興が乗ったわ!!!
「フンッ!」
「ハァァァァッ!」
雷の瞬きと氷の咆哮が、吹き荒れる暴風雨の中で正面から激突した。
バチバチと大気を奔る黄金の雷。
触れたものすべてを停止させる白銀の冷気。
視界を染め上げるほどの豪雨。
だけど、そんな天候の荒れ狂いすら、二人が繰り広げる激闘の前では静かな背景に過ぎなかった。
「カッカッカ! やりおるなぁ、若き狼よ! いや、実に見事、大したものよ!」
「お喋りしていると、足元掬われますわよ!」
豪雨は、明確にギンカの味方をしていた。
彼女が虚空へと生成した無数の氷の礫。
それらは上空から降り注ぐ大量の雨粒を喰らうように吸収し、一瞬にして城壁のごとき巨大な氷柱群へと膨れ上がっていく。
大気を凍てつかせる質量の暴力。
それが、鋭い牙を剥いて一斉にゼナへと襲いかかった。
「戦いに心躍らずして、何が勇者かぁぁぁ!!」
だが、黄金の男は豪快に笑っていた。
暴風のごとき、大槍の目にも留まらぬ連撃。
大気を激しく揺らす一振りごとに、ギンカの放った氷柱が粉々に砕け散り、冷たい雨粒へと還っていく。
「貴公はどうだ! 今宵の宴に心躍らぬか!?」
ゼナが強く地面を蹴り、空中でしなやかに身体を捻った。
黄金の軌跡。
剛腕から放たれた大槍が、音すらも置き去りにしてギンカの眉間へと真っ直ぐに迫る。
「……私の胸を高鳴らせるのは、むさくるしいオヤジではありませんわ――ッ!」
紙一重。
迫る死の切っ先を、ギンカは最小限の美しい動きだけで躱してみせた。
轟音を立て、主を離れた黄金の大槍がギンカの真後ろの大地へと深々と突き刺さる。
――だが、おかしい。
反射的に空を見上げても、そこにゼナの姿はなかった。
「……あの汚物に感謝ですわね……。一度見ていなかったら、反応できませんでしたわ」
「カッカッカ! 凌いでみせるか! 驚くべき嗅覚よ!」
ゼナさんは、自ら投げ放った大槍を『避雷針』の代わりにしていたのだ。
雷そのものとなって、ギンカの背後へと一瞬で文字通りの落雷を果たした。
その超高速の不意打ちに対し、ギンカは振り返りざま、限界まで圧縮した氷の大盾を叩きつけた。
凄まじい衝撃波が弾け、両者の距離が大きく開く。
「……いい加減黙っていただきますわ。雷オヤジの道楽に、いつまでも付き合っていられませんの」
ギンカの周囲の空気が、一段と冷たく、鋭くなった。
ゾクリと背筋が凍るような感覚。
かつて見せた、彼女の必殺の構え。
白銀の和剣の刀身に、氷の力を極限まで注ぎ込む。
溢れ出た冷気は、触れる者すべての生命活動を完全に停止させる『絶対零度の大鎌』へとその姿を変貌させていく。
「喧しいのは小僧の頃から治らなんだ! よもや年を食って更に喧しくなるとはな! カッカッカ!!」
絶対的な死を内包した構えを前にしてなお、ゼナさんは一切怯むことなく、一直線に地を駆けた。
その足元から雷が爆ぜる。
「貴公の全力で! この己を黙らせてみせよ!!」
「永遠の、静寂を――ッ!!」
雷と氷。
二つの規格外の異能が、正面からぶつかり爆ぜた。
黄金の槍と、氷の大鎌が激突した瞬間――。
天から引き裂くような落雷が降り注ぎ、同時に、ギンカの放つ絶対零度の冷気が、その雷のさえも強引に凍結させていく。
「カッカッカ。お見事なり、若き狼よ」
「黙りなさいと……言っていますの……っ!」
純粋な力の拮抗。
刃と刃を交え、火花を散らす凄まじい鍔迫り合い。
激しい大雨に打たれながら、一歩も退かずに押し合うその信じがたい光景に、僕たちは息を呑むことしかできない。
「互角……っ! いや、嘘でしょ、クソ犬のやつ、あの化け物相手に少し押してるっ!」
「イけー! がんばれギンカーー!!」
死闘の最中、刃を交え合っている極限の状態でありながら――ギンカは、ちらりとこちらを振り向き、フッと不敵に微笑んでみせた。
その耳が、嬉しそうに小さく跳ねる。
「良い仲間を持ったな。あれが、貴公の戦う理由か?」
「片方は違いますわ。むしろ、生涯の邪魔者……天敵と言った方がしっくりきますわね」
「カッカ! 好敵手か! 己にとって、あのレドがまさにそうだった。喧しいと文句を垂れ合いながらも、幾度となく互いの武を高め合ったものよ!」
「あら? でしたら、今すぐ相まみえさせて差し上げてもよろしくてよ?」
「カッカッカ! その不遜な眼差し、まるで昔の己を見ているようだ!」
激しく互いをぶつけ合いながら、ゼナさんの顔からふと、先人のような穏やかな笑みが覗いた。
「そろそろ……席を若者に譲るべきではなくて? 伝説の老害さん」
「彗星のように現れた、あの“流星ノ勇者”。そして、貴公ら。……確かに、古い時代は終わり、若者の時代が来ているのかもしれんな」
「……ええ。ですから、大人しくそこをどいてくださいまし。私は絶対に負けられませんの。胸に募る、この想いを伝えるまでは」
「恋慕、か……。カーッカッカッカ! 良い! 実に良い! 慕情に己が命を燃やすか! それぞ若さよ! 実に愉快なり!!」
黄金の軌跡を描き、その全身から溢れ出た雷光と共に、彼の体が遥か、天高くへと一気に跳びあがる!
降り注ぐ大雨を突き抜け、黒雲の渦巻く空へ。
「なにを!?」
「カッカッカ! 興が乗ったわ!!!」
ゼナさんが、天に向けて空の手を高く掲げた。
その手のひらに、高密度の雷電が、一極集中して収束していく。
眩い光の中に、一本の新たな槍が顕現した。
それは瞬く間に周囲の巨大な雷雲をすべて吸い上げ、質量を増し、激しく脈動し――。
やがて、十メートルを優に超える、神の放つ天罰のごとき巨大な『雷槍』へと膨れ上がった。
空間そのものが悲鳴を上げ、世界が黄金の光に包まれる。
「この老骨――“嵐ノ勇者”ゼナを打ち破りッ!! 成し遂げてみせよ!!!」
空全体が、不気味な黄金色に染まり、パチパチと皮膚を焼く熱量が地上まで伝わってくる。
上空から振り下ろされようとしているそれは、もはや個人の武技や、勇者の力の次元を完全に超越していた。
意思を持った、純粋な『天災』そのもの。
「こ、れは――……」
防がなくてはいけない。
躱さなければいけない。
絶対に、止めなければいけない。
防ぐ? 躱す? 止める?
――どうやって?
脳裏を過る絶望の二文字。
空から放たれんとする、世界の法則を完全に無視したあの『理外の雷槍』を前にして。
それを止められる人間が、果たしてこの世界に、存在するのだろうか。




