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出来の悪い妹みたいに思ってる。

「よしっ! ここなら安全ね!」


 深い草むらと、切り立った岩陰に隠された、小さな、小さな隠れ家のような洞窟。


 カレンは自分の上着を丁寧に敷くと、その上に、僕の――リンの身体をそっと横たえた。

 伝説の勇者の魂を継いだ反動か、泥のように深く、安らかな寝息を立てて眠り続けている。


「……ま、お兄様を襲ってくるような不届きな者は、恐らくもう残っていませんがね」


 ギンカが洞窟の入り口に立ち、夜の気配を敏感に探りながら呟いた。


 ゼナさんとの死闘がもたらした嵐は、完全に過ぎ去っていた。

 洗い流された夜空の下、ただ静まり返った深い夜の闇だけが、音もなく島全体を包み込んでいる。


「でも、お兄様がこうして眠ってくれているのは返って好都合でしたわね」


「うん。お兄が起きてたら、『僕も一緒に行く』って言い張るに決まってるもん。……もう、危ない目に遭わせたくない」


 二人は、密かに、だけど絶対に揺らがない決断を下していた。


 自分たちの大切な人が、何も知らずに健やかに眠っているうちに、すべてを、自分たちの手で終わらせるのだと。


「……本当に、いいんですわね? バカトカゲ」


「あんたこそ。お兄に、何か言っておきたいこととかないわけ? 最後になるかもしれないんだよ」


 ギンカはふっと鼻で笑い、自らの白銀の和剣の柄に、細い指先を這わせた。

 ピンと立った美しい獣耳が、決戦の予感に小さく震える。


「今生の別れとする気など、最初からさらさらありませんわ。全てが終わった後で、お兄様の耳元で嫌というほど囁いて差し上げますの」


「……あたしもまったく同じ。今、お兄の可愛い寝顔を見て熱っぽいことなんか言っちゃったら、行きたくなくなっちゃっちゃうからさ」


 カレンは一度だけ、眠る僕の額に手を当て、前髪を優しく撫でた。

 その指先から伝わってくる、いつもの、大好きな体温。


 それをしっかりと胸の奥に刻みつけると、彼女は二度と振り返ることはせず、力強い足取りで洞窟の外へと歩み出た。


「お兄、大人しく待っててね」


 二人の最強の妹は、ついに最後の戦地へと赴く。


 ターゲットは、あの史上最強と謳われる“流星ノ勇者”が待つ、魔王の円の中心部。

 この島で最も高く、剥き出しの天へと最も近い、険しい山の頂上。


 肌を刺すような夜山の冷気が、二人の衣服をなびかせていた。



「あたし、あんたのことを――」


「私、あなたのことを――」


 険しい山道を、しばらくの間、一言も交わさずに無言で歩き続けていた二人が。

 突如として、完全に同じタイミングで口を開いた。


「……なによ。またいつもの嫌味?」


「あなたこそ、なんですの? 文句ならいくらでも受け付けていましてよ」


 お互いに一歩も譲らない、ピリピリとした視線が暗闇の中で激突する。

 カレンの身体からパチパチと火花が散り、ギンカの足元から薄い氷が張り詰めていく。


 目的地を目前にして、一触即発の険悪な空気が流れた。


「……はぁ。わかった、もう面倒くさい。せーので同時に言お」


「いいですわよ。お望み通りにして差し上げますわ。では……」


「「せーの――」」


「「出来の悪い妹みたいに思ってる」」


 またしても、二人の声は完璧に重なった。


 一瞬の静寂。

 直後、二人の額に、同時に青筋が浮かび上がる。


「はぁ!? あんた何言ってんの!? どう考えてもあたしがお姉ちゃんでしょうが!」


「冗談はお止めなさいな、バカトカゲ! 私がここまで先導してきたことをもう忘れましたの!?」


 今にもここで最終決戦が始まりそうな勢いだった。

 だけど、山の頂上が近づき、吹き下ろす夜風がさらに激しさを増していくにつれ、二人は同時に深い溜息を吐き出した。


「……はぁ、止め止め。バカバカしい。体力の無駄」


「本当にそうですわね。これからが大一番だというのに、こんなところで不毛な身内揉めなど」


 カレンが歩みを止めず、ふと、暗い夜空を見上げる。

 そこには二人の行く手を冷酷に遮るかのように、冷たい星の光が輝いていた。


「あんた。あいつに勝ったら……そのあと、どうするか決めてる?」


 カレンの問いかけに、ギンカの瞳の奥が、妖しく、冷徹に光った。


「ええ、勿論。最初から決まっていますわ。あなたは?」


「決まってる。決まってるに決まってんじゃん」


 二人は、山の最頂部へと足を踏み入れた。

 目の前が大きく開け、月の光が二人の勇者を真上から照らし出す。


「「せーの――」」


「「あんた(あなた)をぶっ殺す(ぶち殺す)」」


 二人の口角が同時に吊り上がる。


「ふん。もし日和ったこと言い出したら、この場で最初にあんたをぶっ殺してやるところだった。クソ犬」


「あら、それはこちらのセリフですわ。お友達になったと勘違いしていたら堪りませんでしたわ。バカトカゲ」


 魔王の島を駆け抜けた、あまりにも歪で、あまりにも危うかった二人の『停戦協定』。

 その長い、長い猶予の期限が、完全に終わろうとしていた。


 頂上で待つ「最強」の影まで。

 あと、僅か。

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