まさしく、今! この瞬間よ!!!
――閃光。
次いで、世界そのものを真っ白に塗り潰すほどの轟音。
上空から放たれた理外の雷槍は、一切の慈悲なくギンカを目掛けて大地へと直撃した。
鼓膜を破壊せんばかりの衝撃。
地を穿つ莫大なエネルギーの奔流は、凄まじい土煙を上げながら巨大なクレーターを形成していく。
すべてが光と破壊に呑み込まれた。
……ただ一点、その『中心』だけを除いて。
「――君はこんな言葉を知っているか?」
立ち込める土煙の中で、不意に男の低い声が響いた。
死を覚悟し、ぎゅっと目を閉じて地に膝を突いていたギンカは、恐る恐る目を開けた。
激しい衝撃波に晒されたはずの彼女の体には、傷一つ、焦げ跡一つ付いていない。
ギンカの目の前には、彼女の身体を庇うようにして立つ、一つの影があった。
「若人の恋路を邪魔する爺は、頭を割られて死んでしまえ、と」
いつか薄暗い坑道で対峙した、あの大鎧。
しかしそれは、黒ずんだ錆に塗れ、ただ死を待つだけだった『鉄の棺』ではない。
かつて彼が、誇り高き勇者として戦場に立ち、眩いほどの美しい白銀の輝きに満ちた姿だった。
「……カッカッカ、カーッカッカッカ!!!」
手には、美しく豪奢な巨大な剣。
その全身を包み込んでいるのは、どんな理不尽な暴力をも弾き返す、重厚な白銀の大鎧。
そして左の手には、神秘的な紋様が光り輝く大盾が握られていた。
「逢いたかったぞ! 旧き友よ!!!」
「少し眠るだけで随分と違うものだな。脳は冴え、体は驚くほど軽い」
煙が晴れたクレーターの中心。輝く大鎧の中から響いたのは、紛れもなく、あの薄暗い坑道で看取ったはずのレドの声だった。
「死んだと聞いていたが、どういう理屈だ? よもや、それも悪魔との契約か?」
「いいや。彼が私の能力を継承してくれた時、私の魂の残滓まで、一緒に継いでしまったらしい。彼の中で静かな眠りを甘受していたというのに……君があまりにも煩く吠えるものだから、目が覚めてしまったよ」
「カッカッカ! ならば、煩くしてやった甲斐もあったというものよ!」
ゼナが嬉しそうに吠える。
「ちょっと、ピカピカ鎧! お兄の体が中にあるんだからね! 絶対に無茶するんじゃないわよ!」
「ボロクソ鎧から、随分と出世したものだ」
レドさんは兜の奥で低く笑った。
「お兄様は悪魔の力を使ったわけではない……ということですの?」
ギンカが安堵と警戒の入り混じった声で問う。
「ああ、その点は安心してくれていい。……だが、多少の無茶は許して欲しい。如何せん、加減をして勝てるような奴ではないからね」
周囲に立ち込めていた激しい大雨は止んでいた。
雲の隙間から、静かな月光が白銀の鎧を照らし出す。
「雨は止みましたわ。私とバカトカゲ、そしてあなたの三人で掛かれば――」
「『前座に全投資はできない』だろ? 奴とは昔色々あってね。言い忘れていたこともある。さぁ、私に任せて仲間の元へ」
「……お兄様の体を使う以上、負けたらただじゃ済ましませんから!」
ギンカは未練がましくも、カレンの隣へと退がっていった。
その背中を見送りながら、ゼナさんが大槍を肩に担ぎ直す。
「幸せ者だな、彼は。これほどに想われるとは」
「カッカッカ! 全く、感謝しかないわ! 友に安息を与えた上で、己ともう一度立ち会わせてくれるのだからな!」
「覚えているか、ゼナ。私がまだ全盛の頃、君は一度として私に敵わなかった」
「何を抜かすか! あの頃は己がまだ全盛ではなかった、というだけのことよ!」
「ほう。では、君は一体いつが全盛だったというんだ?」
「――無論!!」
ゼナの咆哮に呼応し、天から巨大な雷の槍が引き裂くように彼の正面へと突き刺さった。
「まさしく、今! この瞬間よ!!!」
その槍を力任せに引き抜き、己の黄金の獲物と合わせ、両手に『黄金の双槍』として勇ましく構えた。
「奇遇だな。私もこれまでの人生の中で――今が最も、気分が良い!」
大剣を正眼に構える、白銀の重鎧。
双槍を操る、黄金の猛者。
二つの伝説が、永い因縁の果て激突した。
目にも留まらぬ速度で交わされる大剣と双槍の応酬。
それは、神話の再演のような美しくも恐ろしい光景だった。
「……まだ本気ではなかったのですわね」
「まあ、あんたもあの雷オヤジを相手によくやったほうじゃない」
カレンのぶっきらぼうな言葉に、ギンカはふっと肩の力を抜いた。
「はぁ、体力の無駄ですし、今は褒められていることにしておきますわ」
「……それにしても、お兄の作戦がこんな斜め上の形で成就するなんてね」
「ふふ、本当に。意外性という意味では、お兄様こそが“最強の勇者”かもしれませんわね」
「あとは……あのピカピカ鎧が、勝ってくれれば……っ」
祈るような二人の視線の先で。
伝説の勇者たちの超次元の戦いは、いよいよ佳境を迎えていた。
互いの武器が噛み合い、凄まじい火花が二人の鎧を白熱させる。
「カッカッカ! 楽しい時間というのはそう長くは続かんものよな、レドよ!」
「……ゼナ。私は毎日のように絶望し、悪魔を呪い、この世を呪い、自分自身を呪い続けてきたが……今ではそう悪い日々ではなかったように思えるよ」
「ほう、恨み言ばかりを聞かされていた時期もあったがな」
「君と出会い、エリシアと出会い、そして……彼らと巡り合い、そして今、君を倒して、私の物語は終わるんだ」
「カッカ! 随分と都合の良い脚本を描くではないか!」
双槍が、大気を引き裂くうなりを上げる。
その猛攻を大剣と大盾で受け止めながら、レドさんはどこまでも穏やかな声で言った。
「そうでもないさ。……エリシア。彼女には、結局最後まで、私は何も返すことができなかった。それだけは、今でも激しく悔いているよ」
「そうか! ならば、あの世でたんと尽くしてやればいい! すやすやと寝息を立てている暇などないぞ、レドよ!」
「ありがとう、ゼナ。いつも、そうして私を激励してくれた。君には感謝してもしきれない」
「……己はただ、お前に勝つ! ただ、それだけよッ!!!」
ゼナの魂の咆哮と共に、天上のすべての雷が、彼の持つ黄金の槍へと一極集中して収束していく。
世界が、黄金の雷霆の光で爆発せんばかりに満たされる。
対するレドの白銀の大剣に、白銀の輝きが宿る。
――そして、二つの極光が、真っ直ぐに交差した。
一瞬の後。
吹き荒れていた暴風が、ピタリと止んだ。
轟いていた雷鳴が完全に消え去り、世界に静寂が訪れる。
「カ、っ……カッカ……っ!」
背中合わせに立った黄金の鎧から、血を吐くような笑い声が漏れた。
その手から、黄金の槍がカラカラと音を立てて地面に落ちる。
「……卑怯、者め。視界が――滲んで、見えなん、だ――……」
黄金の鎧が、ゆっくりと膝を突く。
「君がいなければ、私は……何も救えないボロカス鎧だったよ。友よ」
その言葉を最後に、国を救い、竜を狩った黄金の伝説は、満足げな笑みを浮かべたまま、静かに大地へと崩れ落ちた。
同時に、レドさんの魂を現世に具現化していた、白銀の鉄棺もまた。
自らの役割を終えたかのように、サラサラと音を立てて、光り輝く砂へと変わっていく。
その砂は、優しく吹いた夜の風に乗って、夜空の彼方へと溶けるように消え去っていった。
「「お兄(様)!!」」
糸が切れた人形のように前へと倒れ込む僕の身体。
カレンとギンカが、悲鳴のような声を上げながら、慌てて両側から僕の身体をぎゅっと抱き起こした。
「すー……。すー……」
「……寝てる?」
「……みたい、ですわね」
二人は顔を見合わせ、呆れたように、だけど心底愛おしそうにふっと微笑んだ。
荒れ狂っていた天の怒りは、嘘のように凪いでいた。
見上げれば、嵐が洗い清めた夜空に、零れ落ちそうなほどの星海が広がっている。
その静寂の中、遠い宙の彼方を、一筋の流れ星が瞬いた。




