ご馳走様くらい言っていけー!
「食材が良すぎるというのも、いささか考え物だな。其方ら二人は、多少腕に覚えがあるようだが、所詮は素人。豚竜の返り討ちにあったという訳だ」
「絶対友達いないわ、こいつ……」
「黙って食っとけ、ですわ」
僕の渾身の『焼肉』は、結局、七十点というなんとも微妙な評価に終わった。
「肉の厚みがバラバラなせいで、期せずして様々な食感、火加減を楽しめた。今回は無能が返って良い結果に繋がっただけだ。素材が悪ければ全く逆の評価になっていた。運が良かったと思った方がいい」
なぜ、素直に「おいしい」の一言が言えないのか。
この男、力と引き換えに、デリカシーという概念をどこかに置いてきたに違いない。
それでもなんだかんだ言いながら、出された料理はしっかりと平らげていた。
あれだけの巨体だった豚竜の肉が、今や骨と僅かなクズ肉しか残っていない。
「さて、腹も膨れたことだし行くとしよう。慣れ合う気はないからな」
男が長い黒髪を揺らし、無造作に背を向けた。
その足元が、まるで見えない階段を上るように、ふわりと重力を無視して浮き上がる。
「待った! 一つだけ、一つだけ質問に答えてくれ!」
去ろうとするその背中に、僕は思わず声を張り上げた。
「……聞くだけなら、聞いてやる」
流星ノ勇者は宙に浮いたまま、わずかに首だけを動かして僕を見下ろした。
神秘的な蒼い左瞳が、冷徹に僕を射抜く。
日はすっかり落ち、周囲の森は深い闇と静寂に包まれていた。
夜の冷たい風が、僕たちの間を通り抜けていく。
「流星ノ勇者。あんたは史上最強の勇者なんだろ? 魔王を倒せないのか?」
「……かつて、“あれ”に挑んだことがある」
平坦な、だけど重い言葉が、男の唇から零れ落ちる。
「だが、倒せなかった。……恐らく、理不尽の化身たるあれを、純粋な武力によって倒すことは不可能だ」
「そんな……。あんたが本気を出しても、無理なのか?」
「……或いは。心からあれを倒したいと“願えば”、話は別かもしれないな」
「願えば? 魔王を倒したいと思っていない勇者なんていないだろ?」
「一つ、と言ったはずだ。次に会ったら教えてやろう」
男の身体が、さらに高く、青白い宙へと浮かび上がっていく。
その姿は夜闇に溶けるように、みるみるうちに遠ざかっていく。
「ちょっ! おい! ご馳走様くらい言っていけー!」
「八十点を越えたら、其方らに敬意を払おう。精々、腕を磨いておくことだ」
最後まで傲慢な態度を崩さないまま、男は一筋の流れ星となって、夜空の向こうへと消え去っていった。
「……『心から願えば』とは、一体どういう意味だったのかしら」
ギンカが不思議そうに呟いた。
獣耳が、思考を巡らせるように前後に小さく揺れている。
「さぁね。あんな奴の言うことなんて考えてもわかんないし、気にしなくていいんじゃない? どうせ、また会うことになるんだから」
カレンが淡々と告げた。その言葉に、僕は小さく頷く。
確かに、カレンの言う通りだ。
この狭い絶海の孤島で、お互いが生き残ってさえいれば、遅かれ早かれ必ず――。
「……ところで、お兄」
「ん? どうしたんだ、カレン? ……って、え。ちょっと、なんで二人揃って距離を詰めてくるの?」
思考を遮るように、カレンとギンカが、じり、じりと左右から僕を挟み込んできた。
気がつくと、完全に退路を塞がれている。
二人の顔が至近距離で僕の顔を覗き込んできた。
「ねぇ、お兄。あいつの点数なんてどうでもいいの。結局、お兄にとっては、どっちの料理が美味しかった? あたしの愛がたっぷり詰まったトンカツだよね? お兄は、あたしのことが大好きだもんね?」
「いいえ、お兄様。私のお刺身ですわね? お兄様を想って、私が丹精を込めてお造りいたしましたの。さあ、どちらなんですの?」
「え、いや、どちらも甲乙つけがたいというか、両方とも六十点って言われてたし、僕の焼肉が一番点数高かったわけで――」
「「どっち!!??」」
声が完璧に重なった。左右からの圧迫感が、僕の精神をガリガリと削っていく。
「あ、あはは……。ちょっと、宇宙の真理とか魔王の倒し方について、もう一回茂みの奥で考えてきてもいいかな……?」
「「ダメ(ですの)!!」」
このピンチを無事に切り抜けられたら、僕たちはまた必ず、あの傲慢な流星とも、そして世界の支配者たる魔王とも会うことになるだろう。
運命から逃れることなんて、僕たちには絶対にできないのだから。
まずは目の前の、世界で一番恐ろしい、妹たちの猛攻をどうにか生き延びるのが、僕の先決だった。




