猪が食いてぇ。
第5話です。
訳あり勇者たちの物語、完結です。
今回短いですが、キリが良いのでここまで。
「上だ! 大岩!」
まさしく、蹂躙だった。
「竜牙――灰滅!」
大岩はとっさに残った右手で防ぐ動作を取るが、その行為は最早なんの意味もなさなかった。
竜の牙は容易に岩の鎧を溶かす。より深く、より熱く残された灼熱創。
その紅い軌跡を呑み込むように、数瞬の後、爆炎が轟く。
大岩の豪大な右腕は、鉄骨すら粉砕する硬さを嘲笑うかのように、ただ脆く崩れ落ちた。
「大岩っ!!」
とっさに三本の矢を放つ。
唸りを上げて急襲するそれらは、だが、左腕の一薙ぎから生じた紅蓮の炎に無に帰した。
「……俺様には、こんなもん屁でもねぇ!」
全身の岩が凝集し、両の腕は瞬時に再生した。
だが、その分だけ大岩の体積は失われ、巨躯は明らかに縮んでいた。
「でかすぎたと思ってたんだ。小回りが利いて丁度いいぜ」
嘘だ。強大な火力を持つ竜と戦う上で、巨体は唯一の盾だった。
しかし、今ここでその強がりを否定する言葉を、私には見つけられなかった。
私にできることは、なんだ? なにがある。なにをすれば、なにを差し出せば――
「よぉ、相棒。俺様は腹が減ったからよ、食い物を探してきてくれねぇか?」
「……なにを、言っている」
思考の泥沼に沈む私を、大岩の言葉は無理やり引きずり出した。
理解ができない。この状況で、腹が、減った?
「猪が食いてぇ。このクソったれな島に来てから碌なもん食ってねぇからよ。あんたの腕なら楽勝だ」
これは私を逃がすための、稚拙で、粗雑で、そして命懸けの強がりだ。
この場から私を離すために、彼はわざと、私にしかできない役割を与えた。
「そうだろ? 相棒」
「……ああ。簡単な仕事だ」
私は静かに答えた。
強がりを否定する言葉も、憐憫の言葉も、すべて彼の覚悟を汚するものだと知っていた。
私は弓を仕舞い、紅蓮の逆方向へと駆け出した。
背中を焼くような焔の視線を感じながら、足を止めることはなかった。
「ダッハッハ! びびって逃げちまいやがった。ちっせぇ獲物なんか追うんじゃねぇぞ! お前さんの相手は、この硬くて美味くねぇデカブツだぜ」
「あんたをさっさと灰滅してから追うことにする。弓使いは残しておけない」
「……残しておけない? お前さん、誰かを守ってんのか?」
「あんたには関係ない」
「そうかい。ま、どうでもいいがな」
すべての岩を右の巨拳一点へと、狂ったように集約させた。
防御を捨てた、命を賭した一撃を放つために。
もう、守るものなどないのだから。
――私は走った。逃げるためではない。
敵に背を向け、仲間を見捨てる。すべては必殺の一撃のために。
次の一矢で、必ず仕留める。
勇者としての誓いではなく、暗殺者としての矜持。
だが、天空の眼はすべてを映した。残酷なまでに。
紅蓮ノ勇者は左の掌に、火球を生成した。
それは、握り拳ほどの大きさに過ぎない。
だが、その小さな赤熱した球体を中心に、周囲の景色が陽炎のように激しく歪む。
ジリジリと空気が焼ける音が響き、離れているはずの私の肌すら焦がすような熱波が押し寄せる。
極限まで圧縮された高密度の熱エネルギーの塊。
赤より紅いそれは、まるで小さな太陽のようだ。
大岩ノ勇者はすべてを振り絞る怒号とともに、破壊の力を集約させた、すべてを砕く一撃を放つ。
「だあああぁぁぁ!!」
「竜星――灰滅!!」
二つの破壊が激突する。
岩の巨拳と紅蓮の光が正面から衝突し、視界すべてを奪う巨大な爆炎となった。
大岩の巨躯は光に呑み込まれ、絶叫の余韻すら残さず、塵灰となって霧散した。
地面には巨大なクレーターが穿たれ、彼の存在した痕跡は、なにも、残らなかった。
私は、走るのをやめた。
大岩の命を代償に得た僅かな間は、敗北という確信を深めるために使われた。
暗殺者としての私は折られ、勇者としての私は砕かれた。
壁にもたれ、腰を下ろした。
迫る影に気づきながらも、指一本動かすことができなかった。
「逃げないんだ」
座りこむ私を見下ろしながら、あくまでも無感情に言い捨てる。
「……逃げてどうなる。自分の弱さを嫌と言うほど知っているんだ。パートナーを失った私に、もうチャンスはない」
「そう」
大岩ノ勇者。彼の存在は私の心に、想像以上に深く根を下ろしていた。
散々命を奪ってきた私だが、いざ自分の番が来れば、この様だ。
「これは負け惜しみに過ぎない。だが、この局面、君の眼がすべてを映していると思うなよ」
「別に思ってないけど」
「“流星ノ勇者”が向かって来ている」
「っ!」
彼女は初めて表情を変えた。
驚愕、恐怖、焦燥、そのどれもが入り乱れたような。
だが、それは一瞬のことで、先ほどよりも強い焔を瞳に灯す。
「あたしが、お兄の邪魔をする奴は、すべて灰滅する」
彼女の視線は、もはや私には向いていなかった。
その紅蓮の瞳は、この島に閉じ込められたすべての勇者、そして、最愛の兄のいる方向を、静かに見据えていた。
大岩。すまない。
詩人に作らせるはずだった英雄譚は、たった一行で終わってしまったな。
『勇者になりたかった二人の男、竜に挑んで、塵となる』
第5話お読みいただきありがとうございました。
次回、お留守番中のお兄ちゃんはなにを……?
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