聞くに堪えぬ! 見るに堪えぬ!
「裏切り者の正体は――」
グラントの震えていたはずの太い腕が、次の瞬間、巨体に見合わぬ蛇のような速さで僕の首を絡めとった!
「ほーほっほっほ! 儂じゃよ儂! この儂に決まっておろうがぁぁ! 城での窮屈な暮らしも仕事も、王のクソったれな説教も風呂の強要も、もう全部うんざりしておったのよ! 魔王に計画をチクって、この楽しい楽しいバカンスは始まったっちゅうわけぞい!」
グラントはただでさえ醜悪な顔をこれ以上ないほど醜悪に歪め、僕の首を絞めながら大声で笑い散らす。
「「お兄(様)!」」
カレンとギンカが反射的に地を蹴ろうとした。
だが、グラントは僕の身体を盾にするように引き寄せ、さらに腕の力を強める。
「うーごーくーなー! 少しでも動いてみろ、このままお兄ちゃんの細い首をポキッといってやるぞい! 骨の砕ける良い音が響くじゃろうなあ!?」
「くっ……ごめんっ……。 死にかけのクソブタのくせに、こうも機敏に、動くなんて……!」
「情のようなものが、この汚物にも少しは残っていると欠片でも信じた私がバカでしたわ……!」
必死に抵抗を試みた。だけど、大人と子供以上に体格が違いすぎる。
大蛇のように太く、ぬるぬるした腕はびくともせず、僕の腕力ではずらすことさえできない。
「この、クソデブキモカス雑魚ジジイ!」
「ドブネズミ以下のゴミクサインチキバカオヤジ!」
「ほっほぉ! いかにもぉ! いかにもぉ!!」
容赦ない罵倒さえも蜜の味と言わんばかりに、悦に浸り、僕の首を絞める腕を震わせる。
「なんと愚劣! なんと醜悪! ――虫酸が走る悍ましさよッ!!」
天を真っ二つに割るような、峻烈な咆哮。
さっきまで穏やかだった空が、突如として激怒の色に染まった。
凄まじい突風が吹き荒れ、大気が鳴動を始める。
森の木々が生き物のように大きくしなり、雷電がと轟音と共に荒れ狂う。
「いかに、も……?」
知らない声だ。グラントもピタリと悦に浸るのを止めた。
「聞くに堪えぬ! 見るに堪えぬ! 貴様のような塵芥が『勇者』の名を冠するなど、王が許そうとも天地と己が許さぬわ!」
その一喝だけで、全身の毛穴が収縮し、心臓が跳ね上がる。
空気が、ビリビリ震え上がる。
「げ、げえぇ!? お主は……どうしてここに――!」
上空から雷光と共に舞い降りたのは、陽光を集めたかのように眩い、黄金の鎧。
激しい暴風にたなびく、鮮烈な赤いスカーフ。
その手には、身の丈を遥かに超える巨大な槍が握られていた。
「う、動くでない! 動けば、この小僧の命が――」
「動けば貫く! この、己が――ッ!!」
男が黄金の槍を投擲した。
槍は黄金の雷を纏い、一瞬で空間を置き去りにして飛来する。
それは僕の耳元を風圧だけで引き裂かんばかりの速度で駆け抜け、グラントの大鎧の、自慢の『巨大な角』を粉々に粉砕した。
「ほげぇぇぇぇぇーーーっっっ!?!? 儂の、儂のアイデンティティがぁぁぁっっ!!!」
角を消し飛ばされた衝撃で、腕の力が一瞬だけ、ガクンと緩む。
「お兄ぃぃぃぃ!!」
「お兄様ァァァ!!」
その一瞬を見逃すような、僕の妹たちではなかった。
カレンとギンカの二つの手が僕の服を強引につかみ、グラントの腕の中から引き抜いた。
ゲホゲホと激しく咳き込みながら前を見れば――。
「あれ……?」
威風堂々たる黄金の勇者の姿は、そこには既にない。
その黄金の輝きは、いつの間にかグラントの真後ろに、立っていた。
彼がどう移動し、どうやって槍を回収したのか、僕の目には全く見えなかった。
彼の移動に伴って生じた凄まじい黄金の残滓と風の渦だけが、遅れて周囲の木の葉を舞い上がらせ、森を揺らしている。
「腐敗の化身よ。……裁きの時だ!」
「ふんっ、舐めるなよ儂を! 勇者の力は儂には――おおおおッ!!!」
男はグラントの首根っこをガシッと掴んだ。
そして、山のように肥え太ったその巨体を、遥か天高くへと放り投げたのだ。
「ムリムリムリ!! 待って、儂の無効化能力にもキャパっちゅうもんが――あっ――」
グラントの絶叫が、遥か上空で途切れる。
それは、神の怒りそのものだった。
「――『天罰』」
天を覆う黒雲から、巨大な雷柱が一直線に垂直に降り注いだ。
――ドォォォォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!!
凄まじい閃光が視界を真っ白に染め上げ、雷鳴が鼓膜を激しく叩き割る。
天から降り注いだ神の雷は、宙を舞う穢れた罪人の身体を、その骨の芯から、細胞の一つまで徹底的に焼き尽くし、大地の岩盤ごと穿ち抜いた。
執行を騙り、悦楽のために人々をすり潰し続けた罪人は、天の裁きによって、その身を塵一つ、灰一つ残さず、完全に現世から消滅させられたのだった。
黄金の鎧をまとったその男が、背中の赤いスカーフを激しい余韻の風にたなびかせながら、ゆっくりと僕たちの方へと振り返った。
【竜狩り】――“嵐ノ勇者”ゼナ。
『最強の一角』が、僕たちの目の前に立ちはだかっていた。




