔を歪めて自らの右腕を強く押さえた。
指の隙間から、ドクドクと熱い鮮血が流れ落ち、泥を赤く染めていく。
「……まずい、ですわね」
ギンカが満身創痍のカレンの前に立ち、和剣を構える。
だが、彼女の脚の傷も深く、その白い太ももを血が伝って落ちていた。
「『まずい』のではない。――『終わり』だ」
流星ノ勇者は、再びふわりと漆黒の空へと舞い上がった。
その蒼い瞳が、地上で傷つき、這いつくばる二人を冷徹に見下ろす。
「だが、存外やるものだな。余の服に土が付くなど……」
男は、自らの衣服の袖に目を落とした。
自嘲気味に、その土埃をパタパタと手で払う。
「案ずるな。其方らがここで倒れた後、もう一人は余の力によって生きて帰れるだろう。もっとも、死んでしまった者を蘇らせるような願いは、本物の神か、あるいは悪魔にでも頼らねば不可能なことだがな」
流星ノ勇者は、さらに空高くへと舞い上がった。
そして、その右手を天へと掲げる。
「――『流星剣』」
満天の星海をそのまま地上へ写し取ったかのような、幾千、幾万の輝剣が、山頂の夜空を埋め尽くした。
頭上を埋め尽くす光の質量。
降り注げば肉片すらも残らない、死の豪雨。
「……その『まずい』ではありませんわ」
ギンカは、頭上に展開された満天の凶器を見上げながら、どこか呆れたように。
そして、ふっと自らの中に張り詰めていた糸を緩めるように、ぽつりと呟いた。
「? 何を言って――」
流星ノ勇者が眉をひそめた、その瞬間だった。
「こらーーーーーっっ!!!」
山頂へと続く茂みをドタバタとした勢いでかき分けて。
汗と泥にまみれた一人の少年が、大声を張り上げながら戦場へと勢いよく飛び出してきた。
「あ」
「ハァ、ハァ……っ、はぁ! 僕の寝顔が可愛いからって、置いていくなんてひどいだろ!! お兄ちゃん、本気で怒ってるんだからなっっ!!」
息を乱し、肩を激しく上下させながら、腰に手を当てて二人をぷんぷんと叱りつける。
ギンカは小さくため息をつきながらも、その目元には、隠しきれない愛おしさが滲んでいた。
「……ほら。私たちのヒーローが、到着してしまいましたわ」
「其方か。良い頃合いに来たな」
流星ノ勇者が、静かに僕へと視線を落とした。
「今しがた、勝負が決したところだ」
「勝負が……決した……?」
僕は、恐る恐る周囲を見回した。
そこにあったのは、ボロボロに引き裂かれたカレンとギンカ。痛々しい傷跡。
そして何より、僕の頭上に浮かぶ、天の裁きを思わせる輝剣の群れ。
「お前、よくも……よくも僕の可愛い妹たちを……っ!!」
怒りで頭に血が上り、一歩を踏み出そうとした僕を、流星ノ勇者の蒼い瞳が、静かに射抜いた。
「しばし、そこで待て。其方には、権利がある」
「権利? 何が……っ」
「お兄! お願いだから、そいつの言う通りにして!!」
カレンの、悲痛な叫びが響いた。
「カレン!? そんなこと、できるわけないだろ!」
「……お兄様。お気持ちは嬉しいですが、どうか、言う通りにしてくださいまし」
「ギンカまで! どうしてだよ!? 今こそ――!」
僕の内に宿る、レドさんから受け継いだ『悪魔の力』が、ざわざわと脳をかき乱すように囁いていた。
――力を解放しろ。
――その禁忌の力を解放すれば、あの最強の男にだって、立ち向かえるかもしれない。
その誘惑に手を伸ばそうとする僕の身体を、ギンカの悲しげな瞳が引き留める。
「言う通りにすれば……私たちの目的は達成されますの。だから、どうか……我儘を聞いてくださいまし」
「……その目的って。まさか、『僕を無事にお家に帰すこと』……なんて言わないよな? なぁ、カレン! なぁ、ギンカ!」
僕の問いかけに、二人は、同時に言葉を失って黙り込んだ。
目を伏せて、僕の顔を見ようとはしない。
それが、肯定の証だった。
「其方らは、強い」
流星ノ勇者が、感情のない声で語りかける。
「島での過酷な殺し合いを生き抜き、お互いを裏切ることなく、一人として欠けることなくここまで来た。そして、『願い』を手にし、其方は生きて帰る。最善の結果だろう」
「……ふざけるな」
拳を、強く握りしめる。
爪が手のひらに食い込み、怒りで全身がガタガタと震え出した。
「愛する妹たちをここに置き去りにして、その犠牲の上に、僕一人がのうのうと生き残る。……そんなものが、僕たちの『最善』だって言ってるのか!?」
「そう。力とは、すなわち“願い”だ。……すべてを叶えるには至らずとも、心からの願いを、一つだけ叶えるだけの力が其方らには確かにあったのだ」
「……ごめんね、お兄」
カレンの瞳から、堰を切ったように、大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。
「あたしたち、本当にガチでやったんだけどね。……どうしても、勝てなかった。あのバカ、強すぎるんだもん……っ」
「その者は、願いを叶える力を持ち、この島での最後の一人の願いを叶えると約束しました。……だから、お兄様。どうかこの島での出来事をすべて忘れ、どうか平穏に、健やかに生きて下さいまし。……それが、私たちの心からの願いですの」
ギンカも、白い耳を力なくペタンと寝かせ、涙を浮かべて僕に微笑みかける。
二人の、僕に対する、狂おしいほどに純粋で、温かな愛。
だけど、僕は――。
「……嫌だね」
僕は、自分の腰に帯びていた、何の変哲もない普通の剣を、ゆっくりと鞘から引き抜いた。
そして、自分の目の前の地面へと、深く、力強く突き刺した。
「カレン、ギンカ。……僕に力を託してくれ。……お兄ちゃんに、全部任せるんだ」
「お兄……っ!?」
驚愕に目を見開く二人。
僕はにっかりと、これまでにないほど最高に不敵な、お兄ちゃんとしての笑みを浮かべてみせた。
「どうせ最後だろ? お兄ちゃんの底力に、一世一代の賭けをしてみるのも悪くないんじゃない?」
カレンとギンカが、呆然とした顔で視線を交わし合わせた。
困惑と、驚き、そして――。
僕の瞳の奥にある、決して折れない『兄の矜持』を見た、二人の唇に。
同時に、柔らかな、いつもの信頼に満ちた笑みが戻った。
「ふふ、そうだね。どうせこれが最後だし、あがいてみるのも悪くないかも」
カレンが乱暴に涙を拭い、おかしそうに笑う。
「お兄様に、私のすべてを託します。ですが――」
「ああ、分かっているよ。絶対に、勝つ」
二人の返事を聞くと同時に、カレンの赤い剣と、ギンカの白銀の和剣が、僕の剣の両隣へと、力強く地面に突き刺さった。
炎の剣と、氷の剣。
それに挟まれた平凡な剣は、少しだけ居心地が悪そうで。
だけど、どこか誇らしげに、天に向かってまっすぐに聳え立っていた。
僕は一歩前に進み、地面に突き刺さった二本の剣へと手を伸ばした。
ギュッと、二つの柄を、同時に強く握りしめる。
引き抜くと同時に。
相反する二つの絶大なる力が、僕の身体の中へと、濁流となって流れ込んできた。
カレンの剣から伝わる、肌を焦がすような、狂暴なまでに熱い炎。
ギンカの剣から伝わる、すべてを凍らせるような、澄み切った氷の冷気。
そして何より。
僕を、心の底から信じ、想ってくれる、愛する妹たちの「魂の重なり」が。
僕の内側を、かつてないほどの爆発的なエネルギーで満たしていく。
胸の奥で、『悪魔』が嗤う。
力を解放しろ、と僕を誘惑するように。
「――僕と妹たちの間に、悪魔の入る余地なんて、一ミリたりともないんだよ!!」
力が、身体の底から溢れ出る。
紅と蒼。
炎と氷が、お互いの力を主張し合うよう。
「待たせたな、流星ノ勇者。意外と空気が読めるじゃないか」
「其方らの選択が、その思考が、余には興味深かったからな。それに、終わる時は一瞬だ」
流星ノ勇者が右手を掲げると、空を埋め尽くす幾万の白銀の剣たちが、一斉に方向転換し、そのすべての照準を僕へと定めた。
世界が輝きで満たされる。
「問おう。其方は流れ星に、なにを願う」
「そんなもの――ッ!!」
僕は、両腕の剣を、同時に斜め上へと向けて思いきり振り抜いた。
激突した炎と氷。
相反する二つの力は、衝突による強烈な反発によって、巨大な光の濁流となり、僕の頭上へと広がっていった。
頭上から降り注ぐ、神の裁きの如き何万もの輝きを。
相反するエネルギーが、真っ向からかき消し、相殺していく。
「――家族でも、友達でもないお前に、教えるわけないだろぉがッ!!!!!」
僕は、爆発の余波を足場にするようにして、上空へと向かって大きく跳び上がった。
空中。流星ノ勇者の、眼の前。
「……そこまで愚かであったか。二人が力を合わせても勝てなかったのだ。その勝てなかった二人の力を、其方が収束したところで余に勝てるわけなかろう」
「愚かなのはお前の方だ、流星ノ勇者! お前、さては一人っ子だな!?」
「何――」
「妹を想う兄の力。兄を想う妹の力。そして、妹を想い合う妹たちの力! それが単純な『足し算』だと思っているなんてな!」
いつかカレンが言っていた通りだ。
僕には、炎を吐き出す技術なんてない。ギンカのような美しい氷の顕現もできやしない。
だけど、そんな技術なんて今の僕には必要なかった。
ただ、二人の熱い、冷たい想いを乗せて、思い切り、彼女たちを抱き締めるようにして握り、振り下ろす。ただそれだけ。
「――消えよ、すべてまとめて無へと還れ。『虚星剣』」
流星ノ勇者が、万物を吸い込む、あの暗黒の闇の輝剣を構えた。
彼の虚しさを、そのまま形にしたような、絶対的な無の刃。
僕の炎も氷も、すべてを無効化して吸い込もうとする、暗闇の深淵。
だけど、僕たちの絆は、お前の虚無になんて、絶対に吸い込まれない。
「お兄ちゃん――――――」
僕は、手にする二本の剣を、空中で交差させた。
炎の紅と、氷の蒼が、完璧に混ざり合う。
「――――グランドクロスッッッッ!!!!!」
二つの想いが、十字に交わった、その刹那。
山頂の夜空を真っ白に染め上げるほどの、眩い煌めきが爆ぜた。
――パリィィィィィンッ!!!
輝く十字の刃は、闇の輝きを真正面から。
その虚無の剣ごと、ガラスの細工のように、粉々に、木っ端微塵に砕き散らした。
「……理解、できない」
流星ノ勇者の、呆然とした呟きが、静寂の中に消えていく。
山頂を覆っていた厚い黒雲は、僕たちの光によって流れ消え。
澄み切った夜空のただ中から、まん丸の月が僕たちを静かに覗いていたのだった。




