お前の態度が気に入らねぇ!!!
「来たか」
その男は、漆黒の夜空にただ独り、ふわりと浮いていた。
ただ静かに、零れ落ちそうな星々の瞬きを眺めている。
魔王の島の中心。
天を突くほどに険しく、切り立った山の頂上。
夜風に黒髪を揺らし、神秘的な蒼い左瞳で星を見つめる男――流星ノ勇者。
戦場だというのに、彼の衣服には相変わらず泥一つ付いていない。
「偉そうに。そっちから降りてきなさいよ、コミュ症星人」
カレンが、剣の柄に手をかけながら吐き捨てた。
その身体からは、じりじりとした竜炎の熱量が無意識に漏れ出している。
「其方らが、最後の一組か。……して、もう一人はどうした?」
流星ノ勇者はゆっくりと視線を落とし、二人の姿を捉えた。
その瞳には、明確な戦意も敵意も感じられない。
ただ、底の見えない深い湖のように静まり返っている。
「お兄様ならお留守番ですわ。私たちだけで、充分ですもの」
ギンカが和剣の鞘をカチャリと鳴らし、冷徹な視線を宙の男へと向けた。
静かな決意が冷気へと変わり、空を白く染めていく。
流星ノ勇者は退屈そうにふっと息を漏らす。
「そうか。ならば一先ず其方らに問おう。――其方らは、流れ星に何を願う?」
「……はぁ?」
カレンの口から、心底呆れ果てたような声が出た。
「なぜ、そのようなことを? 夜空の美しさに当てられまして?」
命を懸けた最終決戦の場で、あまりにも場違いすぎる問いかけだった。
「答えよ」
二人は顔を、見合わせた。迷う時間なんて瞬たりとも必要ない。
同時に息を吸い込み、夜空の星々を震わせるほどの声量で、言葉を叩きつけた。
「「お兄(様)と世界で一番幸せになれますように――ッ!!!!」」
完璧に重なった、二人の絶叫。
流星ノ勇者は、そのあまりにも純粋すぎる答えを聞いて、わずかに両目を見開いた。
「……そうか。己が救いではなく、其方らは他者との共存、その温もりを望むか」
「ちょっと! 答えてあげたんだから、叶えるか、そんな質問をした理由を話しなさいよ!」
流星ノ勇者は、重力を無視した滑らかな動きで、ゆっくりと、音もなく地へと降り立った。
彼が地面を踏みしめると同時に、周囲の風がわずかに凪ぐ。
「余の力は、『願い事を三つ叶える』ことだ」
「「………………は?」」
二人の思考が、完全に停止した。
「一つ目。……幼き余は、空を羽ばたく鳥に憧れた。何からも縛られず、すべてを見下ろして飛ぶ、その自由さを願った」
「二つ目。……次に、おとぎ話に出てくる勇者に憧れた。どんな理不尽な悪にも、恐れずに立ち向かう、その絶対的な強さを願った」
「……だから、あなたは鳥のように自在に空を飛び、勇者の象徴である剣を操ると……?」
「いやいや、ちょっと待ってよ! そんなの、ただのズルじゃん! 神は二物を与えずとか、大嘘もいいとこじゃん!」
「そして、三つ目。……余は、何を願っても、もうこれ以上は何も叶えられないという事実に気が付いた。この力は、魂の底から湧き出る『心からの願い』しか叶えられなかったのだ」
「……どういう、意味ですの?」
「余は満たされてしまったのだ。自由、強さ、富、名声。すべてを手に入れ、心が完全に満ち足りてしまったが故に……余の心は、何一つ欲さない。強すぎる力というのも考え物だな」
男は自らの胸に、泥一つない綺麗な手を当てた。
「心からの願いを持たぬ余にとって、この力は何の価値もないただの死に体だ」
何でも叶えられる神の力を持ちながら、叶えたいものが何一つない、底なしの虚無。
生きながらにして、心が死んでしまった。いや、殺してしまったのだ
「……あなたの身の上話はもう結構ですわ。ですが、それが先ほどの、私たちへの問いかけと一体どんな関係がありますの?」
「この力はなにも、余自身のみが対象ではない。……余以外の『誰か』の心からの願いであっても、この力を使えば、同じように叶えてやることができる」
流星ノ勇者は、背後の星空を示すように、腕を大きく広げた。
「だから、最後の一つ。三つ目の願いを叶える『権利』を、殺し合いの景品にしてやろうと思ってな」
「……景品、ねぇ」
「傲慢ここに極まれり、ですわね」
「もう一人がお留守番をしてここに来ないというのなら、仕方がない。其方ら二人、今ここで殺し合え。生き残った方の願いを叶えてやる」
その提案は、合理的で、そして残酷だった。
彼がその権利を使えば、カレンの願いも、あるいはギンカの願いも、何一つのリスクもなく、一瞬で、完璧な形で現実のものとなる。
殺し合う理由としては、これ以上ないほどに十分すぎる、破格の報酬だった。
「……なるほどね。何でも願いが叶う権利、か。なかなかそそる話じゃない」
カレンが、剣を肩に担ぎ直し、ふっと笑った。
「ええ、悪くないお話ですわね。私たちはどのみち、この戦いが終われば殺し合うつもりでしたもの。景品があった方が、より盛り上がりますわ」
ギンカも、白銀の和剣をすらりと引き抜き、刃の先からピキピキと冷気を放ち始める。
「「――だけど(ですが)!!」」
「「お前の態度が気に入らねぇ!!!」」
叫ぶと同時に、大地が爆ぜた。
天をも焼き尽くさんばかりの、カレンの放つ狂暴な竜炎の劫火。
万物の分子運動を強制停止させる、ギンカの放つ絶対零度の絶氷の奔流。
紅蓮の焔と、白銀の吹雪。
正反対の性質を持つ、最強クラスの二つの攻撃が、流星ノ勇者の身体を同時に呑み込んだ。
ドガァァァァァァァァァンッッッッ!!!!!
激しい爆発音。
大気が激しく引き裂かれ、凄まじい爆炎と、凍える冷気が、山頂の視界の真っ白に覆い尽くしていく。
「あんたに叶えていただかなくたってねぇ! お兄との幸せくらい、自分の手で、力ずくで叶えるっての!」
「本当、余計なお世話ですわ。神様にでもなったおつもりで?」
凄まじい大火力と絶氷の直撃。
並の勇者なら、肉片一つ残さずに消滅していてもおかしくない一撃だった。
――だが。
三本の美しく煌めく輝剣が、星の軌跡を描きながら、空中で鮮やかに円を描いて回転した。
カレンの爆炎も、ギンカの冷気も、すべてが何事もなかったかのように綺麗さっぱりと周囲へ払い除けられてしまう。
クレーターの中心。
流星ノ勇者は、その衣服に跡一つ、霜の一粒すら付けない無傷の状態で、そこに佇んでいた。
男は、自らの周囲を浮遊する三本の輝剣を見つめながら、ひどく不可解そうに、小さく首を傾げた。
「理解できないな。余は、其方らにとって最も効率的で、最も痛みの少ない『最短の救済』の道を提示してやったというのに。なぜ刃を向ける?」
本気で行動の意味が分かっていないような、無垢で、それゆえに酷く独善的な問いかけ。
「理解できない? だったら、あんたのその乾ききったおめでたい頭に、アタシたちの戦う理由ってやつを、今から存分に理解らせてやるわよ!」
「流石に不愉快ですわね、こうも見下されてわ」
流星ノ勇者は、二人の瞳の奥に灯る、理屈を超えた激しい感情の輝きを、じっと見つめていた。
「……いいだろう。其方らの『勝ちたい』という願い。その心――」
流星ノ勇者の身体が、再びゆっくりと、重力に逆らうようにして中空へと浮き上がっていく。
それと同時に、彼の背後の漆黒の夜空に、無数の星の光が集束し始めた。
十、二十、三十――。
数え切れないほどの美しい輝剣が、一斉にその切っ先をカレンとギンカへと向けて展開されていく。
「――どうか余に、教えてくれ」




